断罪?
「ジェニファー。君は僕を侮辱したも同然だ。婚約破棄だけで、済むと思うなよ。君は――」
「パトリック殿下、お待ちください」
凛とした声がホールに響き、皆、誰かと思い、声の主の方を見る。
そこには……舞踏会には相応しくない姿の御仁がいた。そう、儀礼用ではない、戦場で着ているべき軍服姿の青年がいたのだ!
戦場で着るような軍服姿なのに。なかなかに見目麗しい青年が着ているからか。場違いという思いが薄まる。
トラヴィス王国の国旗と同じ、紺色の軍服。ゴールドの飾りボタンや飾緒が、シャンデリアの下で輝いている。サラリと揺れるブルーグレーのマントも、なんだか素晴らしく思えた。
この装いからすると、間違いなく騎士だ。しかも階級を示す襟のバッジは……。
うーん、詳しくないので分からない!
髪はキャラメルブロンドで、瞳は碧眼。眉はキリッとして、シャープな顔立ちをしている。一見すると長身でスリムだが、腕や胸、スラリと長い脚は、筋肉で引き締まっているのが見て取れた。
驚いた。
こんな騎士、恋乙女にいた?
もしかして新しい攻略対象なのだろうか?
乙女ゲーム好きの前世の性格が出てしまい、思わず反応してしまうが、今はそれどころではない。なにせパトリックがまさに、断罪の言葉を告げようとして……。
うん!? この騎士が、パトリックに「お待ちください」と待ったをかけた……? なぜ?
その答えを騎士が口にした。
「パトリック殿下、突然、口を挟み、申し訳ないです。自分は王立イーグル騎士団の団長、レオニス・スターフォード。この度、第三十四回魔獣討伐から、先程帰還した次第です。殿下からの舞踏会の招待状が来ていたので、遅ればせながら、参じることになりました」
そこでレオニスは、国王陛下夫妻がいるホールの右手を見て、頭を下げる。
「国王陛下、ただいま、帰還しました。北部のノースフォレストの魔獣は、殲滅できました」
「おお、レオニス、よくやった! 過去のイーグル騎士団では成し得なかったこと。望む褒美をなんでも与えよう」
するとレオニスは、フッと口元をほころばせる。
攻略対象ではないのに、かなり完成度の高い顔だと思う。
というかこの口元からこぼれる笑み、個人的にとてもツボだった。
「では、そこの悪女をもらい受けてもいいでしょうか、陛下。パトリック殿下とは婚約破棄となり、しかも媚薬を使うような女であれば、嫁の貰い手はつかないでしょう」
まさに図星で唇を噛むことになる。しかも嫁の貰い手云々の前に、私はパトリックにより、この命が風前の灯だ。
「嫁の貰い手がつかないような女ですが、手にしている扇子の紋章から察するに、ラザフォード公爵家のご令嬢。しかも妃教育を受けているのであれば、悪女であろうと、一級品であることは確かでしょう。もし子を成せば、自分の血を受け継ぎ、完全無欠な子供が誕生するかと」
「レオニス! お前はこの国の英雄だ! こんな悪女ではなく、お前が望むなら、王女を降嫁させても構わないのだが!?」
驚愕した国王陛下が、レオニスに尋ねた。
一方の私は。
もういろいろな意味で凹む。
攻略対象でもいいのでは?と思うぐらい、レオニスは素敵な見た目を持っている。しかもあの魔獣の巣窟と言われたノースフォレストで、勝利を収めたのだ。まさに偉業を成し遂げた英雄なのに! しかも私を断罪しようとするパトリック殿下に、待ったをかけた人なのに!
なんなら、悪役令嬢がピンチの時に現れる、ヒーローかと思ったぐらいだ。
ところが。
嫁の貰い手はどうせつかないが、腐っても公爵家の令嬢。しかも妃教育を受けているなら、悪女であろうと、出来のいい子供を産むだろうという発想。
レオニスに対し、気分が盛り上がった分、一気に気持ちが萎える。
しかも国王陛下から悪女と名指しされた。しかも私を娶るぐらいなら、王女を降嫁させるとまで言われたのだ。
ああ、どうして悪役令嬢なんかに転生したのだろう? しかもよりによってヒロインが逆ハールートなんて選ぶから!
「陛下。王女を降嫁いただけるのは、実に栄誉あるご提案です。本来、受けて当然でしょう。しかし自分は王立イーグル騎士団の団長。魔獣には、知恵のある人型もいます。奴らは常に殲滅の先頭に立つ自分の命を、狙っています。だが自分は、そう簡単に首を取られるつもりはない。すべて返り討ちにしています」
これには「そんなことが起きていたとは!」と招待客である貴族達から「魔獣は恐ろしい」「団長はなんて大変なのかしら」「常に危険と隣り合わせなんて」という同情の声が起きている。
国王陛下も「そうだったのか。お前は常に冷静沈着で、愚痴を言うこともないから、知らなかった」と驚きを隠せない。
「もし自分が妻を娶ったとなれば、魔獣は妻を狙うでしょう。でも悪女であれば、魔獣に害されようと、痛くも痒くもありません。王女であればそうはいかないです。自分は団長を退き、王女を常に守ることになるでしょう」
この言葉に国王陛下は納得し、パトリック殿下とティアラのニヤニヤ笑いは、止まらない。攻略対象の三人の令息も、笑いを噛み殺している。
「そうか。確かに王女が魔獣に狙われるのは、由々しき事態。レオニスの判断は妥当だな。しかし、その悪女では褒美にはならなん。好きなように連れ帰るがいい。褒美は後日、用意しよう」
「陛下、ありがとうございます」
国王陛下が私のことを、レオニスに与えると名言した。こうなるとパトリックは口出しできない。だが、文句はないようだ。皆の注目がレオニスに集まっているのをいいことに、ティアラのことを抱きしめてさえいる。もはや私のことなど、なかったものにされていた。
では私はどうなっているのかというと。
まさに茫然自失。
え、これが婚約破棄された後の、悪役令嬢の断罪?
そもそも騎士団の団長に娶られるなんて断罪、恋乙女には存在していない。
存在はしていないが……断頭台送りのように、命を落とすわけではなかった。娼館に送られ、不特定多数の相手をさせられるわけでもない。命も助かり、この国の英雄の妻におさまるのだから、悪役令嬢の末路としては、なんの文句があるのか……そう問われたら、私はこう答えるだろう。
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