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時流刑ー転移1  作者: 箱野迷蝶
1/1

便利屋すずめ珍道中

沢崎誠二はウンザリしていた。

相棒の猿川聡司が歩いて来るのが事務所の窓から見えたからだ

みるからに上機嫌である。

「おはようッス」猿川は缶コーヒーを両手に一本ずつ持ち

事務所のドアを肩で開けヌルリと入ってくる

「ザキさん。和泉さんモーニンカフィッス」

沢崎と和泉が目を合わせてから挨拶を返した。

「ありがとう」

沢崎が缶コーヒーを取ろうとするが猿川は放さない

「ザキさん聞いてくださいよ」

....ハイハイ面倒臭いこと始まった...

沢崎も和泉も毎週月曜のルーチンに辟易としていた。

「実は昨日の最終レース...」

この辺から二人はすでに聞いてない

和泉は今日の予定表をプリンターに取りに行き

沢崎はコーヒーを諦め見積書の控えに手を伸ばした。

「今日も引き続き清水宅よね?」

話す猿川を気にもせず、和泉が切り出した

「昨日居宅はあらかた片付いたから、あとは物置きの中の撤去だけだ。車はなにが空いてる?」

「阿久津がロング、柴田が平ボディー。ショートか平ね」

「じゃショートかな」

「午前中で終わる?」

「そのつもり」

「午後の追加は?」

「2時以降で」

和泉は予定表の空欄に手書きで時間を書き

ホワイトボードにマグネットで貼った。

マグネットが強目にカチリと音を立てた。

猿川が話を止めホワイトボードに目をやった。

和泉はフンッと猿川を横目で見ると

缶コーヒーを取り上げ事務所を後にした。

「川越ルートッスか?」

「箱の空き次第だな」

缶コーヒーを取り上げながら沢崎が言った。

両手が空いた猿川はポケットのコーヒーを取り出し

プルトップをあけた。

カシュッという音が事務所に響いた。


川越の清水宅に着いたのは、10時を少し回っていた。

昨日から取りかかった仕事はいわゆる遺品整理

家人の孤独死はよくある話

そして離れて暮らしていた子供が片付けを依頼して来るのもよくあるケース。

今や便利屋の仕事の8割は片付けである

引っ越し後の粗大ごみ

リサイクル家電

夜逃げ物件、自殺物件

そして今回のような遺品整理だ

ベテランの沢崎の経験や資格がさしてものを言わない

搬出はゴミだからキズ付けてもクレームは出ないし

古物商の知識や資格もいらない

トラックに積んでしまえばミッションコンプリートである。


到着前に入れていた電話のおかげで

家人が庭側のアコーディオン扉を開けておいてくれた。

家の前で降りた沢崎が呼び鈴を押す

猿川はアコーディオン扉の先にトラックを着けバックの用意をしていた。

「はーい」

玄関の引戸越に女性の声がした。

「便利屋すずめです」「おはようございます」

笑顔を作って沢崎が声をあげた。

「どうぞー」

「先に車着けちゃいますね」

家人の返事と同時に沢崎が腕を振り、バックの誘導に入った。

表に出てきた女性は長女の由紀子。長身で長い髪、やや胸元の空いた服の上からショールを掛けていた。

「今日もよろしくね」

ハスキーだが高い声

「よろしくッス」

猿川がデレッとした笑顔を運転席から見せながら応えた。

沢崎は「ううんっ」と咳払いする。それに気付いた猿川はサイドミラーに集中した。

猿川が箱車の扉を開けて撤去の準備をしているなか

沢崎は物置きに向かった。

由紀子も後をついてきて「開けてあります」と声高に言った。

沢崎が軋む扉を開けて薄暗い室内を覗く

タイミングよく部屋の明かりがついた。

由紀子は気が利く

「昨日話した通り追加の仕事ですから、別料金になります」

「特殊なものが出てきたら料金は相談させてください」

由紀子はこくりと頷いた。

沢崎は早速物品を確認し始めた。

本棚にぎっちりと百科事典

古いワープロが数台

黒電話数台

二層式の洗濯機

茶箱3中は食器

座布団

座椅子

チャンネル式のテレビ

扇風機

エトセトラ

見積書にメモした品数が20を越えた頃、沢崎が切り出した。

「あれもですよね?」

奥を指差し顎をしゃくった。

「何ですか?」

「恐らく金庫じゃないかと」

「金庫?」

「小振りですが年代物ですね」

金庫のそばまで行った二人は各々なんとなくそれに触れた。

見た目は金属の様だったが触れた感覚は樹脂に近い

沢崎が天面を叩くと音の反射がほぼなかった。

後ろポケットの軍手をはめて重さを確かめようと斜めにし

腕を回して完全に腰を落とした。

重量物を持ち慣れた人間の取る姿勢だ

沢崎は一度、太腿で挟んで重さを量った。

「ん?」

このサイズの耐火金庫は何度も持っている

叩いた時厚みを感じたがいつものそれとは段違いに軽い

経験のないことに沢崎は慎重になった。

「清水さん」

「はい」

「普段、金庫の処分は扉を開けます」

「はい」

「中身を確認するためと扉を外し軽くするためです」

「はぁ」

「ただこいつは普通の金庫じゃないかと...」

「鍵穴の様なものはありますが開け方がわからないし...」

「なんせ...」

「なんせ?」

由紀子が繰り返した。

「異質です」

「異質?」

「今まで見たことがない材質だし、重さがおかしい」

「じゃあ?」

「はい、さてどうしましょうか?」

由紀子は黙ってしまった。

沢崎は戸惑う由紀子を暫く見つめ「まっ」と声を掛けて

「とりあえず全部おもてに出しましょう」

「きゃっ」と由紀子が微笑んだ

沢崎は少し困った顔に笑顔を混ぜて猿川を呼んだ


ベテランの二人にとって物置きからの搬出は手慣れたものだ

箱車には次々と荷物が積まれてゆく

百科事典や本等は段ボールに詰めて重ねた

重ねづらい小物はプラスチックの衣装ケースに詰め

食器の入った茶箱に重ねた。

積込みと同時に分類が終わっている

こうしておけば荷卸に時間がかからない

ベテランの知恵である

最後に本棚二つで壁を作ってジョルダーで締めれば

搬出完了である


「さてあとは...」由紀子に向かって沢崎が声を掛けた

「例の金庫ですが、やっぱりウチでは取り扱い...」

ヴィーーンッチューン

けたたましい音、沢崎は即座に振り返る

「待てーっ」

聞こえていない

猿川はサンダーの歯をチョウバン辺りに入れた。

チュィーン

火花も飛ばず秒でチョウバンが落ちた。

二つ目に歯を入れた猿川の肩を沢崎が掴んだ

「やめろ」

「えっだって...」

沢崎は猿川の目を睨み付け「やめろ」と繰り返した。

猿川はいつもの手順を踏んでいるだけだと

言いたげだったが沢崎の表情から「ヤバい」ことを悟り

スイッチを切った。

ズズッ

チョウバンの外れた方が一瞬浮いた。

はずみで途中までつながっていたもうひとつのチョウバンも外れ

赤い光が隙間から漏れた。

煙の様なものも漏れ出た。

蓋になっていた扉が斜めにズレた。

沢崎と猿川が一瞬凍りついて

「なんすか?」

「わからん」

「ヤバいッスか?」

「わからん」

「わからんッスか?」

「わからん」

沢崎は金庫から目線を切らずに猿川の頭をはたいた。

「いっ」オーバーリアクションの猿川

それを無視して金庫を見詰めながら

沢崎は急に冷静になった。

...光に煙、薬品でも入ってんのか?いや持ち上げた時に

液体の揺らぎはなかった。気体が反応した?なら密閉が解けての反応だとしたらあの光と煙はなんだ?気体同士の反応なら爆発的なはず。だが今は落ちついている。飽和した?近づける。大丈夫

念のため確認が必要だ。どのみち処分しなきゃならん状況だしな

値段も吹っ掛けられる。最悪、ダケさんとこに持ち込むか...

沢崎は工具箱にあったバールを取ると

金庫の方へ歩きだした。

猿川も沢崎に付いて金庫に向かった。

由紀子は遠巻きに見守っている


金庫の蓋は完全に外れていた。

沢崎はバールを使って押してみる

さっきのの光も煙も出ていない

「やっぱり軽いな」沢崎の独り言にわかった風に猿川が頷く

沢崎はバールの鉤の方で蓋を引っ掛け器用に下に落とした。

その蓋を猿川が手に取る「軽っ」と言って裏返すと墨で文字が

刻まれてあった。

猿川は読めないのかくるくる回しながら目を細めた。

沢崎は金庫の中を躊躇せず覗く

由紀子は依然遠巻きにしている

金庫には布にくるまれた物が収まっていた。

布のところどころが黒く変色している

「血痕?」沢崎はバールで布を捲った。

布の一部がバールに絡み、持ち上げた拍子にへばり付いた布ごと

物が顔を出した。

「うっ」沢崎は一瞬でそれが何か判断できた。

黒く変色してはいるが紛れもなく人間の腕だ

...ヤバいこいつはヤバい死体損壊事件?遺棄?いや腐敗はない。白骨化もしてない。何故かかなり時間が経って乾いているような..ミイラ?

光や煙との関係もわからんヤバい

ダケさんに電話だ、まずは電話...

固まっている沢崎の肩越しに猿川が顔を出した。

「ミイラッスか?」

猿川が淡々とした声で聞いてきた。

「ミイラね」

さっきまで遠巻きにいた由紀子も

沢崎のすぐ後ろで淡々と言った。

ふたりを代わる代わる見ながら沢崎は

「なに冷静になってんの?...」

「ミイラだよミイラ。ヤバいよねこれ」

「ヤバいッスね」

「ヤバいわね」

猿川がキラキラした目を向け

「ダケさんじゃないッスか?」

「わかってるよ」

「ダケさん?」

由紀子が猿川に小首を傾げた。

「ダケさんは...」

話そうとする猿川の口を沢崎が指で抑え

スマホを耳に当てた。


猿川と由紀子が目を合わせず話している先で

沢崎が電話でやり取りをしている

「どうかしらね」

「大丈夫でしょっ古物、奇物何でも御座れのダケさんなら」

「そ」

「むしろ大好物っしょ」

「ウチもあれだけ置いてかれてもだし、中身を知っちゃった以上

素人じゃ...」

「無理よね」肩をすくめて由紀子が猿川をみた。

「大丈夫」猿川は言葉に出さずOKサインだした。

沢崎がスマホをポケットに入れながらふたりに近づいて

親指をトラックに向けて振った。

「きゃ」由紀子が両手を掴み合わせて喜んだ。

「上尾に寄るぞ」沢崎は猿川にボソッと声を掛けた。

「そっちッスか」真顔になった猿川に由紀子が声を掛けた

「ありがと」

猿川はブツと布を金庫に詰めて由紀子に向けて軽く会釈し

扉を拾い裏返しのまま被せて持ち上げた。

「はぎわらさこん」

扉の端に書かれた文字に目が留まり思わず口にした。

金庫の中からカチリとスイッチ音がしたが猿川は気付かない

トラックに載せ念のため毛布にくるみ後部扉を閉めた。

運転席に座ると頭のタオルを外して髪を掻きサイドミラーに目をやった。

由紀子が現金を渡してトラックの方をみた。

猿川は窓から腕を出し後ろに向かって手を振った。

沢崎が軽く会釈をしてトラックに向かってくる

助手席のドアが開くと「お疲れ」首のタオルを取りながら

沢崎が乗り込んできた。何か考え事をしてるようだ

「ザキさん」

「ん」沢崎は目を合わせず応えた

「扉の文字が読めたッスよ」

「あぁ」まだ上の空だ

「はぎわらさこん」

「え?」なにが?という表情で猿川を横目で見た。

「だから、はぎわらさこん」

「ッスよ」と続けようとした瞬間

ドンッ空気の固まりが押し寄せ

二人は強烈なGを感じた。

顔の肉が波うって後方に動く

二人は同時にシートに貼り付き後頭部を打ち付けられ

身体は全く動かせない

前から風を受けているというより後ろに強い力で引っ張られているようだ

「うわぁーっ」沢崎が何とか開けた口の中からは、もう一人の自分が出てくる。もう一人、また一人まるで合わせ鏡のように際限なく遠くまで自分の後頭部が見えてゆく

ドンッ

さらに強いGを感じたところで二人は気を失った。

トラックは徐々に光の粒子に分解され、風で木の葉が舞うように空間から掻き消されてしまった。

「あらっお早い出立だこと」由紀子がフフッと口元に手を当て踵を返した

削り取られたバンパーの一部がゴトリと音を立て地面に転がった

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