エリアマスター(?)
魔法の試射を出来る場所を探す為、3人は外へ出る事にした。
「何で靴が普通にあるのか……」
自分の靴が玄関においてある事に困惑するハカセ。
「前に俺が来た時もあったよ」
2回目で慣れているのか、単に無頓着なだけなのか……。遊歩は靴を履きながら返答する。
「遊歩は自分の家だからだろ」
「そうだ。ハカセ『カロンの書』はアイテムボックスに仕舞った方が良いよ」
玄関ドアに手を掛けた遊歩がハカセに声を掛ける。
「何で?」
「銃刀法違反で捕まるよ」
「本だよ?」
「はい。問題ありません。魔法の使用は魔導法違反ですが魔導書の持ち運びは問題ありません」
「ほら」
この世界の情報は現地人(?)のニーナの方が正確だろう。
よって、ニーナの発言の方が遊歩の発言よりも優先されるのは当然。
遊歩もニーナの情報を否定する事が出来ないのを理解して大人しくドアを開け外へ出る。
「何処か心当たりはあるのか?」
闇雲に歩いて探しても良いが効率が悪すぎると感じたハカセが2人に問う。
遊歩の部屋を出る前にも質問した事なので心当たりが無い事は理解している。
しかし、万が一、心当たりを思い出した可能性も0ではない。
念の為の確認作業。
「「……」」
遊歩とニーナは顔を見合わせるだけで返事はない。
やはり2人とも心当たりはないようだ。
「ある程度の広さがあって、公共の場所じゃないスペースか……」
街並みも現実と同様と聞いてるハカセは脳内で町内の地図を広げ適当な場所を思考する。
「公園!」
「思いっきり公共の場所だ」
冷静に遊歩の提案を却下。
「じゃあ、学校」
「学校も公ky……いや、学校か……。先生の許可があれば可能かもしれないか?ニーナどう思う?」
「許可のない魔法の使用が犯罪なので、所有者。つまり学校側からの許可があれば可能と思われます。但し、確実に可能とは言えないので学校関係者に聞いて確かめるのが良いと思います」
「どちらにせよ、まずは学校に向かうのが良さそうだな」
一先ずの目標が決定した。
遊歩の家から学校までの距離は徒歩で30分程度の距離。
遊歩たちは学校を目指し移動をする。
「本当に街並みも変わらないよね~」
「……」
「学校までの道程も同じだから通学してるみたいだよね~」
「……」
暢気に日常会話を楽しみながら移動をしている遊歩。
一方、ハカセは怪訝そうな顔をしている。
「ハカセ、さっきから黙ってるけど、どうしたの?やっぱり風邪で体調が悪いの?」
複雑そうな顔をしてるだけならまだしも、一言も喋らず歩いている。
普段、遊歩のどんなに下らない話にも返事はしてくれているハカセ。
遊歩もハカセの行動を不審に思う。
「いやいやいや……。どう考えてもおかしいだろ!」
少し声を荒げハカセがツッコミを入れる。
「……?何が?」
「アレだよ!アレ!!」
ハカセが指差す方向には高層マンションのような黒い巨塔が聳え立ってる。
無論、現実世界には無い建造物。
学校周辺……。もとい、遊歩たちの住んでいる地区の周辺は住宅街が多く、マンションでも3階建て以下の建物が殆どだ。
そこにポツンと黒い巨大な建造物があるのは異質としか言い表しようのない光景である。
「……!?な、なななな何!!アレ!!?」
驚愕のあまり動揺を隠しきれない遊歩。
「聞きたいのは僕の方なんだけど……。何故気が付かなったのか小一時間問い質したい気持ちで一杯なんだが?」
ハカセは呆れ気味に対処する。
「ニーナ、アレって前にもあった?」
「はい」
「明らかに現実と違うだろ。何で2人とも気が付かない?」
「申し訳ございません。遊歩たちの世界の事は知らないので違いに気が付きませんでした」
「……明らかに街並みと不釣り合いだから違和感には気が付きそうだけど、まあ、致し方ないな」
「俺は……。えーっと……。何でだろう?」
「はぁ……。まあ、遊歩だし仕方ないか」
ガックリと肩を落とし、ツッコミを諦めるハカセ。
遊歩に抜けている部分がある事を理解しての事なのだろう。
「あそこ行ってみない?」
「学校は?」
「あっちの方が気になるじゃん」
「……まあ、そうだな」
目的地の変更。
遊歩たちは謎の黒い建造物を目指す事にした。
~黒い建造物付近~
「あれ?何かこの場所変じゃない?」
「それは遠目からわかってただろ」
門の前で遊歩が疑問を口にする。
何を今更。とハカセは呆れ気味に返答する。
「そうなんだけど、そうじゃなくって、空間が歪んでるって言うか何て言うか。結界とかバリアって言った方が良いのかな?ハカセも近くで見てよ」
遊歩に促され、ハカセは遊歩の横に近づく。
「確かに。ニーナ何か分かる?」
「これは恐らく、この周辺を管理しているエリアマスターの拠点だと思います」
「エリアマスターって魔王の手掛かり持ってる人だよね?」
ニーナからの思わぬ情報。
遊歩はニーナに初めて会った時に説明された事を思い出し問いかける。
「いえ、可能性があるだけです。エリアマスターは魔王が任命する場合もあると聞いた事があるので、何かしらの繋がりが存在する可能性もあると考えられます」
「なるほど……。これって入れるのかな?」
立派な門は存在しているが、門扉は開かれている。
遊歩たちの居る場所と敷地内との境界線には薄い膜が張られているかの様な違和感がある。
遊歩はその空間に近づきながらニーナに話しかけている。
「エリアマスターの拠点は特殊フィールドが形成されており、敷地内h……」
「おぉ!入れたよー!」
ニーナの説明を無視し、伸ばした腕を肩まで入れた状態の遊歩が報告をしている。
「遊歩、何やってんだ!何かあったら危ないだろ!中の状態だってわかってないのに……。それに、その変な膜だって何かの罠だったら触るだけでも危険なんだから、不用意に動かない方が良いだろ」
ハカセはそのまま進もうとする遊歩の腕を掴み敷地外へ引っ張り出す。
引っ張る力は強く、遊歩がバランスを崩してしまうほどだった。
そして口調も早口で捲し立てるように注意している。
相当焦っていた様子が伝わってくる。
「ごめん」
ハカセの指摘は至極当然の事。
遊歩もそれを理解した上で反省をし、素直に謝罪をする。
「次から気をつけてな。……で、ニーナが何か説明しようとしてたみたいだけど、何言ってたんだ?」
「はい。エリアマスターの拠点は特殊フィールドが形成されており、敷地内への外部からの攻撃は軽減されます。尚、敷地内から敷地外への攻撃も同様に軽減されます」
「やっぱり、これってバリアみたいな物って事?」
「その認識で問題ないと思います。更に、敷地内は地形や建造物などをエリアマスターの権限である程度変更出来るので、外からの見た目とは違い内部面積が変更されている場合が大抵です」
「どういう事?」
何故かニーナではなくハカセの方を振り向き疑問を口にする遊歩。
「見た目以上に中は大きいって事じゃない?面積が変更って言っても小さくする意味は無いと思うし」
「なるほど……。ニーナ、他に何かある?」
「敷地内のみエリアマスターのステータスが上昇します。他にも物理法則が異なるなどエリアマスター独自のハウスルールが存在する場合があります。基本的にはエリアマスターの思想や欲望などが具現化している空間と聞き及んでいます」
「ハカセ、どうする?ちょっと中見てみる?」
「うーん……。聞いた限りだとかなり危なくない?」
「危なそうだったらすぐ出るって事で」
あまり乗り気ではないハカセを余所に遊歩は歩を進め敷地内へ侵入。
ハカセが止める間もなく行動に移してしまった為、ハカセとニーナも後に続き敷地内へ。
「バリアって言うから抵抗があるのかと思ったけど、難なく入れるんだな……。視界が一瞬ぐわーって歪んでなって少し違和感があるな……」
「ほぇ~。すっごい高い建物……」
敷地内に入ったハカセが遊歩に同意を求めるように独り言ちている。
一足先に侵入していた遊歩は黒い建造物を見上げながら感想を述べる。
「あっ、本当だ。外から見た時よりも心做しか大きく感じるな。それに何か全体的に広いな」
ハカセも遊歩の意見に賛同。
2人は辺りをキョロキョロと見渡しながら観察を続ける。
「あっ!そうだ。ハカセ、此処で魔法使ってみようよ。広いし丁度良いじゃん」
遊歩からの唐突な提案。
周囲を観察していたが、警戒心からではなく単なる好奇心だったようだ。
それ故、遊歩の口調からは緊張感の欠片も感じる事が出来ない。
「大丈夫か?」
「エリアマスターの私有地だから公共の場ではないでしょ」
「それはそうだけど、人様の敷地だから、エリアマスターの許可が必要だろ」
「良いじゃん良いじゃん。少しだけ。試し打ちだから」
そう言うと遊歩はハカセの左手を持ち上げ『カロンの書』を開く。
「ほら、『火球』」だって。火球ってファイヤーボールでしょ?これ使ってみてよ。ファイヤーボールと言えばRPGでは王道中の王道の初期魔法だもんね」
遊歩は『カロンの書』1ページ目に掛かれていた魔法『火球』を指差しながらの使用を要求。
「えー……。本当に怒られても知らないからな」
魔法の使用に消極的なハカセだが、ニーナが止める素振りを見せない事から罪に問われる事はないと思い、魔法の試し打ちに同意。
ハカセは右手を前に出す。
「……」
右手を前方の黒い建造物方向に伸ばしたまま止まるハカセ。
それを見守る遊歩とニーナ。
暫時が過ぎる……。
「まだ?」
痺れを切らした遊歩がハカセに問いかける。
「何か発動しないんだけど、エリアマスターの敷地内だから?」
「魔法に詠唱は必須です。詠唱効率を突き詰めた結果、一部省略出来る事もあるそうですが、無詠唱は現在の技術では不可能とされています」
「アイテムボックスは考えるだけで出てくるくせに何でだよ!」
「仕様です」
「理不尽だ!!」
「ワタシに言われましても……」
詠唱の有無を巡り、ハカセとニーナの間で一悶着……。
「まあまあ、ハカセ落ち着いて。仕様なんだからニーナに八つ当たりしても仕方ないって」
「マジかよ……?詠唱とか恥ずかしいんだけど……」
遊歩の仲裁により、落ち着きを取り戻すハカセ。
仕様と言われても納得出来ない部分も多いらしい。
「さっきのポーズも厨二病っぽくて外目から見たら少し恥ずかしいよ」
「言うな」
遊歩に図星を突かれ、恥ずかしさを紛らわす為に『カロンの書』で遊歩の頭を軽く小突く。
「イテテ……。お願いハカセ。1回で良いから~」
あまり痛くはないが、小突かれた箇所を抑えながら反応を示す。
そして、両手を合わせ、猫撫で声で懇願する。
ハカセは「はぁ……」と軽くため息を吐くと『カロンの書』を開き直す。
「悠久の時を巡る星々の祖たる────」
「おぉ!何かそれっぽい感じでカッコイイ!」
詠唱を始めるハカセ。
ハカセの詠唱を聞き、素直に感想を述べる遊歩。
ハカセは遊歩に悪気が無いのは理解している。
しかし、心中穏やかではない。
正直、遊歩にツッコミを入れたいのは山々だが、また気持ちを切り替えて1から詠唱を再開するのは恥ずかしい。
そう考えたハカセは遊歩の感想は聞こえないフリをして詠唱を続けている。
「────空を割り、我に仇なす者へ大いなる鉄槌を与え────」
「何か長くない?」
「……」
先程まで大きな声を出して反応を見せた遊歩だが、ハカセの真剣味が伝わったのか、邪魔をしないようニーナに小声で話しかける。
しかし、ニーナは何の反応も見せず、黙ってハカセの詠唱を見つめている。
(まだ、詠唱終わらないのかな……)
遊歩がそう思うのも無理はない……。
『火球』の詠唱ページは2ページに渡り書かれているのである。
そして、ハカセは無詠唱の時とは違い、噛んだり読み間違えたりしないよう慎重に詠唱している。
それも詠唱が遅く感じる理由の一端でもあるのだろう。
遊歩は詠唱を聞くのに飽き始めていた頃、遂に『火球』の詠唱が終わる時が来た。
「────灰燼と帰せ!!」
「「……」」
詠唱が終わり、5秒ほど経過した後、遊歩の方を振り向くハカセ。
詠唱を聞き飽きて黙って見ていた遊歩と初めから言葉を発する事無く見ていたニーナ。
ハカセが詠唱を止めた事で2分近い詠唱が終了した事を理解した遊歩。
「終わった……の?」
「あぁ……」
「何もなかったね」
「恥ずかしいの我慢して唱えたのにどーなってんだよ!!」
恥を忍んで詠唱をした結果がコレである。
ハカセは『カロンの書』を足元へ叩き付け憂さ晴らしをする。
「詠唱を読み間違えたとか……?」
遊歩は乱暴に扱われた『カロンの書』を拾い、汚れを叩きながら原因を考える。
一通り砂埃を払い終わった『カロンの書』をハカセに手渡す。
その時……。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。と地鳴りのような音が周囲に響き渡る。
しかし、地面は一切揺れていない。
「何の音?」
3人は何が起きたのか確認する為、周囲を警戒。
辺りをキョロキョロと見渡す。
「上」
ニーナが何かの存在に気が付いたらしく上空を指差している。
遊歩とハカセも空を見上げる。
そこには一筋の光。
その光は遊歩たちの方向へ近づいてきている。
「何アレ?」
「何だろうな?」
次の瞬間……。
光が黒い建造物に直撃。
ドーン!!と言う大きな爆発音と共に衝撃波が3人を襲う。
「うわっ!!」
衝撃波の影響で3人はエリアマスターの敷地外まで飛ばされてしまう。
「君たち大丈夫かい!?」
近くに居たオジサンが慌てた様子で3人の側に駆け寄り声を掛ける。
「イテテテテテ……。な、何が起きたの?」
洋服の汚れを払いながら立ち上がる遊歩。
状況を理解出来ず、誰とは無しに質問をしながら周囲の様子を確認。
「急に爆発が起きたんだが、詳しい事は分からん」
遊歩の言葉に反応し、オジサンが現状を軽く説明する。
「ハカセ!ニーナ!大丈夫!?」
近くに2人の姿を確認した遊歩は声を掛け安否を問う。
「あぁ飛ばされた時に少し擦り剥いたけど大丈夫だ」
「ワタシも問題ありません」
「2人とも無事で良かった~」
「身体は無事だが、状況はあまり良くなさそうだ。この辺りは危険だし、一旦この場を離れよう」
「ハカセの意見に同意です」
安堵感を露わにする遊歩。
急な大爆発の影響で野次馬が徐々に集まってきている。
詠唱のタイミングなどを加味すると、今回の爆発の件は恐らく自分たちの仕業だと考えているハカセは退去したい様子。
ニーナもハカセの意見に同意している。
ハカセは周囲を見渡し現状の把握に努める。
自分たちの体験した爆発の威力などを考えると不自然なほど被害が少ない。
エリアマスターの敷地だった場所はポッカリと穴が開いている。
しかし、その周囲で倒壊している建物は見当たらない。
更に人への被害も少なそうだった。
爆発時、現場近くに居た人たちの中に負傷者もいるようだが、いずれも軽症だと思われる。
「意外と規模がしょぼくないか?」
隣に居るニーナに声を掛ける。
「恐らく、あの謎の光が外からの攻撃だったので敷地内に入る時に威力が落ちたのでしょう。そして、敷地内で爆発が起きた事で敷地外に対する威力も落ちたと推測できます。結果、この程度の被害で済んだのでしょう」
「そう言えばそんな事、説明していたな……。2段階で威力が落ちたって事か。まあ、詳しい考察は後にして一旦家に戻ろう。遊歩、行くぞ」
「うん」
爆発現場から吹き飛ばされている所を見られている可能性もある。
そして腹を探られると正体がバレる可能性も高いので悠長に話し込んでいる暇はない。
そんな考えもあり、一刻も早く現場から離れ、一先ず身を隠したいのだろう。
ハカセは遊歩の手を引くと野次馬たちの雑踏に紛れ、怪しまれないように努めながら現場を立ち去るのだった。
~遊歩宅~
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「うん。ニーナもおかえり。ってかニーナは『おかえり』って言わなくても大丈夫だからね」
「了解しました」
「お邪魔します」
玄関で会話をしているが、今回も屋内からの反応はない。
こちらの世界の遊歩の両親はまだ戻っていないのだろう。
3人は特に気にする素振りも見せず遊歩の自室へ向かう。
ベッドに座る遊歩。
ハカセはデスクチェアの背もたれ部分を前にして座る。
ニーナはドアの近くに立っている。
遊歩はニーナに座るように促そうと思ったが、前回の事を思い出して口にするのをやめた。
ニーナが横に座るだけでも恥ずかしいのに、女の子が横に座っただけで動揺する場面をハカセに見られるのは余計に恥ずかしい。
「これからどうするの?」
ニーナの事を意識の外へ追いやるようにハカセへ話を振る。
「そうだな……。何であんなにとんでもない事になったのか知りたいけど、ニーナ何か分かるか?」
「申し訳ありません。ワタシも魔法に関しては知見が無いもので……」
「ニーナは魔法使えないの?」
「はい」
「ふーん……。ねぇハカセ、ちょっと本見せてよ」
椅子のキャスターを使い遊歩に近づいたハカセは『カロンの書』を渡す。
「遊歩は魔法使えないって言われてるけど、何が起こるか分からないから詠唱はするなよ」
「分かってる分かってる」
本当に理解していたかは不明だが、ハカセに注意された事で詠唱する事はなくなった。
手渡された『カロンの書』の表紙と裏表紙を観察した後、ゆっくりと数ページを捲り中身の確認を行う。
「あれ?」
「どうかしたのか?」
「ニーナ、魔法って詠唱が長いほど強力なんだよね?」
「一般的にはそう言われています」
「うーん……。『火球』の魔法の詠唱が凄く長いんだけど……」
「えっ?ちょっと貸して」
ハカセは半ば強引に遊歩から『カロンの書』を取り上げる。
『カロンの書』を渡された当初は詳しく内容までは見ていなかった。
改めて内容を数ページ確認すると確かに『火球』の詠唱は長い。
10ページほど確認したが、他の魔法は長くて1ページ。短い物だと2行~3行程度の詠唱の魔法もある。
単純計算で2倍~30倍の詠唱の長さなのである。
「初期魔法なのに何でだろう?」
「僕に聞かれても分からん。ニーナも魔法は詳しくなさそうだし。……何でだろうな」
ハカセは詠唱を間違えていない。
しかし、遊歩たちの認識は間違えている。
『火球』の魔法は遊歩たちの想像している火の玉を出すような可愛気のある魔法ではない。
火球とは流星の中でも特に明るいものを指す言葉。
つまり、ハカセの使用した魔法『火球』とは目標に向かい隕石を落とす魔法だったのだ。
遊歩たちの見た謎の光の正体は隕石。
詠唱に成功し、発動した結果、隕石が落下し、あの大爆発に繋がったのだった。
そして『火球』は詠唱の長さに違わぬ威力を持ち合わせている事も疑いようのない事実。
だが現時点では、遊歩たちがこの事実を知る由もなかった……。
「じゃあ、これ以上はお手上げだね……。この後はどうする?」
「なんか疲れたし、僕は帰りたいかも」
「OK。ニーナは何かある?」
「特にはございません」
「戻っても大丈夫」
「はい、問題ありません」
ニーナの返事を聞き、遊歩はベッドから立ち上がりPCの前に移動をする。
「またねニーナ」
ニーナに別れの挨拶をしてからPCを操作。
無事、元の世界に帰還した遊歩とハカセ。
「あれ?傷が治ってる……?」
「傷?」
「ほら、爆発の時、擦り剥いたって言ったじゃん」
掌を見せながら擦り傷が無くなっている事を主張するハカセ。
「そう言えば、服の汚れとかもなくなってるね。こっちに戻ると傷も治るのかな?」
「どうなんだろうな。まあ、汚れは兎も角、傷は痛いし易々と実験出来ないからな……」
「そうだね。今度ニーナに聞いてみよう。何か分かるかもしれないしね」
「そうだな……」
何やら複雑そうな顔をしながらハカセは返答する。
「暗くなってきてるみたいだし、今日はもう帰ろうかな」
窓の外を確認すると夕闇が迫っていた。
「分かった。またね」
遊歩は少し話したい気持ちもあったが、遅くまでハカセを拘束してまで話したい内容ではないと考え了承する。
ハカセが帰り支度をし終え、2人で玄関まで向かう途中、リビングのテレビから2人の耳に不穏なニュースが飛び込んできた────。