彼の気遣い
レオニスは伯爵家の嫡男。公爵家とのつながりが持ち、かつ優秀な跡継ぎを残したかっただけだ。
エアリルの言葉を聞くと、つい気持ちが盛り上がり、我を失いそうになる。でも昨晩のレオニスの言動を思い出せば、すべてエアリルの勘違いだ。
全てを悟り、紅茶を飲みながら、婚約契約書に目を通すことができた。
「エアリル。新聞はない?」
妃教育では、新聞に目を通すことが日課だった。すっかり身に着いた習慣。よって読まないと、なんだか落ち着かない。
「……実はレオニス様が、新聞はお嬢様に見せないようにと言われて……」
あ、なるほど。
きっと今朝の新聞には、私の悪女ぶりと、ありえない国民的英雄との婚約、それに……。パトリックとティアラが婚約したことが、記事になっているのだろう。
気を使ってくれたのだろう、レオニスは。
「ところでお嬢様。婚約契約書は読み終わったのですよね? いかがでしたか?」
優しいエアリルは気を使い、話題を変えてくれた。
「素晴らしい契約書だったわ。反故があった場合、公爵家である我が家が、より多く違約金や賠償金を払うよう、規定することもできるのに。そうはせず、あくまでフェアな立場。スターフォード伯爵は、出来た御方ね」
「フッ。当然だ」
声に驚いて振り返る。
「!? い、いつの間に、レオニス様!?」
扉がノックされる音も気配もなかった。でも気づけばレオニスがベッドのそばにいることに、驚愕する。エアリルはバスルームにでも行ったのだろうか? 姿が見えない。
「ジェニー。自分は王立イーグル騎士団の団長だ。音もなく忍び寄り、瞬時にとどめを刺す。そんな隠密行動も、お手物だからな」
すごい……。
もう純粋に驚き、レオニスのことをガン見してしまう。
違う、そうではない!
「婚約契約書には、目を通しました。私としては、これで問題ありません。必要な箇所にサインも入れます……というか、本当に私でいいのでしょうか……いえ、愚問でした。魔獣に狙われることを考えると、私が必須。私ではないと、レオニス様の弱点になってしまいますから……」
国王陛下から許可が下りているのだ。私からレオニスに、婚約をしたくないと告げることは……よほどではないと、できない。それに彼の元から逃げることも無理だ。そんなことをしたら、いろいろな罪に問われる。せっかく回避できた断罪の危機を、再び招くことになるだろう。
第二王子から婚約破棄され、悪女のくせに、国民的英雄と婚約した。それなのに逃亡するなんて、あり得ない。そんな女、死刑にしてしまえ――になりそうだった。
かといって、レオニスは本当に私と婚約するのでいいのかと言うと……。いいのだ、これで。彼が欲しいのは、公爵家とのつながり、優秀な跡継ぎ、そして彼にとってノー弱点になる妻だ。
そこで気づく。
もしかしたら子供を産んだら、屋敷から追い出されたりするのかしら……。不穏な考えが浮かび、頬が引きつりそうになる。
その時だった。
ぽすっと私の頭に、レオニスが手をのせた。
「ジェニーは、俺の嫁だ。ぐだぐだと余計な事を考えるな。婚約契約書について、ジェニーの父親からも先程返事が来た。『この契約書であれば、完全にフェアである。娘が同意するなら、これで構わない』と。ただ、一度娘に会いたいということだから、午後は屋敷へ帰るといい。パトリック殿下と婚約してから、屋敷へ帰ることは禁じられていたのだろう?」
これには驚いてしまう。
妃教育を受けるため、王宮に私室を与えられて以降。
ラザフォード公爵家に帰ることは、許されていなかった。理由は単純明快。妃教育の厳しさに耐え兼ね、逃亡した令嬢が過去にいたからだ。
だが私は既に妃教育を終えている。それでも屋敷へ戻ることが許されなかったのは……せっかく辛い妃教育を乗り越えても、いざ公務をこなすとなると、怖気づく令嬢もいた。妃教育を終え、実家に戻り、そのまま屋敷から帰りたがらない。そんな令嬢も過去にいたのだ。
結局、きっちり婚儀を挙げ、第二王子妃にちゃんとなるまでの間。実家の屋敷には、実質足を運ぶことが、認められていなかった。
「実家の屋敷へ行っていいのですね! あ、ありがとうございます……!」






















































