2、誘拐
「あと1時間か、めっちゃ余裕あるな」
七月の雨上がりの朝、閑静な住宅街に俺の声だけが響く。今は7時30分で、学校まであと10分というところで俺は一人で歩いていた。別に今日は何かあるという訳でもなく、いつもより少し早起きしたから、いつもより少し早い時間に家を出ただけだ。
「ってか、やっぱり静かだな〜。小学生の頃はかなり賑わっていたのにな〜・・・・・・」
ここ周辺はあまり田舎という訳ではないが、大手の企業が他の街より少なく、しかもこれといった観光地がないため、ほとんどの若者が都市へ出ていき、今ではすっかり過疎化してしまった。しかし、俺が今通っている鬼谷高校があるので、学生はそれなりにいる。
「最近では学生くらいしか街を出歩かないから、学生街って言われ始めているっけ・・・・・・・・・ん?」
俺がこの街の行く末を心配しながら歩いていると、前の方からひそひそ声が聞こえてきた。普段なら雑音として処理される程に声が小さかったが、今は周りに人っ子一人としていないため、俺の耳はばっちり声を拾った。
「ボ、ボス〜・・・ホントにやるんですか〜?」
「ああ、それくらいはできるだろう」
「で、でも〜・・・・・・・・・」
「ええい、早よ行かんか!新しき仲間はお前の手で掴み取るのだ!」
「え、でもボスの配下になるんすよね・・・?なら、ボスがスカウトすべきじゃ・・・・・・・・・」
「うっせぇ!いいからさっさと行けー!!」
「はいはい、分かりましたよ〜・・・・・・・・・」
どうやら声は2人の男のようで、俺の前にある曲がり角から聞こえる。先程も言った通り、ここら辺は学生くらいしか出かけないため、おそらく塾などのチラシを配る人達だろう。それにしてはボスや配下などと変な言葉を発しているが。
それはそれとして、俺は塾に入る予定もないので、男達がいる曲がり角を無視して普通に通り過ぎようとする。しかし、まさにその曲がり角から1つの人影が飛び出し、俺の前に立ち塞がった。俺は一瞬呆気にとられたが、すぐにその人影をよく注視する。人影の正体は・・・・・・・・・
「や、やい、そこの少年!大人しく俺達に誘拐されろ!」
「・・・・・・は?」
その人影は俺を右手で指差し、カッコよく決めているつもりだろうが、俺はそんなことは微塵たりとも思わなかった。なぜなら・・・・・・・・・
「全身黒タイツに堂々とした犯罪予告・・・・・・うん、通報だな!」
そう、その人影は本当に影のような全身黒タイツを着ていて、完全にアレな人にしか見えない。しかも、白昼堂々と犯罪予告をしたのだ。これはもう通報案件だろう。
俺は急いでポケットからスマホを取り出し、すぐに110番を押そうとした。しかし、そこで思い出した。相手は犯罪予告ができるほど余裕があるはずだ。そんな奴の目の前で通報しようとすれば・・・・・・・・・
俺は慌てて顔を上げるが、さっきまでいたあの全身黒タイツは影も形もなくなっており、声も聞こえなくなった。
「え?・・・・・・・・・もしかして、逃げた?」
確かに、あの全身黒タイツは挙動不審で気が弱そうだったが、音もなく一瞬で逃げれるものだろうか。
「とにかく、助かった・・・・・・のか?ま、まあ、巻き込まれなかったからいいか」
俺はホッと安心して、スマホをポケットへしまった。・・・・・・・・・しまってしまった。
「隙ありー!」
「!?」
俺がスマホをポケットにしまった瞬間、後ろからあの全身黒タイツの男が俺の口に何かを放り込み、ハンカチのようなもので口を押さえて来た。
「っ!?もがぁー!もがもがぁー!!」
必死になって暴れるが、男の力はかなり強く、拘束が解ける気がしない。ならばとスマホを取り出そうとするが、男はそれが分かっていたかのように俺のポケットからスマホを奪った。
そうこうしているうちに俺の体に力が入らなくなってきた。それも同時に強力な睡魔が襲いかかってきた。おそらく俺の口に放り込んだ何かが効果を発揮してきたのだろう。
「ぐっ!?・・・・・・うぅ」
「お?やっと効いてきたっすねぇ。じゃあ安らかにおやすみなさ〜い」
その言葉がトリガーだったのか、体の脱力と睡魔がこれまで以上に強くなり、俺の意識は暗闇へと沈んだ。




