8、変ッ身ッ!
ポコポコと、泡の音が鳴る。まだ夢現の意識を無理矢理動かして、目をうっすらと開ける。やはりと言うべきか、俺はレガリアが操作していたあのガラス箱の装置に入れられているようだ。薄暗いガラスの先に、忙しそうに機械を操作するレガリアが見える。
箱の中は意外にも暖かく、安心できる温もりがある。おそらく、母胎の再現がされているのかもしれない。ふと、横を見てみると、俺が入っている箱の横にあった、若干形の異なる箱に、人型の何かが入っていた。あれがレガリアが言っていた最高傑作とやらだろう。
辺りをキョロキョロしているうちに、箱全体がヴィーーンと重い音を響かせ、俺の意識を沈めにきた。俺は、それを受け入れるとなんとなく負けた気がするので、全力で抵抗する。そのうち、不思議に思ったレガリアが、眠気に耐えている俺を見つけ、両手でバツ印を作った。眠れということだろう。
流石に俺もキツくなっていたので、レガリアの指示通りに目を閉じ始めた。それを見たレガリアがボタンを押そうとした、そのときだった。
ドッガアアアァァン!!と部屋全体が揺れた。しかし、一度沈もうとした俺は覚醒することはなく、レガリアの手が、押すはずだったボタンの横のレバーを引いてしまったところまで見て、俺の意識はまた暗い空間へと引きずり込まれた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「な、なんすか、これ!?」
「うわっとと………………あ」
「あってなんすか、あって!?………………あ」
「………このレバーって、融合決定レバーだよな?」
「………そうっすね。先日姐さんが取り付けたやつですね」
「効果は………………文字通り、対象と怪人の融合、だっけ」
「はい、そうっすね。昨日姐さんが嬉々として説明しにきましたから、よく覚えてるっす」
「………………これ、解除できないんだよな」
「マジっすか!?ヤバくないですか?この子に怪人として生きていけって言うんですか?」
「いや、解除ではなく、『怪化』を抑えることで人間により近くなるのだが………………うわっとと、またか」
「そういや、英雄に攻められてましたっけ………………って、攻められてる!?」
「おそらく、昨日急に取り消しした取引先だろう。端的に言えば、私達は売られたのか」
「いや、ヤバくないっすか!?こっちの戦力は私一人だけですよ!?」
「いや、お前一人だけではない。我がいる」
「………フェナミグ君、いいのかい?今襲撃してきている英雄はおそらく………」
「分かっている。それは昔から覚悟していたことだ。確かに我は負けるだろうが、それでも、我の居場所をそう安易と売るつもりはない」
「可愛い新人もいるっすからね!せめて、姐さん達が逃げれるくらいの時間稼ぎは出来ますよ!」
「………………分かった。でも、一つ条件がある。君達がすぐに負けたら、この子を出す。そうならないためにも、ちゃんと戦ってきてくれ」
「それは責任重大だな。新人の初陣は、まだ先だ。我の出番を奪われてたまるか」
「先輩の誇りにかけて、全力で頑張るっす!」
「では、行ってこい!私もサポートする!」
「おう、新人とそこで待っておれ!」
「いや、姐さん達は逃げないといけないっすー!」
「………………本当に頑張ってくれ、フェイナ・ミドラーグ君」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ピチャ………ピチャ………と、水が滴る音が響く。俺の体を、水が伝って落ちていく。
まだ覚醒しきれない脳を使って、うっすらと目を開ける。目の前に広がる光景は、俺が気絶する前よりあまり変わらない。変わったところがあるとすれば、ガラス箱のガラスがなくなっていることか。
ちゃんと動く目だけを動かして周りを見渡す。やはり、部屋は変わっていないが、黒タイツとフェナミグがいなくなり、レガリアは俺の横にあるガラス箱を操作していた。
「………………?」
違和感を感じた俺は、そのガラス箱の中を覗く。やはり、あの人型の何かは消えていた。代わりに、その人型の肉片っぽいのがプカプカ浮いている。俺が入るはずの怪人は、どこへ行ったのだろうか。
俺はレガリアに話を聞こうと、なぜか直立している体を無理矢理動かす。しかし、奇跡的なバランスで運良く立っていた体は、勝手に動かしたせいで恩恵が消え、重力にしたがって俺の頭がゴチンッ!と音を立てて床に激突した。
「〜〜〜〜〜ッ!?」
「ちょ、何してるんだ!?」
未だ動けず、ただ床と接吻している俺の体は、慌てて駆け寄ってきたレガリアによって持ち上げられる。そのときにも違和感があったが、今は立つことを優先する。
「無理に起き上がらなくていい!今は休んでおけ!」
レガリアは、力を入れてプルプル動く俺を優しく押さえつけ、床に座らせる。意外にも、ペタンッと軽い音が響く。やはり、そのときも何か違和感があった。それは、あるべきものが消え、ないはずのものがある不快感。自分の体なのに、自分のものでないものが入り混じっている嫌な感触。
自分の体を抱いて震えている俺に気づいたレガリアは、悲痛な顔を浮かべた。
「………………すまない。だが、これは不運としか言いようがない。………………本当に、すまない」
分かっている。そんなの、あのレバーが引かれてしまったときから若干覚悟していたことだ。頭のどこかで、『エルドラ』は何か大きなドジをすると予想していた。今回は、そのドジの矛先が俺だっただけだ。
しかし、それでも、覚悟を決めても、体の違和感は消えない。むしろ、体を抱いたときに肌に触れてしまい、不快感は増していた。
俺は顔を上げてレガリアを真っ直ぐ見た。
「………………俺って、まだ可愛く見えますか?」
それは、極度の緊張でかなり上擦り、女のように弱々しい声だった。しかし、それは、俺の持てるだけの勇気を詰め込んだ一言だった。
元来、人は自分より弱いものや性質を理解しているものを可愛いと感じる。それは逆に、自分より強いものや不可解なものは可愛いより恐ろしいと感じるようになる。俺が放った一つの問いは、俺がまだヒトであるかどうか聞いているのと同じだった。
レガリアは俺の言葉の意味が分かったのか、先ほどよりももっと悲しい顔になった。何かを言うべきか、言わないべきか、そんなことを悩んでいるようだった。
それを見て、俺は気づく。こんな、不自然なほどに立派なシリアスは、俺じゃない。俺は、志葉と紗羅のツッコミ役だ。ならば、シリアスではなく、ギャグをお届けするべきだろう。この状況を悲劇ではなく、喜劇と思えるように。
だからといって、この状況で急にギャグをかましてきたら、普通に狂ったと思われるだろう。俺だってそう思う。だが、こんな立派に出来上がってしまったシリアスを壊す方法はそれくらいしか思いつかない。
沈痛な顔で目を閉じているレガリアを無視し、一人でウンウン悩んでいると、俺が入っていたガラス箱の隣にあるもう一つの箱に目が行く。俺の意識だけが入るはずだった怪人の残骸が残る水の中に、もう一人の姿が写る。どうやら、箱の中が暗いため、俺の姿が写っているようだ。だが、その姿のシルエットがどうもおかしい気がする。なんだか小さくなったような………。
俺が見ているところを察したのか、いつの間にかレガリアが姿見を持っていた。
「これが、今の君の姿だ………」
「………?」
鏡に写ったのは、赤い肌、赤黒い髪、黒い角、紅い瞳、140cmくらいの身長の、いわゆる鬼ッ娘がいた。
「??????????」
「無理せず泣いていいんだ………いいんだよ………………ププッ」
呆然とへたり込んでいる俺のそばで、レガリアはもう堪えきれないという風に笑い出した。