第4話
「やばい……。なんで、こんなことになってんだよ。」
ヒューレッドは文字通り聖女マリルリの元から飛んで、王宮にある自室に戻ってきた。過去一の速度であったことは言うまでも無い。
自室に戻ってきたヒューレッドは頭を抱えながら部屋の中をグルグルと歩き回っていた。このままだと何をしてもマリルリと結婚をさせられてしまう。マリルリと結婚してしまえば、飼い殺しのような状態になることは予想するに易しい。そんな生活は嫌だとヒューレッドは叫ぶ。
「……一国も早くこの国から逃げなければ、国を離れればマリルリ様が追ってくることもないだろう。」
ヒューレッドは自分に言い聞かせるように呟く。
この国で王妃様と聖女に楯突いたものは生きてはいられない。そういう噂が流れていることは確かだ。この国で生きていくためには王妃様と聖女には絶対に逆らってはいけないと、宮廷魔術師になった時に先輩宮廷魔術師から教わった。
宮廷魔術師になってからよくよく見ていると、王妃様や聖女様の指示を無視したもの拒否した者はいつの間にか王宮から姿を消していることに気づいた。それが一度や二度なら信じられなかったかもしれない。だが、もう数え切れないほど見てきたのだ。
秘密裏に処理されてしまっているのか、それとも危険を察知して国を出たのか、それとも王妃様と聖女様が絶対のこの国にはいられないと嫌気が差して他国に行ったのかはわからない。
ヒューレッドは最低限必要なものを革袋に詰め込んだ。
そして、国を出て行く前に最低限の人だけにでも挨拶をしていこうかと思ったヒューレッドだが、幼い頃に家族と死別しているヒューレッドには挨拶をしていくような人間はいなかった。それなりに親しい同僚はいたが、同僚に告げることははばかられた。聖女や王妃様に詰め寄られた時に、正直に話してしまう可能性があるからだ。またもし聖女や王妃様から詰め寄られた際に同僚がヒューレッドの行方に対して嘘をつけば、その同僚が聖女や王妃様に逆らったとして国を追われることになりかねない。
ヒューレッドは、誰にも言わずに国を出て行くことにした。
そして、部屋を出ようとした時、ふいにヒューレッドの部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
ドキッとヒューレッドの胸が脈打つ。
まさか、もう聖女が来たのだろうかとヒューレッドは背負っていた革袋を急いでベッドの下に隠した。
そして何食わぬ顔で、
「誰ですか?このような夜更けに?」
と、ドアの向こうにいる人物に声をかけた。