束の間の夢
最低だ、この下衆騎士野郎!
さっきは胸の触れ心地がいいとか、散々セクハラ発言をしていたが、単なるエロ騎士だ。
攻略対象並みに見た目はよかったが、中身もまた奴らと同じだった!
抵抗をしようとしたが、当然だが、力ではかなわない。
それどころかレオニスが近づいた瞬間、彼から漂う清涼感のある香りに気づき、動きが止まってしまう。だって……好みの香りだったから……!
「!?」
口の中に何か入れられ、そのまま口を閉じさせられた。
「そのまま噛み砕け。苦いがその分、即効性がある。戦場で、怪我をした騎士達が飲む痛み止めのポーションだ。液体ではなく、持ち運びをしやすい丸薬になっている」
何が何だか分からないまま、でもポーションだと理解したので、噛み砕くと……。
脳天を直撃するような苦さに、吐き出したくなるが、顎を押さえられ、口を開けられない。
「ううっん!」
涙目になり、苦しい声が出ると「なんだ、ベッドで鳴いているような声を出すな」とからかわれ、全身が熱くなる。その瞬間、公爵令嬢であり、悪役令嬢であるジェニファーの勝気な性格が前面に出た。
無理矢理、口の中の苦みを飲みこんだ。
「ほお。全部飲み込んだか」
レオニスが私の口を開かせ、口腔内を確認した。
「騎士でもこの苦みに戻す者も多いのに。さすがジェニファー・マリ・ラザフォードだ。涙もこぼさず、色っぽい声一つで飲み切るとは」
レオニスはそう言うと、私の顎から手を離し、そして――。
ぽすっと私の頭に手をのせる。まるで子猫に対するように、優しく頭を撫でた。
「いろいろとよく我慢した。それに痛みは、すぐにおさまる。……しばらくすると、眠気に襲われるだろう。自分は馬で屋敷へ戻るが、ジェニーの侍女を、この馬車に乗せる。だから安心しろ。王宮の私室の荷物は、別途運び出させる。だから身一つで構わない。今日からジェニーの帰る場所は、俺の屋敷だ」
そう言うとレオニスは馬車から降りて行く。
私はこの急展開に、正直、どうしていいか分からなかった。
婚約破棄され、断罪される状態は、免れないと思っていたのだ。よって変な話、身辺整理は済んでいた。最悪は断頭台送りだが、それ以外であっても、命こそ奪われないが、娼館送り、拷問の上地下牢に幽閉、魔獣の潜む森へ放逐など、とにかく王宮に留まることはできないと分かっていたのだ。
つまりは既に、二十歳という若さながら、悪役令嬢の私は、終活を終えていたようなもの。身辺整理は済み、断捨離もできている。まさに身一つで、どこにでも行ける状態だった。
悪役令嬢に転生したら、その日に備え、断罪回避に励むことだろう。でも私はヒロインであるティアラが逆ハーという、前世恋乙女にはない攻略ルートを進んだおかげで、打つ手なしの状態だった。よって、もはや終活するしかなかったわけで……。
いきなり断罪の場であった舞踏会から、レオニスの屋敷に向かうなんて、由緒正しき公爵令嬢として、どうなのかと思う。でも、もはや腐りきった公爵令嬢なのだ。そんな外聞を気にしても仕方ないのかもしれない。
自分でも思う。
もはや破れかぶれ!
「お嬢様!」
声に顔をあげると、馬車に乗り込んできたのは、私の専属侍女のエアリルだ。
赤毛のボブで、そばかすがチャームポイントのエアリルは、数少ないジェニファーの味方だった。
「パトリック殿下から、婚約破棄されたとお聞きました。でも、あの王立イーグル騎士団の団長、レオニス・スターフォード様から、熱烈に求婚されたのですよね!? 国が誇る英雄ですよ、彼は!」
馬車に乗り込み、私の対面の席に腰をおろしたエアリルは、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせる。その姿は、今の私には眩しくて仕方ない。
「魔獣討伐で長らく王都を不在にしていて、婚約者がいない二十三歳。しかもその若さで騎士団長を務めるぐらいの実力者。さらに魔獣討伐をしているとは思えないぐらい、端正な顔立ちの方と聞いています。それに国王陛下も大喜びで、お嬢様の婚約を認められたと聞きましたよ!」
「!? それ、誰から聞いたの、エアリル!?」
「レオニスの従者の方が、王宮まで来てくださり、説明してくださりました。しかも王宮のお嬢様の部屋の荷物は、スターフォード伯爵家の使用人の皆様が、全て運び出してくださるとおっしゃってくださって。私には、これから伯爵家に向かうお嬢様に付き添うようにと言われました」
うーん。なるほど。
これはレオニスに忠実な従者が、話を盛ったとしたか思えない。もしくは真面目なエアリルが躊躇なくここに来ることができるよう、話を美化したのか。いずれにせよ、熱烈な求婚もなければ、国王陛下は大喜びだったわけではない。大喜びだったのは、パトリックとティアラ、そして攻略対象トリオだ。
そこで馬車が動き出し、私はエアリルに現実を話すかどうか、思案する。パトリックとステリアから散々追い詰められ、私は鬱屈としていた。それを見たエアリルは時に心配し、エールを送ってくれていたのだ。そんな日々だったから、エアリルが心から笑顔になることはなかった。
でも今のエアリルは、とても嬉しそうだ。
主である私に突然訪れた、国民的英雄による熱烈プロポーズ。不遇だった私が幸せになれると、エアリルが喜んでいるのに、水を差すのは……。
隠し切れないと思う。すぐにでもバレる。例えそうであっても。束の間の夢でもあったとしても……。私自身、エアリルが話したことが現実だったら、どんなにいいかと思えていた。だから今はエアリルと二人、夢を見ようと思った。
現実は甘くない。さっきのポーションのように限りなく苦いものだ。でも今だけは……。
お読みいただき、ありがとうございます!
またまた完結のお知らせです~
【一気読みできます】
『わたしにもう一度恋して欲しい
~婚約破棄と断罪を回避した悪役令嬢のその後の物語~』
https://ncode.syosetu.com/n4720ix/
「続きが気になる」という声を、何度となくいただけた本作。
読み始めると止まらなくなります!
何よりも「そうきましたか!」の展開をぜひ味わっていただきたいです!
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ぜひご覧くださいませ☆彡