文学少女の背徳なる苦悩
『幸福とは幸福を問題にしない時をいう』
かの文豪、芥川龍之介による大変皮肉の効いた名言だ。
きっと今の私は、その言葉を身に沁みて痛感した彼と全く同じ心情だろう。
夕焼けを眺めてこんなに憂鬱な気持ちになったのは久し振りだ。
以前は一年前の丁度、今日だったかも。
「嗚呼、太陽よ。お前は何故沈むのか……」
少々、悲劇染みた科白回しをしてみても時間は止まらない。
時計の秒針は休む事を知らず、刻一刻と円運動を続ける。
ベッド脇に何食わぬ顔で構えるアルミサッシの窓から西日の極光が燦々と射し込む。
夕焼けとはよく言ったものだ。私の活力という活力は、今にも沈みゆく陽光の残り火によって灼き尽くされる。そして暗鬱とした昏い胸懐の塊だけが燃え遺る。
「辛い、辛い」
きっと私は不幸な星の下に生まれてしまったのだ。
財に才に人に、そして天運にも見離された。
きっと、この世の不運を粘土のように集め固めて創られたのが私なのだろう。
だからといって、太宰治や三島由紀夫のように自決を試みる度胸もない。
ただただ奔流に身を任せ、老いて病に臥し、川底に沈み溺死するだけの味気無い人生を送るに違いない。
不安と悲哀の奈落に落下していたその最中、何の前触れも無くパッと意識が現実に戻る。
そば殻の枕に顔を埋めている内に、夕日は姿を消していた。
灯りの無い部屋は単色の闇に落ちていた。
「いや、まだよ……」
意識と無意識の狭間を徘徊し、いつしか暗転していた現に、私は一縷の希望を見出だした。
かつてのフランス皇帝ナポレオンは言った。
『生きている兵士の方が死んでいる皇帝よりもずっと価値がある』と!
さっきまでの私は生きた屍、死した生者だった。
たかが数分、されど数分。
それだけの時間があれば、生まれ変わるに十分。
『運は我々から富を奪うことが出来ても、勇気を奪うことは出来ない』んだから!
「あのー、明日のマラソン大会なんですけど、膝に抱えてる爆弾がちょっと……ハイ、ハイ……え? ああ……弟とプロレスごっこしてて……ハイ、なので病院に……ハイ、失礼します」
私はこうして無事、待ち受ける死地の回避に成功した。
その代わりまた別の厄介を背負い込んでしまった気もするが。
まあいいや。今はこの刹那を堪能しようじゃない。
「乱歩読もう……」