一体、何なのかしら?
魔獣の巣窟と言われた、北部のノースフォレストを制圧したレオニスへの褒賞。それは、南部の地にある、サウスブルーフロンティアという観光都市だった。つまり風光明媚な一つの都市が、丸々領地として、レオニスへ与えられたのだ!
レオニスはこの地の一部を、王立イーグル騎士団の騎士が、無償で利用できるようにした。それは主に海沿いの土地であり、別荘地でもある。騎士達は休暇を楽しむための別荘を、そこに建てられることになった。
レオニスは部下想いだ。
そして――。
「ドレスも素敵だが、一番はジェニー、君だよ。今日は自分がいかにジェニーを愛しているか、皆に見せつけてやろう」
私のことを溺愛してくれている!
今日は国王陛下主催の舞踏会に、レオニスと共に参加することになっていた。この場で改めてレオニスと私の婚約が、国王陛下から発表されることになっている。そうしたいと申し出たのは、レオニスだ。そして国王陛下は、快諾している。
リーデライナーの件は勿論、パトリックの失態もあった。ゆえに国王陛下はレオニスと私、両家に対して、大変寛容になってくれている。
こうしてお互いの両親も宮殿へ向かい、レオニスにエスコートされた私は、舞踏会の会場となるホールへ足を踏み入れた。
前回このホールで私は、パトリックに婚約破棄をつきつけられ、悪女としてその名誉を地に落とされている。だがその間違った出来事は、今日国王陛下が改めて訂正し、そしてレオニスと私の婚約が発表されるのだ。
「ジェニー、大丈夫だ。自分がついている。何かあれば自分が必ず守る」
ドキドキしながら、指定されている位置に移動していく。招待客である貴族達が、こちらを見ている。だがその視線に蔑みはない。一様に笑顔であることに、心から安堵する。
ファンファーレが鳴り響き、国王陛下と王族達が入場した。
ここで国王陛下は、約束を果たしてくれる。まずは舞踏会の開催の挨拶。次にパトリックが私に対し、間違った発言をしたことを、詫びてくれたのだ! しかも「今後、ラザフォード公爵令嬢を悪女と揶揄する者があれば、それは我への侮辱とみなす」とまで言ってくれた。
それだけでもドキドキしているのに、その後のレオニスと私の婚約発表では……。
レオニスがこんな素敵な言葉を、表明してくれたのだ。
「あの時、ラザフォード公爵令嬢の断罪の危機を回避するため、随分ひどい言葉を自分は口にしました。ですがあれは、自分の本心ではありません。自分の心は彼女と共に常にあり、永遠に彼女を愛し、守ることをここに誓います」
まさに騎士にふさわしく跪いて、私の手を取り、愛を誓ってくれた。
一斉に拍手が沸き起こる中、何か叫び声が聞こえる――。
そう思ったら、ピンク色のドレスを着た女性が、こちらへ駆けてくるのが見えた。
距離もあり、カクテルハットを被っていた。顔の半分がベールで隠れ、誰なのかよく分からない。
一体、何なのかしら?
近衛騎士が一斉に動き出す。
一方、驚いた貴族が逃げるように動くことで、その女性の前に道ができていた。そこをものすごい勢いで駆けてきたのは……距離が近づき、ベール越しでも顔が分かった。ブロンドにピンク色の瞳、ヒロインのティアラ!
しかも手に短剣を持っている!?
明らかに、私への殺意剥き出しのティアラの狂気を帯びた瞳に睨まれ、体が動かなくなっていた。
さ、刺される――!
そう思った時。
ふわりと風が起き、清涼感のある香りを一瞬、捉えた。
前に出たレオニスが、腰に帯びていた儀礼用の剣を鞘にはいったまま手に取った。
その動きは実に素早いもの。だが不思議と私の目には、スローモーションで見えた。死を意識し、ゾーンに入った結果、時間の流れも変わったのかと思った。
「うぐっ」
随分と痛々しい声が聞こえる。
これが乙女ゲームのヒロインが出した声とは思えない!
ティアラがエビのように背を丸め、その手から短剣が落ちていくのが見えた。
みぞおちに、レオニスの儀礼用の剣の鞘が、食い込んでいるのも見える。
膝を折るようにして、床に座り込んだティアラを、近衛騎士が一斉に囲んだ。
そこまで見届けた瞬間。
耳に様々な音が飛び込んできて、スローモーションに見えた動きも、元の速度に戻っている。
助かった――。
そう実感すると、体が震え出した。