外出
ゲームを送ってきた人物の真意を確かめる為、ヘッドセットを装着する遊歩。
しかし……。
「遊歩―。ゴハンの準備出来たわよー」
廊下から聞こえる母の声。
「はーい。今行くー」
ゲームを起動しようとしていた手を止め、ヘッドセットを外しながら返事をする。
PCをスリープ状態にし、台所へ。
台所へ到着し、遊歩は自分の席に座る。
「ご飯くらいは自分で装って。いつも言ってるでしょ」
着席した直後に母に指摘される。
制服の件然り、遊歩は自身が面倒だと思う事は避ける傾向にある。
中学生で反抗期と言う事も相俟って、親の小言は煩わしく感じる年頃。
しかし、育ててもらっている認識はあるので注意をされた時は黙って素直に行動する。
但し、それは『注意された時のみ』の行動だ。
翌日には何事も無かったかのように座るだろう。
席に座った直後で多少の面倒さを感じながら、今回も素直に行動に移す。
勿論、母の分も準備することは無く、自分の分のご飯のみを茶碗に装い再度着席する。
遊歩の行動に母も慣れているらしく、お味噌汁とおかずをテーブルに並べ、自身のご飯の準備を済ませる。
母が着席したのを確認した遊歩。
「いただきます」
「はい、いただきます」
家族が一緒に食事をする際、全員が揃ってから食事を開始する。
食事の準備が終わっていても『先に食べて』と言われない限り、手をつけるような真似はしない。
遊歩なりの感謝と家族へ気遣いなのだろう。
その後は普通に会話をしながらの食事。
会話の内容も毎日ほぼ変わらない。
『学校はどうなの?』『宿題はしたの?』『ゲームばかりしてないで勉強もしなさい』などなど。
遊歩から話を振ることは無く、母からの質問などに遊歩が生返事をする程度の会話だ。
しかし、母からすれば遊歩の変化に気が付くのに十分な会話。
何かあった時はしっかりと変化を感じ取り『何かあったの?』と聞いてくる。
毎日、同様の会話を繰り返しているからこそ返事の仕方のみでもわずかな変化に気が付けるのかもしれない。
そして、今日はいつもと変わらない食事。
遊歩も悩みを抱えている訳ではない。
母から振られる会話に淡々と『うん』『はい』『分かった』と返すのみ。
何事も無く食事は終了。
席を立ち、自室に戻ろうとする。
しかし、母から呼び止められる。
「食べ終わったら食器はシンクに持って行っていつも言ってるでしょ」
「はいはい」
「『はい』は1回」
「はーい」
「伸ばさない」
これも毎回繰り返される会話。
忙しい時などは食器を片付けない事も大目に見てくれる母だが、時間のある時は自分で片付けさせる。
遊歩のサボり癖を直そうと必死なのだが、遊歩はサボっている訳ではない。
何か考えていると他の事を忘れてしまう事が多い。
単純にシングルタスク人間なだけなのだ。
現在は謎の人物から送られてきたゲームの事を考えていて片付けるのを忘れていただけで、遊歩に悪気はない。
故に、母から注意をされれば素直に食器を流しに持って行く。
洗い桶に食器を入れ、水を溜め皿と椀に水が溜まった所で水道を止る。
以前、洗い桶満杯に水を溜めた際、母に『水を無駄にしない』と小言を言われて以来、食器に水が行き渡る程度にしている。
(これで文句を言われることは無いだろう……)
と考え、部屋に戻る。
自室に戻った遊歩は真っ先にPCへと視線を移す。
(あのゲームどうしようかな……。続きをやった方が良いのかな……)
グラフィックや今まで体験した事の無い技術の数々。
しかし、差出人不明のゲーム。
既にインストールしてしまっているのだが、どうしてもウィルスなどの不安が残る。
食事前は続きをやる気満々だったのだが、いざPCを目の前にすると躊躇してしまう。
新作ゲームの誘惑と色々な不安の間で葛藤をするも誘惑には勝てず、ゲームを起動する。
「おかえりなさい」
ガイドを名乗る少女から出迎えの言葉がかけられる。
ゲーム中断前と同じ場所、同じ状況。
……とは言え、先程は部屋から一歩も出ていなかったので外の状況は分からない。
ただ、部屋と少女に変化は無いというだけの事だ。
「ただいま。……で、さっきの話の続きなんだけど、俺は今から何をすれば良いの?」
返事をせずに部屋の確認をしたり、少女をジロジロと観察したりするのは失礼と感じた遊歩は少女に返事をし、ゲームの説明の続きに話を戻すのだった。
「魔王から世界を救ってほしい」
「いや、それは聞いたから、魔王を倒すために何をすれば良いのかって話ね。魔王のいる場所の情報とか」
「魔王の居場所は不明です」
「手掛かりは?」
「ワタシは持ち合わせていません。他の方に聞くのが良いと思います」
「他の人って?」
「エリアマスターとか……?」
「エリアマスターって味方なの?」
「敵です」
要領を得ないまま2人の問答は続く────。
「じゃあ、とりあえずは魔王の場所もエリアマスターの場所も不明。色々とバレない様に行動しないといけない。ってことでOK?」
「はい。色々と言うかワタシか遊歩の正体がバレない限りは安全だと思います」
「了解。……全然、了解じゃないけど……。」
何とか現状を把握した遊歩。
把握したと言うか、何も分からないと言う事が分かっただけだった。
「他に質問はありますか?」
「まあ、敵が居るなら装備を固めたいんだけど、お金ってどうすれば良いの?」
「そこにあります」
少女は机の上にある遊歩が普段使っている財布を指差す。
(思いっきり俺の財布じゃん!!)
遊歩はツッコミを口にする事無く、財布の中身を確認。
財布の中身は千円札1枚と小銭が少々……。
小銭を全て手の上に移し、正確な金額を数える。
(467円か……何か妙にリアルな金額だな……。実際に入ってる金額もこの程度だろうな……)
財布の中身を確認した遊歩はお金を財布に戻し、机の上に財布を起き直す。
「他にお金を入手する方法は?」
「アルバイト、パート、派遣……」
「ちょっと待ったーーー!!」
「はい、何でしょうか?」
「色々とツッコミ所はあるんだけど……。とりあえず、俺、中学生だから!中・学・生!!」
「そうでしたか……。では、お小遣いか家のお手伝いですね」
遊歩はガックリと肩を落とし、諦めた様子で問いかける。
「お金の件はもういいから武器とか無いの?RPGだと王様とか村長とかから貰えるでしょ?何かないの?」
「武器ですか……?入手しやすいものですと、包丁、鉄パイプ、バットなどがあります」
「……うん。そういうのじゃなくて……」
少女との会話に疲れを感じ始めていた。
普段やっているゲームと違い、現実味がありすぎる設定。
そもそものゲーム設定を確認するだけで一苦労。
「あっ!そう言えば、遊歩専用の武器があります」
「本当!?」
少女の思いもよらぬ発言で一気に目を輝かせる。
『専用武器』その響きだけ十分。期待で想像を膨らませるのであった。
「……で、何処にあるの?」
「今、出します」
少女の横に突如現れたブラックホールの様な見た目の亜空間。
少女はその謎の空間に手を入れ、一振りの剣を取り出し遊歩に手渡す。
「か……、カッコイイ」
遊歩が好みの武器はキャラクターの身長よりも大きな巨大武器、剣身の部分が無駄に曲がりくねっていて明らかに使い難そうな剣、装飾が多く振り回すのに邪魔そうな武器などなど。
そう言ったゲーム特有の実用性皆無な武器。
そして、少女に渡された剣も例に洩れず遊歩の好みを的確に具現化したような見た目だった。
「攻撃力はどのくらい?」
部屋で振り回すには少し大振りな剣。
使ってみたい衝動を必死に抑え、少女に質問をする。
「攻撃力……?恐らく今は棍棒以上包丁未満くらいだと思います」
「切れ味の悪い剣だと思えば良いのかな?」
少女の含みのある答え方。
少し疑問に思いながらも剣の攻撃力について自分なりの答えを口にする。
「その考えで問題ないと思います」
遊歩は勝手に少女がこの剣を使った事がないから攻撃力がわからないんだな。と納得をした。
「この剣の名前とかってあるの?木刀とか鉄パイプ、金属バットみたいな量産型で個別の名称はない感じ?」
遊歩専用武器として剣が渡されている事を理解している。
例として量産型の道具を出したのも特に何かを考えてと言うわけではない。
単に剣に名称が付いていなければ『遊歩の剣』とか適当な呼び名を付けようと思っていただけだ。
「万象紲滅剣と呼ばれていた剣です」
「ばんしょうせつめつのつるぎ……?少し舌を噛みそうな名前」
剣の名称を復唱し感想を述べながら再度剣の造形を確認。
先程とは違い、今回は剣の細部まで嘗め回す様に観察する。
無駄な装飾の多い剣。カチャカチャと音を立てながら観察する事、十数分……。
「やっぱりカッコイイな~……。切れ味は悪いみたいだけど、せっかくだから何か斬ってみたいな……。ねえ、外に出ても大丈夫?」
「はい。問題ありません。ただし、ワタシの正体や遊歩の目的は漏洩しないようにしてください。」
「まあ、ちょっと散歩するだけだし大丈夫だよ。人と話すこともないと思うしね。……因みにだけど、正体をバラさなくてもバレる心配ってあるの?」
「年齢認証や役所などで必要書類を作成する時、警察の職務質問などステータス画面の確認をされる時などがあります。それ以外は基本的に問題ありません」
「じゃあ、大丈夫そうだね」
少女に返事をするとドアに手を掛け廊下に出る。
家の間取りなども現実世界と瓜二つ。
ゴミの有無などの細かい違いはあるものの家具などの種類やサイズ、遊歩が小さい頃にした落書きの後など寸分たがわず再現されている。
細部の再現に感心しながら玄関での道すがら家内の様子を確認。
玄関に当たり前のように置いてあった自分の靴を履き外に出ようする。
……が。
「遊歩、待ってください。何をするつもりですか?」
「何って外出するだけだよ?」
「その剣を持ち歩くと銃刀法違反で捕まります。遊歩には常識がないんですか?」
言うまでもなく、現実世界でも逮捕案件だ。
「じゃあ、どうすれば良いの?」
「アイテムボックスに入れてください」
「常識を説いた後に非常識を押し付けてくるのはやめてほしい……」
ポツリと呟く。
「何か言いましたか?」
「いえ、何でもありません。アイテムボックスってどう使うの?」
「どうと言われましても……。普通にアイテムボックスを使用したいと思うだけで出てきますが……」
少女に言われるがまま遊歩はアイテムボックスを使いたいと思考する。
……すると、遊歩の目の前に先程少女が剣を取り出した時のような謎空間が出現。
「コレ?」
「はい」
どうやらこれがアイテムボックスらしい……。
謎空間に剣を持っている右手を突っ込み、中で剣を手放す。
謎空間は残ったままだったので、アイテムボックスを閉じたいと考えると謎空間も消滅。
再度アイテムボックスを出し、手を入れる。
手に触れるものは何もない。
試しに『万象紲滅剣』を取り出したいと思考してみる。
……その瞬間、掌に剣の柄が当たる感触。
触れたものを握りアイテムボックスから引き抜く。
手には『万象紲滅剣』が握られていた。
「なるほど……」
一言感想を述べ、剣をアイテムボックスに入れ直す。
テッテレー♪
【遊歩はアイテムボックスの使用方法をマスターした】
頭の中で効果音とゲーム風なテキストを想像する。
勿論、遊歩自身の想像なので横に居る少女には伝わらない。
少女は何やら満足気な顔をしている遊歩を不思議そうな顔で眺めている。
「「……」」
何らかの反応が欲しい遊歩と遊歩が何をしているのか理解出来ない少女。
何とも言えない微妙な空気が流れる……。
「じ、じゃあ、とりあえず散歩しようかな……」
微妙な空気に耐えられなくなった遊歩が独り言ちながらドアを開ける。
外の風景も現実世界と同一の風景。
小一時間近所をぶらついてみたが、いつもと変わらぬ平和な日常風景が広がるばかり……。
遊歩は休憩がてら人気のない近所の公園のベンチに座り少女に話しかける。
「本当に魔王っているの?危なそうな雰囲気が全くしないんだけど……。モンスターも居ないしどうなってるの?」
「モンスターの概念が分かりませんが、基本的に一般人は敵です。人類の9割以上は魔王に忠誠を誓っているので危険な事はありません。一部レジスタンスの様な人間はいますが鳴りを潜めている事が多いので出会う機会は少ないでしょう。戦闘をするとすれば人間との戦闘になります。しかし、私たちの正体がバレない限りは敵対する事は無いと思われます」
「えー!!じゃあ、スライムとかドラゴンとか居ないの……」
明らかにガッカリした面持ちで肩を落とす。
「居ないt……」
「何だ!?遊歩じゃねーか」
少女が遊歩に返答しようとした矢先、遊歩に話しかける少年の声。
「お、鬼原君……」
遊歩に鬼原と呼ばれた少年。
彼は所謂イジメっ子である。
遊歩も時折絡まれる事があり、あまり良い印象の無い人物だ。
声を掛けられた遊歩は及び腰の状態で返事をします。
「遊歩の分際で一丁前にカノジョ連れとは良い度胸してんじゃねーか」
「あ……。いや、これは~……」
「いえ、遊歩とはそういう関係ではございません」
『カノジョ』に憧れのあった遊歩は鬼原の言葉にどぎまぎして言い淀む。それとは対照的にキッパリと否定する少女。
生まれてからの14年間、彼女が居た事の無い遊歩。
嘘でも良いから『カノジョです』と主張して欲しかったと思う気持ちをグッと堪えながらも少女の即答具合に心の中で涙するのであった……。
「そ、そうだよ。恋人と間違うなんて、この娘に失礼だろ」
自分で勝手に心の傷を抉りながら少女の言葉に同調し鬼原を否定。
「じゃあ、どういう関係なんだ?」
何故か執拗に遊歩に絡んでくる鬼原。
「えーっと……」
「テメーのそういった煮え切らない態度が昔から気に入らねーんだよ!!」
鬼原の言い掛かりとも取れる態度。
イジメる側はストレスを発散出来れば何でも良い。
故に正当性を求めるのが間違いなのだろう。
そして、鬼原の怒鳴り声を聞き更に遊歩は委縮してしまう。
「ゴメン……。怒鳴らないでよ。この子は最近知り合った子だよ」
「こんなに可愛い子とテメーに接点なんてねーだろ!?どこで知り合ったんだよ!正直に言ってみろや!!」
「いやー……チョットこっちの世界に来た時に知り合って、一緒に魔王討伐しようって誘われて……」
「遊歩!」
鬼原の威嚇ともとれる怒声に怯み、何も考えず真実を話してしまう。
少女が注意喚起の為に少し大きめな声を出すも時すでに遅し……。
「魔王様を……討伐する……だと……?」
「いや~……今のはナシ!冗談って言うか何て言うか……ハハハハハハ……」
自身の発言を取り消そうと乾いた笑いを交えながら取り繕う。
「言って良い冗談と悪い冗談があるだろうが!!!」
しかし、そんな遊歩の声は鬼原には届かず……。
怒りに満ち満ちた鬼原の姿が変貌し始めた。
「遊歩、危険です。下がってください」
鬼原の様子を確認した少女が遊歩に退避するよう促す。
少女の指示通り遊歩は鬼原から目を離さないよう注意しながら数歩後退り。
遊歩が退避している最中も鬼原の姿は変貌し続けている。
全身の筋肉は膨れ上がり、肩甲骨の辺りからは翼らしき物が生え始め、肌の色も徐々に黒く変化。
「魔王様への謀反発言……。有無を言わさず断罪すべし!反逆者には死を!!」
最終的に鬼原はガーゴイルや悪魔を彷彿とさせる凶悪な風貌に変化。
「こうなってしまった以上、戦闘は避けられません。遊歩、戦闘の準備をしてください」
「えっ?えぇーー!!」
「死ね!!!」
少女の言葉に狼狽する遊歩。
突然の戦闘に対応出来ずにいる遊歩に鬼原が襲い掛かる────。