このドロっとしたものは……
バチッ。
「きゃあ」「お嬢様!」
小さなガラス窓にまさに何かが当たり、驚いて座席から落ちそうになる。
「あれは……黄色のドロっとした……卵では!?」
「卵!?」
バチッ、バチッ、バチッと立て続けにまたも音がして、馬車の左右の窓にも、卵が投げつけられている。割れた卵の黄身と白身のドロっとしたものが、ゆるゆると窓ガラスを流れていく。さらに馬車の左右を、黒装束の人物を乗せた馬が駆け抜けていく。
同時に御者の怒鳴り声が聞こえてくる。
どうやら御者に対しても、卵を投げつけているようだ。
貴族に対する平民の不満は、この乙女ゲームの世界でないわけではない。貴族の乗る馬車が、平民相手に事故を起こした。だが救助することなく、立ち去ることもある。そんな貴族に恨みを持った人々は。馬車に対し、投石や泥をかけることは、よくあると聞く。
だがラザフォード公爵家は、由緒正しい公爵家の一族。馬車で事故を起こしても、逃げるようなことはしない。孤児院への寄付や街の病院への援助だって行なっている。平民からの評判は、悪くないはずだ。
よってこれは平民による嫌がらせではない。
と思ったが、この馬車、紋章はだしていないわ。
それでも卵は高級品。その卵を粗末にするようなこと、平民はしない。こんなことをできるのは、裕福な貴族だろう。
「「きゃぁ」」
エアリルと同時に叫んでいた。馬車が急停車したのだ。
前のめりに投げ出されてもおかしくない状況だったが、何とかエアリルも私も、座席から落ちずに済んだ。
御者の言い争う声が聞こえる。
御者は二人いるが、一人は兵士も兼任していた。つまりは護衛。
卵による襲撃犯は、左右の窓に同時で卵を投げつけているのだから、複数いることになる。護衛一人で何とかなるか、不安になった。
窓から外を伺うが、窓ガラスにはベットリ黄身と白身がつき、景色が歪んで見える。
それでもここが、貴族の邸宅の立ち並ぶエリアであることは、分かっていた。実家はその区画にあり、スターフォード伯爵家もそこにあるのだから。
窓からぼやけて見えるのは、高い塀。
ここで悲鳴の声を上げ、助けはくるだろうか?
基本的に危険とは関わりたくないと考える者が多い。見て見ぬふり。誰かが助けるだろうと他人事に捉えられた結果。救援が来ない可能性が高かった。
「「きゃあっ」」
エアリルと同時に悲鳴をあげていた。
こちらに近づく数名の男達の姿が見える。皆、黒い服を着て、黒い布で頭と口元を覆っている。人相はよく分からない。
彼らは石を打ち当て、馬車の扉の鍵を壊している。
何か武器はないかと思っているうちに、黒装束の男により、扉が開けられてしまう。
男が腕を伸ばし、私を捕まえようとしたが、エアリルが私の前に出た。
私の身代わりになったエアリルは、腕を引っ張られ、馬車から転げるようにして道に倒れ込む。
「エアリル!」
本来、折り畳み式の階段を出し、馬車から降りるもの。でも今は非常事態。地面までは約40センチ程なので、天蓋付きのベッドより低い高さ。しかもヒールのないパンプスだから、降りられるはず。
「えいっ!」とジャンプして降りようとした私の体は、あろうことが黒装束の男に受け止められた。盛大に暴れるが、やはり男性にはかなわない! この男、レオニスに比べたらひょろっとしているのに。やはり男性と女性とでは、体の作りが違うんだ……。
ならばと叫ぼうとしたが、首を掴まれ、馬車に体を押し付けられた。
髪や背中に、馬車に投げつけられた卵の黄身や白身がべっとりつき、嫌悪感を覚える。
「ふがふがっ(エアリル)!」
叫ぼうとしたところ、男の手で首を押えられた。
エアリルは両手を後ろで押さえられ、さらに口をふさがれている。
素早く御者の様子を見ると、ひとりはダウンさせられていた。護衛の兵士は黒装束の男と戦闘中だ。
黒装束の男は五人程いる。
護衛一人で対処できるだろうか!?
物取りなの? 一体何が目的!?
「ビッチのくせに、国の英雄に手を出してんじゃねぇぞ! お前はレオニス卿の婚約者には相応しくない。婚約は破棄しろ! 破棄しなければ、この侍女を散々弄んだ後、河に捨てるぞ!」
私を押さえる男が怒鳴るようにして告げた言葉。これでなぜ襲撃されたのか、その意味を理解することになった。
確かにレオニスは、国民的英雄だ。それなのに、第二王子の婚約者でありながら、浮気をするようなビッチと婚約するなんて、あり得ない事態。嫉妬したどこぞの貴族の令嬢が、この襲撃犯を雇い、私を襲わせたんだ!
魔獣に害されるかもしれないとは言われたが、まさかこんな襲撃をされるなんて。
きっと公爵家の屋敷の近くで、ずっと見張っていたのだろう。後をつけ、人気がなく、助けも来ないようなこの場所が、チャンスと思った。
こんな風にまだ明るい内に、しかも王都で襲われるなんて!
「!」
ガラガラと音がしたので、助けを求めようと視線を音の方に向ける。
荷馬車がやってきた!
助けて……!






















































