プロローグ
「ジェニファー・マリ・ラザフォード、君は媚薬を使い、ここにいる三人の令息達を誘惑した悪女だ。まったく、僕という婚約者がいるのに、信じられないよ」
私の婚約者である、第二王子のパトリック・K・トラヴィスがそう言うと、ヒロインに骨抜きされている四人の令息=攻略対象達が「本当にあの女は悪女だ」「悪魔のような女」「媚薬を使うなんてあくどい」などと口々に囁く。
これを聞いた舞踏会に参加している貴族達は、一斉にざわざわと反応している。令嬢は「恐ろしいわ」「破廉恥」「なんてはしたない」と呟く。だが令息は「あの体で媚薬なんて最高では?」「俺も誘惑してもらいたい」「美女で破廉恥なんて夢だろう」と下衆な発言ばかり。
その様子を見て、乙女ゲーム「恋乙女 真夜中のプリンセス」、通称の恋乙女のヒロインである伯爵令嬢ティアラ・マネースキーがニタリと微笑む。
光沢のあるシルクのパープルのドレスに身を包む、悪役令嬢である私、ジェニファーは、もう歯軋りしてこの様子を見ているしかない。
大好きで課金しまくった乙女ゲーム“恋乙女”の世界に転生できたと分かった時、どれだけ嬉しく思ったか。でも髪がシルバーブロンドであり、とんでもない程、ナイスバディであると分かった瞬間、「ヤバイ!」と焦ることになった。
恐る恐る、手鏡で自分の姿を確認し、瞳の色を見て思わず「Oh my gosh!」と呟いていた。紫がかった青色、タンザナイトの瞳と言われるこの目は、悪役令嬢ジェニファーの最大の特徴の一つだった。
「分かっているだろう、ジェニファー。僕を差し置いて、令息達を誘惑するなんて、許されることではない。……君との婚約は、破棄だ!」
黒のテールコートを着たパトリックは、自慢の金髪をかきあげ、碧い瞳を細め、口角をあげる。そしてブロンドにピンク色の瞳のティアラを抱き寄せた。ティアラが着ているパステルピンクのドレスのフリルが、可憐に揺れる。
童顔で男なんて知らないという顔をしているが、ティアラこそが、悪女なのに!
でも、もはやティアラなんてどうでもいい。
この後、パトリックは恐ろしい断罪の言葉を口にするはずだ。
最悪な場合は断頭台送り。ましなもので娼館送り。
正直、どれを告げるかは、まだ分からなかった。
なぜなら。
ヒロインであるティアラが、ゲームのシナリオに反する行動をとったからだ!
なんとティアラは、恋乙女ではなかったはずのルート、逆ハールートで攻略対象者の全員のハートを射止めてしまったのだ! おかげで悪役令嬢ジェニファーである私がとった断罪回避行動は、ことごとく失敗することになった。
そんな恐ろしいヒロインであるティアラの本命は、あくまで、この国の第二王子であるパトリックだ。よってこの後、彼の婚約者に収まる算段だった。でもパトリックの近衛騎士も、宰相の息子も、公爵家の令息も。ティアラに骨抜きにされている。
だが三人の攻略対象は、ティアラとの結婚は望んでいない。ティアラのことを女神のように崇め、彼女のためならなんでもやるという形で攻略されていた。
つまり。
媚薬で私が三人を誘惑したなんて、でっちあげだった。三人はティアラに頼まれ、偽証をしているのだ。だが、それを覆す証人も証拠も用意できていない。恋乙女は、全年齢版の乙女ゲーム。媚薬なんて、登場していない。何よりヒロインが逆ハーしているなんて、想像もしていなかったのだ。
媚薬を使い、誘惑したという理由で、婚約破棄を言い渡されるなんて。
正直、今、知った状態だった。
これでは断罪回避なんてできるわけがない! もはやぶっつけ本番で、この断罪の場となる、パトリック主催の舞踏会に参加していた。
ちなみにこの舞踏会は、ジェニファーの断罪の場であり、ティアラの誕生日を祝う場でもある。ヒロインも悪役令嬢も四人の攻略対象も。これで全員が二十歳になるわけだ。
私と婚約破棄し、断罪し、ティアラの誕生を祝う。そして誕生日プレゼントとして、パトリックが彼女を婚約者に指名するという流れ。ゲームをプレイしていた時は、見事なスリーコンボと思ったが、悪役令嬢ジェニファーの立場からすると、最悪としかいいようがない!
「ジェニファー。君は僕を侮辱したも同然だ。婚約破棄だけで、済むと思うなよ。君は――」
「パトリック殿下、お待ちください」