始まり
「遊歩、アナタには魔王から世界を救っていただきたいのです」
「魔王……?世界……?今時あまり流行らなそうな設定だな……」
「魔王の目的はガーディアンの入手とゲートキーの捜索にあります」
「ガーディアン……?って事は人だよね?何処に居るの?」
「目の前です」
「目の……まえ……?」
「ワタシの事です。ワタシがゲート管理者、つまりガーディアンなのです」
「あぁ、そう言う事ね。君を守りながら魔王を討伐すれば良いって事ね。理解理解。じゃあ、サクッとレベル上げから始めようぜ。ゲームは慣れが大切!習うより慣れろってね」
遊歩は部屋を出ようと後ろを振り向く。
「待ってください。まだ、大切な話が────」
遊歩の腕を引き、無理矢理引き留める少女。
遊歩は突然腕を引かれバランスを崩し倒れ込んでしまう。
そして、遊歩の腕を掴んでいた少女も遊歩の腕をつかんでいた為、同じ道を歩む……。
「イテテテテテ……。んっ?痛い……?」
倒れ込んだ拍子に軽く頭を床にぶつけた遊歩。
ぶつけた箇所を擦り、違和感に気が付く。
「遊歩、聞いてください。この世界でやり直しはありません。慎重に動いてください」
「えっ?じゃあ、死んだらどうなるの?」
「……?死亡したら機能が停止します」
「いや、そう言う事じゃなくて……。それもそうなんだけど、ダメージ分の痛みがあるって事は死んだ時にどうなるのかって事!」
「……?申し訳ありません。質問の意図が理解出来ません」
少女に腕を引かれて1つ分かった事がある。
それは、痛みだけではなく肌に触れる感覚もリアルそのもの。
そして、今、目の前にいる少女の息遣いすらも感じ取る事が出来る。
(微妙に話が噛み合っていないような気が……。本当にこれはゲームなのか……?いや、それより、どうしてこうなった?)
色々な想像や予測が遊歩の頭を過る。
(……何なんだ!この状況は!?)
~遡る事1時間前~
学校が終わり、部活をしていない遊歩はいつも通り寄り道見せずに帰宅。
「ただいまー」
「おかえりなさい。遊歩、何か変な荷物が届いてたわよ。リビングのテーブルに置いてあるからね」
「はーい」
遊歩は母親に返事をし、リビングに向かう。
テーブルを見るとA4サイズの封筒が1つ置いてある。
封筒を手に取り確認をする。
表には住所などの記載は無く『深山 遊歩 様』の文字のみ。
裏面を確認するも差出人の情報も一切なし。
消印も押されていない事から直接ポストに投函された事が推測される。
「誰からだろう?」
遊歩は封筒を軽く振り、中身の予測を立てる。
「DVDのケースかな?……となると、ゲームだと思うけど、送り主が分からないんだよな。……ハカセのお兄ちゃんかな?」
ハカセとは遊歩の幼稚園からの幼馴染のあだ名である。
ハカセには年の離れた兄が居て、小さなゲーム会社に勤務している。
遊歩が大のゲーム好きと言う事を知っており、稀に試作品を遊歩に送ってくれる事がある。
そんな経緯もあり、遊歩は封筒の送り主はハカセの兄と結論付け、封筒を手に自分の部屋へ移動する。
学校のカバンを乱暴にベッドの上に投げ、封筒は丁寧に机の上に置く。
ゲーム>勉強と言う思考が日頃の何気ない行動に出てしまっている。
そして、制服の上着を脱ぎ、動きやすい格好になる。
何時も『シワになるからズボンもハンガーにかけなさい』と母に注意されるもお構いなし。
上はTシャツ、下は制服。
これが遊歩の平日の部屋着代わりになっている。
完全に制服を着替える時はお風呂に入った後くらいだ。
着替えを済ませた遊歩は早速封筒の開封作業に移る。
封筒の中身は予想通り、DVDケースに入ったソフトらしきものと1枚の紙。
紙には目もくれず、DVDを手に取り中身の確認。
DVDの表面には何も印刷されておらず、ゲームソフトかも怪しい状態。
「やっぱりαテストかβテスト用かな?ってかハードは何使うんだろ?」
DVDの状態を確認した遊歩はケースに戻し、ようやく封筒に同封されていた紙に目を通し始める。
~~~~~
深山 遊歩 様
この度は弊社クローズドβテストへのご応募いただき
誠にありがとうございました。
厳正なる抽選の結果
ご当選されましたのでお知らせいたします。
…………
……
~~~~~
冒頭部分のみを軽く読み、捨てる様に紙を置く。
「抽選……?って事はハカセのお兄ちゃんじゃないのか?応募は手あたり次第、色々な所にしてるから社名が書かれてないと分からないな……」
封筒にも当選を知らせる手紙にも社名の記載は無く、知り得る情報は皆無。
情報があるとすれば、相手が遊歩の事を知っていると言う事のみだ。
差出人不明の荷物を少し訝しみながらも、新作ゲームの誘惑には勝てず、部屋にある数多のハードから送られてきたDVDの規格に合いそうなものを準備する。
「まあ、何のソフトか分からないなら全部試せば解決でしょ」
独り言ちながら3つハードを準備し、1つずつ試していく作戦に出た遊歩。
……しかし、全てのハードで反応せず。
「な、何故だ―!」
頭を軽く掻き毟り、頭を抱えたまま苦悶の表情を浮かべながら疑問を口にする。
その時、1つ試していない物がある事を思い出す。
それはPCだ。
中学校入学のお祝いとして親戚のオジサンがVRヘッドセットやウェアラブルデバイスなどのゲームを楽しむ為のアイテム一式と共に送ってくれたプレゼント。
始めのうちは興味津々で使用していた。
しかし、遊歩がネットに触れるのは学校の授業以外では初。
両親が色々と心配をし、話し合いをした結果、少しキツめにペアレントコントロールの設定をする事が決定した。
その影響で閲覧出来ないサイトも多く、それに比例してPCで出来る事は少なくなり、次第に興味が薄れてしまったと言う経緯のある代物だった。
現在では、学校の課題で分からない物があった時に調べものをする程度になっている。
だが、その機会も多くはない。
何故なら遊歩は勉強があまり好きではなく、真面目に課題をする事が少ないからだ。
そんな経緯で普段使う事の少ないPCに近づき、電源を入れる。
PCのスタートアップが完了したのを確認し、慣れない手付きでイジェクトボタンを押す。
送られてきたソフトは遊歩の持っている全てのハードに対応していなかった。
一縷の望みに掛けソフトをセットする。
ソフトはPCに吸い込まれ、静寂な部屋に少し大きめの読み込み音が響く。
遊歩が画面を見るとインストール画面が表示されている。
「よしっ!」
最後の最後。ダメ元で試したPCでソフトの起動に成功した事で無意識に小さなガッツポーズと共に歓喜の声が出てしまう。
インストール開始のボタンを押し、プログレスバーが100%になるのを静かに待つ。
無事、インストールは完了。
次に表示されたのはスタートボタンと閉じるボタンのみのシンプルな画面。
遊歩は迷わずスタートボタンを押す。
すると、視界全体がサイバー空間にダイブするような画面になり、キャラクターのエディット画面が表示される。
『パートナー作成中』と中央上部に表示されている。
「自キャラじゃないのか……」
遊歩は率直な感想を呟きながら選択肢を埋めていく。
性別:女性
身長:低め
紙の色:白
髪型:ミディアム
目の色:オッドアイ
…………
……
全体的にあどけなさの残る感じだが、幼さの中にも大人っぽさを秘めている容姿だ。
全ての項目を埋め終わり、完了ボタンを押す。
『それではスタートです。存分にお楽しみください』
ゲームとしては余り見慣れない表示と共にゲームがスタートする。
……が、次の瞬間、遊歩の目に映った風景は自室だった。
「あれ?ゲーム落ちた?」
「いえ、問題ありません。システムは正常に起動しています」
突如、背後から聞こえてきた聞き馴染みのない声。
その声は生身の声とも機械音声とも判別し難い声。それでいて感情がこもっているのか疑わしくなるような棒読み感の残る話し方。
遊歩は驚き振り返りる。
……先程キャラエディットした少女と瓜二つな少女の姿が遊歩の目に飛び込んできた。
「さっき作ったパートナーキャラ……?」
自室に見知らぬ少女が居る。
そんな現実離れした出来事。
平静を装ってはいるが、内心パニック状態。
「はい、はじめまして。ワタシはアナタのパートナーとして、この世界のガイドを仰せつかっております」
淡々と話す少女の言葉を聞き、ゲーム中である事を思い出す遊歩。
あまりにも自室と似ていた事で混乱していたが、ゲームだと理解をして少し冷静になる。
「なるほどね。そう言う設定なのね」
パートナー兼ガイドを名乗る少女の発言を聞き、ゲームの設定と言う事で納得する遊歩。
「アナタのお名前をお聞かせ願えますか?」
「遊歩。俺の名前は『深山 遊歩』だよ」
突然の事でまだ少し混乱気味なのと、目の前の少女があまりにもリアルすぎた事もあり、偽名(ゲーム用のニックネーム)ではなく、条件反射で本名を答えてしまう遊歩。
「遊歩。承知しました」
「それで、このゲームの目的は?」
「ゲーム……?」
「そうそう、俺がここに居る理由」
「遊歩、アナタには魔王から世界を救っていただきたいのです」
「魔王……?世界……?今時あまり流行らなそうな設定だな……」
「魔王の目的はガーディアンの入手とゲートキーの捜索にあります」
「ガーディアン……?って事は人だよね?何処に居るの?」
「目の前です」
「目の……まえ……?」
「ワタシの事です。ワタシがゲート管理者、つまりガーディアンなのです」
「あぁ、そう言う事ね。君を守りながら魔王を討伐すれば良いって事ね。理解理解。じゃあ、サクッとレベル上げから始めようぜ。ゲームは慣れが大切!習うより慣れろってね」
遊歩は部屋を出ようと後ろを振り向く。
「待ってください。まだ、大切な話が────」
遊歩の腕を引き、無理矢理引き留める少女。
遊歩は突然腕を引かれバランスを崩し倒れ込んでしまう。
そして、遊歩の腕を掴んでいた少女も遊歩の腕をつかんでいた為、同じ道を歩む……。
「イテテテテテ……。んっ?痛い……?」
倒れ込んだ拍子に軽く頭を床にぶつけた遊歩。
ぶつけた箇所を擦り、違和感に気が付く。
「遊歩、聞いてください。この世界でやり直しはありません。慎重に動いてください」
「えっ?じゃあ、死んだらどうなるの?」
「……?死亡したら機能が停止します」
「いや、そう言う事じゃなくて……。それもそうなんだけど、ダメージ分の痛みがあるって事は死んだ時にどうなるのかって事!」
「……?申し訳ありません。質問の意図が理解出来ません」
少女に腕を引かれて1つ分かった事がある。
それは、痛みだけではなく肌に触れる感覚もリアルそのもの。
そして、今、目の前にいる少女の息遣いすらも感じ取る事が出来る。
(微妙に話が噛み合っていないような気が……。本当にこれはゲームなのか……?いや、それより、どうしてこうなった?)
色々な想像や予測が遊歩の頭を過る。
(……何なんだ!この状況は!?)
遊歩は家に帰ってから現在に至るまでの状況を思い返す。
「あれ……?そう言えば、今、頭を触った時にヘッドセットの感触が無かったような……」
倒れた時に頭を軽くぶつけ痛みを感じた箇所を撫でた感触は自分の頭に直接触れた感触だった……。
再度、頭に手を置き、自身の頭を撫で回す様にして確認をする。
触れている物は遊歩自身の髪の毛。
(……?)
状況が理解出来ず、掻き毟るような感じで頭を少し乱暴に撫で回したり、ペタペタと顔を触ったりしながらヘッドセットを探す。
(やっぱりない……)
何故かそこにあるはずのVRヘッドセットが無い……。
遊歩は確実にPCを起動し、ソフトをインストールして起動した。
明確に記憶している。
そして、キャラエディットから今までの流れも鮮明に覚えている。
恐らく『夢ではない』と言う事までは辛うじて理解出来た。……が、それ以上の事は理解が追い付いていない状況。
考えても理解出来ないと結論付けた遊歩は考えるのを止め少女に質問する。
「これってゲームだよね?」
「それは遊歩の実力次第です。遊歩が真の実力者なら遊びも同然だと思います」
話が噛み合っているようで噛み合わない2人。
「いや、そう言う事じゃなくて、俺って今TVゲームをプレイしてる最中だよね?って事」
「遊歩はワタシの前に居るのでTVゲームはしていません」
質問をした後に遊歩は気が付く。
実際にTVゲームをプレイしていたと仮定して、NPCは『はい。TVゲームをプレイ中です』と言うだろうか?
ゲームの世界観にもよるが、メタ発言をするゲームの方が少数だ。
となると、少女の発言を真に受ける訳にはいかない。
しかし、少女の発言が真実だとするなら今の状況を整理しなくてはならない。
質問をした遊歩は自身の質問の所為で余計に混乱してしまった。
「あー……質問が悪かったね。少し聞き方を変えるね。この世界に来る前の状態……。つまり元の場所に戻るにはどうすれば良いの?」
『ゲームをプレイしていない』と言われた以上、『ログアウト』や『セーブ』などの単語を使うのは憚られると感じた遊歩。
そして、『異世界』や『転生』は確証が無いから使いたくないと考えながら、慎重に言葉を選んだ末の質問。
「はい。その方法は、そこのPC画面に表示されているアイコンを操作する事で可能です」
「試して良い?」
「構いません」
遊歩は心の中で『普通に戻れるんかい!』とツッコミを入れながらPCの操作を始めます。
モニターにはブラックホールのようなアイコンが1つあり、アプリ名は『帰還ゲート』となっている。
(少女がさっきガーディアンって言ってたけど、このアイコンと何か関係あるのかな?)
先刻の少女の発言を多少疑問に思いながら帰還ゲートアイコンをダブルクリック。
画面には『中断しますか?』の文字と共に『はい/いいえ』の選択肢が表示される。
遊歩は迷わず『はい』を選択。
次の瞬間、この空間に来た時同様サイバー空間にダイブしたような風景に変化。
2~3秒後、VRヘッドセットのシールド越しに見覚えのある部屋が確認出来る。
「戻った……のか?」
遊歩は頭に手を当て、VRヘッドセットの存在を確認。
ヘッドセットを外し、再度辺りを確認すると紛う方ない遊歩の部屋だった。
「やっぱり、ゲームなのか……?」
これまでPCゲームに触れる機会の少なかった遊歩。
今までの出来事がゲームだと仮定するなら、遊歩が所持している他のゲームハードよりも遥かに……それこそ天と地ほどの差でPCの方が高性能と言う事になる。
PCに触れる機会が少なかっただけ(または知らなかっただけ)で相当な技術革新が起こっていたのか?などと色々な考えが頭を過る。
ゲームとも現実とも確証を得られず半信半疑のまま考えを整理しようとするが、結論は出ず……。
「ゲームだとしてもリアルすぎて不気味だな……。あの女の子がAIだとすると会話も普通に成立してるし、すごい技術だよな……。しかも俺の部屋、完全再現されてr……ッ!!もしかして盗撮されてる!?」
PCモニターを見つめながら先程の出来事を思い起こす。
部屋の広さやドア、窓の位置、家具の位置まで完全再現されていた事を思い出し、遊歩は部屋を隈なく捜索。
しかし、小一時間ほど捜索するも盗撮に使用する様なカメラの類は見つからず……。
(となると、知り合いの犯行か?)
盗撮の気配なし。となると残された可能性は遊歩の部屋を訪れた事のある人物による犯行。
(だとすると、ハカセのお兄ちゃんが一番怪しい……)
思い当たる節のある人物について考察した結果、ゲーム会社に勤めているハカセの兄に疑いの目を向ける。
他にも多数、遊歩の部屋を訪れている人物はいるが、ゲームを作り上げる実力がある人物となると条件から外れる。
遊歩の部屋を訪れたことがあり、ゲームを作ることが出来て、直接投函できる人物。
条件に一致する人物がハカセの兄以外思い浮かばなかった。
(でも、何のために……?)
(単独犯なのか?もしかしたら、ハカセのお兄ちゃん以外にも共犯者が……?)
(何かのサプライズなのか……?)
今回の犯人がハカセの兄だと仮定し、考察するも想像の域を出ず、何の成果も無い。
仮説に仮説を積み重ねても結局は謎が残る……。
「考えても仕方が無い事か……。ゲームを進めれば送ってきた人の目的が分かるのかな……?」
遊歩はそう呟くと犯人がゲームを送り付けてきた真意を確認する為、意を決しゲームを再開しようとするのであった……。