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短編小説

正しい王様と間違いの聖女。「偽・聖女だと? あえて言おう、その通りだ!!!」

作者: レオナールD


「アルミーナ・ロードリヒ! この場を借りて偽・聖女である貴様を断罪する!」


「ふむ……?」


 夜会の最中に突如として放たれた言葉に、当事者であるその女性――アルミーナ・ロードリヒは眉を顰めた。

 今日は『聖女』であるアルミーナの二十歳の誕生日。この夜会はそれを祝うための集まりのはずである。

 にもかかわらず……何の前触れもなく始まった断罪劇。夜会の参加者は戸惑いを隠しきれず、ザワザワと声を上げていた。

 

 夜会の主役であるアルミーナへの暴言。

 本来であれば警備の兵士が出てきて、狼藉者はつまみ出されるところだが……兵士も同じように困惑した様子だった。

 何故なら……その暴言を発した人物がロバート・クルーエス。この国の国王だったからである。


「これはこれは、ロバート陛下。私に何か御用かな?」


 国家の最高権力者であるロバートを前に……アルミーナがドレスの裾を翻して前に出て、首を傾げる。

 真っ赤なドレスを着たアルミーナは烏の羽のような黒髪を背中に流しており、美しく整った相貌にどこか冷たい色を湛えていた。

 美女なのは間違いないのだが、寄らば切るような近寄りがたい容姿である。

 一方のロバートは銀髪の柔らかそうな髪、宝石のような青い瞳が印象的な美男子。

 並んで立てば、さぞや絵になる二人であったが……今は敵意をむき出しにして、正面から向かい合っている。


「私の婚約者でありながらエスコートもせず、何処で遊んでいるのかと思ったら……まさか偽・聖女などという妄言をぶつけられるとは思わなかった」


「妄言、だと……?」


「妄言でなくて何だというのです? 私は先代の国王陛下より聖女に推薦され、教会からも聖女として認められている。それを偽物呼ばわりとは、素面の男が口に出した言葉とは思えない。それに……」


 アルミーナがチラリとロバートの横に視線をずらし、そこに立っている少女を見やる。


「……そちらの女性はどなたかな? ずいぶんと親しそうに見えるのだが?」


 ロバートの横には金髪の美しい少女が立っていた。

 緑色の瞳がアルミーナに向けられており、挑みかかるように睨みつけている。

 アルミーナは国王の婚約者であり、同時に聖女として信仰の頂点に君臨していた。

 国王ロバートと対等にはなすことができる唯一の人物である彼女を睨むだなんて、とてもではないが正気の沙汰ではない。


「フフンッ……」


 だが……アルミーナはそんな少女の様子に唇をつり上げて笑う。

 アルミーナは強気な女性が大好きなのだ。少女の揺らがぬ視線に愉快そうに肩を揺らす。


「……ミモザを睨みつけるのはやめてもらおう。彼女は私の大切な人だ」


 しかし、ロバートが少女の前に立ってアルミーナの視線を遮った。

 どうやら、少女の名前はミモザというらしい。

 どちらかというと男前……もとい凛とした雰囲気のアルミーナとは異なり、ミモザという少女ははかなげで小ぢんまりとした可愛らしい少女だった。


「ほう? 私という婚約者がありながら、他の女を「大切な人」とは不思議だな。それはどういう意味で大切なのか教えてもらえるかな?」


「無論、彼女は私の人生のパートナー。私の妻となり、この国の王妃となる女性だからだ!」


「なっ……!」


 王の発言に会場中から驚きの声が上がる。

 パーティーの参加者の誰もが耳を疑い、唖然とした顔になっていた。


「そんな……聖女様を差し置いて、他の女性が王妃だと?」


「こ、これって問題なんじゃないかしら……?」


「教会は許しているのか? 司教様は?」


「静まれ! 皆の驚きはわかる。これから彼女を王妃とする理由を説明する!」


 あちこちから生じる困惑の声に、ロバートが一喝して静かにさせる。


「ここにいるミモザは光の魔力の持ち主であり、癒しの力の担い手である! ミモザこそが真の聖女であり、そこにいるアルミーナは偽・聖女である!」


「「「「「…………!?」」」」」


 会場中の人間が一斉にアルミーナを見る。

 数え切れない驚きと疑いの視線がアルミーナに集中した。


「ほう……」


 しかし、大勢に見つめられながらもアルミーナの微笑は崩れない。

 楽しそうな笑みを浮かべたまま、ロバートに向けて口を開く。


「癒しの力を持っていることが聖女の条件……なるほど、確かに伝説とされる初代聖女は一晩で傷ついた兵士千人を治癒したことで知られている。だが……私も教会の仕事で人々の怪我や病気を治している。これをどう説明するつもりかな?」


「フン……貴様のペテンは全てわかっている。腕に着けているマジックアイテムの力だろう?」


 ロバートの目がアルミーナの右腕……そこに着けられた銀色のアクセサリーに向けられた。


「それは魔力を癒しの力に変換するマジックアイテムだ。貴様はその力を利用して治癒の力を持っているように偽装し、聖女の地位に就いたのだ!」


「そんな……」


「本当なのか?」


「アルミーナ様が私達を騙して……?」


 夜会の参加者の目に浮かんでいる疑念が強くなる。

 アルミーナが治癒の力を使う際、いつもその腕輪を付けていることに思い至ったのだ。


「聖女を偽っていた罪は重い! アルミーナ、お前との婚約を破棄して、聖女の地位も剥奪する!」


「…………」


 ロバートがアルミーナに指を突きつけた。

 断罪を受けたアルミーナは弁明もせずに黙り込んでいたが……不意にロバートの後ろにいるミモザに話しかける。


「ロバート陛下はそう言っているようだが……ミモザ? といったか、君は本当に聖女になる覚悟があるのかな?」


「私は……」


「聖女とは人々の信仰の頂点に君臨し、この国の守り手となる者をいう。君はその覚悟があるのか?」


「…………!」


 ミモザは一瞬だけ怯んだものの、すぐに「キッ!」と視線を強くする。


「私は聖女になります! 未熟な身ではありますが、ロバート様が支えてくれればきっと大丈夫です!」


「ミモザ……」


「ロバート様……」


 ロバートとミモザが見つめ合い、二人だけの世界に入る。

 そんな二人の様子を見るに、彼らが愛し合っているというのは事実のようだ。

 いつから、そういう関係なのかはわからないが……アルミーナはずっと浮気をされていたらしい。


「つまり……私はもう用済みであるということかな?」


 最後の確認だとばかりにアルミーナが尋ねる。

 その重い言葉のトーンに、ロバートの内心に自分が間違っていないのかと小さな疑念を生じた。

 しかし、ミモザが手を握ってくると、そんな疑念もすぐに吹き飛んだ。


「その通りだ! この国に偽・聖女はいらない! アルミーナ……貴様を追放する!」


 婚約破棄。


 聖女の地位剥奪。


 そして……国外追放。


 王と並ぶ高い地位に就いていたはずのアルミーナであったが、たった一晩でその全てを奪われてしまった。

 仮に彼女が本当に偽物であったとしても、その断罪劇はあまりにも一方的かつ理不尽なものだった。


「フフ……」


 だが……そんな理不尽を突きつけられたアルミーナの顔に浮かぶのは、燃えさかるような歓喜の笑みである。


「フハ、ハハハハハハハハハハッ! アハハハハハハハハハハハハッ!」


「な、何がおかしい!? 気が狂ったか!?」


「ロバート陛下……国王ロバートよ! まずは貴方の間違いを指摘しよう!」


「間違い、だと……?」


「癒しの力を持っていないから聖女ではない……それは誤りだ。初代聖女はたまたま優れた癒しの力の担い手であったようだが、歴代の聖女の中には治癒の魔法が使えない者もいた。そして、聖女でなくとも治癒に適性がある者もいる」


「それは……」


 それは事実なのだろう。

 実際、宮廷魔術師の何人かは治癒の魔法が使える者がいる。


「だが……お前がマジックアイテムで偽装していたことは事実で……」


「そして、聖女の仕事は人々を癒すことだけではない。国を守ること全般がその使命なのだ!」


 アルミーナはロバートの言葉を聞くことなく、高々と説明を続けた。


「結界を張って魔物の侵入を阻むこと。強力な魔獣を封印すること。人間の負の感情から生まれる瘴気を浄化すること……無論、怪我人を癒すことも含めて、全てが聖女の役割だ! 歴代の聖女はそれらを一身に背負ってきたのだ!」


「…………」


「つまり、癒しの力がないために私を偽物と呼んだのは理屈が通らない。だが……」


 アルミーナは言葉を止めて、右腕に着けていたアクセサリーに触れる。

 金具で留められた銀色の腕輪を外して、床に向かって投げ捨てた。


「あえて言おう! その通り、私は偽・聖女であると!」


「なっ……!?」


 パリンとガラスが割れるような音が鳴った。

 直後、地面が激しく揺れて、会場中の人間が床に倒れ込む。

 地震は五分以上も続き、テーブルが倒れ、料理やワインが床に散乱する。


「な、何事だ!?」


「大変です! 国王陛下!」


 会場に鎧で武装した兵士が走ってきた。

 兵士は疲労に肩で息をしながら、信じ難いことを口走る。


「お、王都を守護していた結界が壊れました! 城壁に魔物が押し寄せています!」


「はあ!?」


「こ、このままでは王都は滅亡します! どうかご指示を!」


「…………!」


 唖然とするロバートであったが、すぐにその原因に気がついてアルミーナを睨みつけた。


「何をした、アルミーナ!?」


「ロバート陛下のお望み通りに、偽・聖女がかけた術を解いただけのこと。それにしても……」


 アルミーナは初めて笑みを消して、物憂げに溜息をつく。


「先代陛下はロバート陛下に何も教えずに逝ってしまわれたのだな。急なことだったから、無理もないことだが……」


「どういう意味だ!?」


「代々の国王陛下に知らされている聖女の真実。ロバート陛下、貴方が仰るように、私達(・・)は偽物だったのだ」


「私『達』だと……?」


「ええ、その通り。私達だ」


 アルミーナが語るのはロバートにとって信じ難い真実だった。


 この国には聖女がいた。

 いるのではなく、過去形で『いた』。

 アルミーナは十五代目の聖女であったが、実際に聖女が本物だったのは五代目までのこと。

 それ以降の十人の聖女は全て偽物だったのだ。


「そもそも、聖女というのは人間の王によって選ばれる者ではない。神によって選定される愛し子なのだ」


「神によって……」


「そう。五代目の聖女までは神託によって選ばれており、聖女達は正しく、強く、そして美しい存在だった。しかし……その美しさが災いした。聖女のことを力ずくで汚そうとする慮外者が現れてしまったのだ」


 五代目の聖女。その死因は絞殺。

 彼女は当時の国王によって求愛され、それを拒んだがために王によって首を絞められて殺害されたのである。

 おまけに国王は権力を使ってその罪を握りつぶし、罰を逃れた。


「だが……人の目は逃れることができても神の目は誤魔化せない。その王は神罰の雷に打たれて命を落とし……以来、この国には聖女が与えられなくなってしまった」


 聖女が殺されて、神は怒った。

 この国を守り続けていた聖女がいなくなってしまった。それも、国王の悪意によって……。

 事態を放置してしまえば、国が滅亡してしまう。

 そのように考えた次代の国王によって生み出されたのが『偽・聖女』である。


「国でもっとも魔力が高い女性に聖女の遺品である神器を装着させ、聖女の代理を務めさせた。もちろん、神に選ばれぬ身で奇跡の力を行使するには代償が不可欠。偽・聖女は神器に命を吸われて早逝してしまう。そうやって、偽・聖女に犠牲を強いることにより、この国は存続してきたのだ」


「そんな馬鹿な……有り得ない」


「これは選ばれた偽・聖女と歴代の国王にのみ口伝される事実だ。ロバート陛下は知らされる前に先代陛下が儚くなってしまったようだがな……」


「…………」


 ロバートが顔を青ざめさせた。

 もしもアルミーナの話が事実だとすれば、自分はとんでもないことをしたことになってしまう。


「そんな顔をするなよ、ロバート陛下。貴方は正しいことをしたのだ」


 だが……アルミーナの顔に浮かんでいるのは混じりけのない笑顔である。

 取り返しのつかない失態を犯した国王をあざ笑っているのではなく、本心からの賞賛だった。


「貴方は言ったな……『この国に偽・聖女はいらない』と。私も同感だ。この国は長年、聖女という存在に依存することで弱くなってしまった。他国であれば普通に退けられている魔物にすら、神器で生み出した結界がなければ対処できなくなってしまった。たった一人の娘に国家の命運をゆだねるようなやり方は歪んでいる」


 アルミーナが右手を床に落ちた腕輪に向ける。

 そして、本物の聖女の遺品であるそれに魔力の弾丸を撃ち込んだ。


「ああっ……!」


 思わず叫んだロバートの視線の先、神器が粉々に砕け散った。


「貴方の恋人……ミモザとやらに代わりに聖女をやるようにとも言わない。人は人の力で戦い、困難を退けるべきなのだ。本物の聖女がいなくなった時に気がつくべきだった。この国にもう聖女は必要ない」


「アルミーナ!?」


 アルミーナの身体がフワリと浮き上がり、魔力で天井に穴を開け、そこに吸い込まれていく。


「逃げるつもりか!? こんなことをしでかしておいて!?」


「偽・聖女というシステムを壊したのは貴方だ。正しき国王――ロバート陛下」


 真っ赤なドレスをなびかせ、アルミーナは夜空を背にしてロバートを見下ろす。

 夜会の参加者は誰もが呆然としており、アルミーナを呼び止めることすらできない。


「私は歴代の聖女……いや、偽・聖女の中で特に強い力を持っているからな。私がこの国に残れば、またしても人々に依存させてしまう。それでは聖女がいなくなる意味がない」


「まさか……」


「陛下に命じられたように、私は国外追放を受けるとしよう。聖女に頼ることのなくなったこの国が勇敢に生まれ変わる姿……地の果てから見守っているよ」


 一方的に言い残し、アルミーナの身体が天井の穴に消えていった。


「…………」


 呆然として取り残されるロバートであったが……状況を思い出し、「ハッ!」と両目を見開いた。


「ま、魔物を迎え撃つぞ! 兵士を集めろ!」


「は、ハハアッ! 了解いたしました!」


「お前達も武器を取れ! 戦える者は準備をしろ。そうでない者も自分に出来ることをするのだ!」


「……承知いたしました」


 国王の命令を受け、会場にいた兵士らが動き出す。

 ロバートは言葉を失っている夜会の参加者――貴族に向かって檄を飛ばす。

 アルミーナの追放を目にしていた貴族は、事の原因が王にあることを知っているため不服そうな顔をしているが……状況が状況である。

 ロバートを非難するよりも、自分達が生き残るために行動を始めた。


「ミモザ、お前にも城壁に行ってもらう。治癒魔法で兵士のことを癒してくれ」


「…………わかりました」


 ミモザは複雑そうな顔をしているものの、恋人の言葉を拒むことなく頷いた。

 こんな事態になることは予想していなかったが……アルミーナから聖女の座を奪い取ろうとした気概は嘘ではない。

 この状況で首を横に振ろうものなら、責任を取らされて首を斬られかねないという危機感もあった。


「この国を守っていた聖女はもういない! 我らの手で国を守るぞ!」




 偽・聖女アルミーナの追放により、神器の力で支えられていたいくつもの魔法が解き放たれた。

 王都を守護していた結界が崩落して魔物が押し寄せ、聖女の力で封じられていた古の怪物が解き放たれる。

 王国はそのまま崩壊するのではないかと誰もが思ったが……意外なことに、事の原因であるロバート王の活躍によって、王国は災厄から守られた。

 国王ロバートとその后ミモザは数え切れない犠牲を出しながらも、どうにか王国を守り通した。

 アルミーナの追放について王に責任を問う者もいたが、ロバートの手腕なくして乱れた王国を守ることは出来ない。

 事態が完全に収束する十年後にはロバートを非難する者は誰もいなくなっており、反対に国を守りきった王を賞賛する人間のほうが多かった。


 聖女に守られていただけの王国は、自らの手で国を守ることができる強国となったのである。


「フフッ……」


 王国から遠く離れた地にて。

 生まれ変わった祖国を彼方より見つめ、かつて聖女と呼ばれていた偽物は穏やかな笑みを浮かべたのであった。




おしまい


こうして、王様は恋人は愛の力によって国を守りましたとさ。

めでたし、めでたし! ハッピーエンドになります!


広告下の☆☆☆☆☆から評価をよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルをきれいに回収した。 誰の目線で読むかでかわりそう。 国を守った王様からみたら、女神や偽聖女ざまぁにもなりそう。
[一言] 結果良ければ何やってもいいって前例が出来ましたね
[一言] 知らなかったとはいえ、いや、知らなかったにも関わらずきちんと国の危機を救ってのけた国王 いずれ失われる宿命であった偽・聖女システム(魔法打ち込まれたら要のアイテムが壊れたので)のことを考えれ…
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