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閑話

~月曜日~

始業時刻より少し早い時間。

例のゲームを持って出社した正己は上司の下へ。

「すみません部長。ちょっと相談があるのですがよろしいでしょうか?」

「なんだ?込み入った話か?別室に移動した方が良いか?」

普段より早い出社。そして普段とは違う行動の正己を気遣っての行動だろう。

もしかすると部長の頭の中には『退職』の2文字が浮かんでいたのかもしれない。

部長の顔に少し緊張感が走る。

「いえいえ、大した話ではないのでこの場で問題ないです」

「そうか。で、相談ってのは何の事だ?」

少しホッとした様子で本題に移ろうとする。

始業前に込み入った話をされても困ると言うのが本音だったのかもしれない。

1日のスケジュールや気分などに影響を与える可能性もあるので当然だろう。

「はい。知り合いの子からゲームを預かっているのですが、どうもインストールは出来ても起動が出来ないようで────」

遊歩のPCでは問題なく起動するが実家のPCでは起動しない事。

正己の使用しているPCでも起動が出来なかった事など、正己の知る限りの情報を説明する。

「なるほどな。それで、どうしたいんだ?」

「ちょっと会社のPCを借りて解析とかしたいんですが駄目ですか?」

部長は「はぁ……」と軽くため息を吐いた後、正己に答える。

「本当はセキュリティ上の問題とかでOKは出せないんだが、他社の最新ゲームの可能性もあるんだろう?」

「そうですね。その子が言うにはβテストに当選したって紙も同封されていたとの事でしたので、誰かの悪戯でないなら可能性は高いと思います」

部長は暫時腕を組み、目を瞑り「うーん……」と唸りながら考え込む。


考えがまとまったのか、上司は口を開く。

「よしっ!責任は私が持とうPCの使用を許可する」

「本当ですか!?」

正己は遊歩に「会社のPCで解析をする」と大風呂敷を広げていたが、内心では会社のPCを使用出来ない可能性がある事は理解していた。

遊歩に良い所を見せたい一心で強気な発言をしていただけだった。

だが、今、上司直々に使用許可をいただけた。

正己は軽くガッツポーズを取る。

「但し2つ条件がある。1つは解析をする時に物理的にネットには繋ぐな。2つ目は就業時間外でやれ。勿論、残業代も出さん。……あっ、それと、解析の中断や終了をする時はウィルス検索をしてからPCをネットに繋ぎ直せ」

「3つあるような気が……」

「あ゛?何か文句あるのか?」

「いえいえ、何でもありません。それで良いのでよろしくお願いします」

下手ないちゃもんを付けて使用許可が取り消されては大問題だ。そう考えた正己は素直に部長の条件を飲み、許諾を得る事に成功した。

「シス管とかへの連絡や手回しはしておくけど、警備にはお前が直接話しておけよ」

「はい。ありがとうございます」


無事、第一関門を突破した正己はその日の業務に就く。

朝に上司へ話を付けていたので残業はないだろうと思っていた正己だったが、残念な事に本日も無事残業を言い渡されてしまう……。


業務を終えた正己は真っ先に警備室へ向かう。

「すみません」

「はい、どうかされましたか?」

「はい、本日────」

社員証を提示しながら話しかけたので話は滞りなく行われた。

正己は自分の所属している部署などの情報や遅くまで仕事をする事などの事情を説明する。

「────と言う事でよろしくお願いします」

「分かりました。夜勤の者に伝えておきます。巡回時に声掛けなど最低限の確認はすると思いますが、その時はよろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


警備の人間に報告を終えた正己は作業するPCのLANケーブルを抜く。

これは部長に『物理的に』ネットワークに繋ぐなと言われていたからだ。

これで万が一ウィルス感染してもPC1台分の損失で済む。

ここまでするなら自宅での解析で十分な気もするが、正己の所持しているPCよりも会社のPCの方が高性能なのと、不明な部分があった時に他の人にすぐ確認出来るのは大きいのだろう。

まあ、それも周りに人が居ればの話だ。

今日は残業の所為もあり周りに人が居ない。よって、その利点も生かす事は出来ない。


正己はまず、ゲームをダウンロードする。

そして、起動させてみる。

ネットに繋がっていない時に普段とは違う動きをする可能性があると考えたからだ。

しかし、現実はそう甘くはなかった。

一瞬だけ開いた様子を見せたものの、すぐに閉じてしまう。

次はソースコードの解析に移る……。

とは言え、一筋縄に解析出来るものでもない。

そもそものソースコードはコンパイルされマシンコードにされている。

まずはマシンコードを逆コンパイルして人間が読める形のソースコードへ復元しなければならない。

それに加え、逆コンパイルをしたとしても完璧な形での復元は不可能なのである。

万が一、復元が出来たとしてもソースコードを理解するには相当な時間が必要となる。


一通りの準備を完了させた正己は一息つくことにした。

「ここまでは割と順調だったな。あとは……。色々と準備が必要だな……」

正己はひとり呟くと席を立つ。

正己が向かった先は警備室。


「すみませーん」

声を掛けると奥から1人の男性が近づいてきた。

「はい、どうかされましたか?」

「先程、遅くまで残業すると言っていたのですが────」

正己は今から少しの間、外出する事。そして、部署内のPCが起動している旨を説明し、電源などを落とさないように申し出る。

事前連絡をしなくても警備の人間が勝手にPCに触れるような真似はしない事は理解している。

念の為に保険を掛けただけだ。

「了解しました。戻られた際は念の為に一声かけてください」

「はい。では、よろしくお願いします」

正己はそう言い残し、コンビニへ向かうのであった。




正己が会社を出て程無くした頃の部署内……。

フードを目深に被った明らかに怪しい1人の人物が侵入した。

その人物は部屋に入るや否や、正己が作業していたPC前まで脇目も振らずに近づく。

「遊歩には悪いがコレはもう用済みだ……。回収させてもらおう……」

一人ブツブツと呟きながらPCからゲームソフトを取り出す。

「あとは証拠隠滅……」

ソフトをポケットに入れ、何やらPCへ細工をし始める。

「誰だ!何をしている!」

一度は退勤した部長だったが、正己の様子が気になり戻った部長が怪しい人影を発見。

大声で威嚇するように声を掛ける。

「チッ……」

声を掛けられた人物は舌打ちをし、出入口を塞ぐ形になっている部長に体当たりをし逃走した。


程無く、コンビニの袋を提げた正己が帰還する。

部署内には部長と警備員が何かを話し合っていた。

「あれー?部長何かあったんですか?」

ただならぬ気配を察してか、正己は説明を求める為に部長へ声を掛けた。

「何者かが侵入したようだ」

部長たちが立っている場所は正己が作業していたPC付近。

正己は部長たちの側に駆け寄り、PCを確認する。

「……ソフトが無くなってる」

「何っ!?……取り敢えず、監視カメラに何か移っているかもしれない。確認してみよう」

そう言うと部長と警備員は先に部屋を出る。

部長たちの後に正己も続こうとしたが、後ろで『ピッピッピッ……』と聞きなれない小さな電子音が聞こえ振り返った。

……次の瞬間。

ドーン!!と言う爆発音とともに正己は吹き飛ばされる。

ジリリリリリリリリリリ────。

「大丈夫か……!?加瀬君……!!」

部長たちが駆け寄る姿が見える。

不思議と痛みは感じない。だが、身体は動かない。

けたたましく鳴り響く報知器の音が煩わしい。

薄れゆく意識の中、正己は必死に声を掛ける部長の声をぼんやりと聞いていた……。




正己が意識を取り戻す。

身体を動かそうとすると全身に痛みが走る……。

「う゛っ……」

思わず呻き声が漏れてしまう。

「正己!?分かる?」

声の聞こえた方向に視線を移す。

視線の先には母の姿が確認出来た。

「母さん……?イテテテテテ……」

上体を起こそうとするも痛みで断念する。

「無理しないで良いのよ。ちょっと看護師さん呼んで来るから、そのままじっとしてなさい」

そう言い残すと母は足早に部屋を後にした。

なるべく身体を動かさないように注意しながら周囲を確認する。

母の言動も加味して考えるとどうやら病院に居るようだ。

窓の外の様子も確認出来た。

明るい……。

どれ程の時間が経過しているのだろう……。

正己は意識を失う前の事を思い出そうとする。

考えをまとめようとする前に病室のドアが開かれる。

その後、数人が病室に入ってくる気配がした。

「加瀬さん……。加瀬正己さん。分かりますか?」

今、声を掛けている40代半ばの容姿の男性は恐らく医師だろう。

母は看護師を呼んで来ると言っていたが、医師も一緒に来たようだ。

「はい。……イテテテテテ」

「おっと……。無理はなさらぬように。寝たままで大丈夫ですよ」

声を掛けられた事で視線を合わそうと反射的に身体を動かそうとしただけだ。

気合を入れれば耐えられそうな痛みだが、無理をする必要はない。

医師の言葉に甘えて、正己は寝たままの状態で受け答えをする。


医師曰く、左手首骨折、肋骨と鎖骨にヒビが入っているとの事。

他にも右足にPCの破片が刺さっていたとか複数か所の打撲があるとか言っていたような気はしていたが、正確な情報は正己の記憶には残っていない。

頭などを強く打っている可能性もあるので落ち着いたら精密検査もするとも言っていた。

正確にはMRIなど精密検査の段取りをつける最中だったが、正己が目覚めたので『落ち着いてから』と言う表現をしたと言うのが真相だ。


検査なども無事に終え、特に異常は見当たらなかった。

腕の怪我など不自由な部分は多少あるが、通院でも十分だと感じたが、会社の方針として『大事を取って1週間ほど入院しておけ』と上司直々のお達しをいただいてしまった。

「本当は明日にでも出社しろ……と言いたい所だが、PCなどが破壊され、警察の捜査などもあるから1週間前後はオマエが来ても働く場所がないってのが本音だ」と最後に余計な一言が無ければ聖人君子と思えたのが、ついつい憎まれ口を叩いてしまうのは部長の悪い癖だなと正己は思う。

まあ、事情が事情なだけに今回は指示通り入院生活を満喫しよう。と気持ちを切り替える正己であった。


そして、その1週間の間に警察の人間が代わる代わる訪れた。

『監視カメラの映像を確認したが、謎の人物はトイレから忽然と姿を消した』とか『爆発の規模が異常だ』とか『犯人に心当たりは?』など取り調べなのか経過報告なのか、当事者に話して良いのかと疑問に思えるような際どい事まで色々話をしていた。

結局のところ、何の手掛かりも見つかっていない。


~退院当日~

諸々の手続きなどを済ませた正己。

支払いも完了し、迎えに来てくれた父の車に乗り込む。

車に揺られながら、窓の外をボーッと見つめ、1週間の入院生活を振り返る。

1回だけ遊歩がお見舞いに来た時にゲームソフトが盗まれた事を話した時が心苦しかったな……。

遊歩は『ゲームより正己さんが無事でよかった』と言ってくれた時は嬉しかったが、『俺の所為で事件に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした』と謝罪された時は悲しくなった……。

でも、遊歩が心配してくれるのならもう少し大きな怪我で2~3週間入院生活してもよかったかな。

と少しサイコパス的な妄想に耽ながら病院を後にする正己であった────。


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