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短編

ひみつりに咲かせるはな

作者: 三千



ああ、もう死ぬのか。そうなのか。


そうわかってしまうと、逆によくわからんやる気のようなものが湧いてくるんだなあ。


これが俗にいう、生きる源みたいなものだろうか。なんとも逆説的な。


まさか自分がこの若さで死ぬなんて、知らなかった時よりも、ずっとずっと、想いは強くなっていく。


残されたのは、たった一年。どうしたらいいのか? 何をしたらいいのか?


それがこれからの命題ってこと。


そうなるともう、自分だけの命じゃないっていう、くすぐったさが生まれてきて。


だからと言って、家族や友達、恋人のもの、というわけでもないんだな。



神様ってのが本当にいるのなら。


きっともう、その人の手の中にあるのだと思う。






 ひみつりに咲かせるはな





「これが遺書だなんて、誰も思わないだろうね」


ペンを置いた私は、両手を上げて、うーんと思い切り伸びた。



『死ぬまでにやりたいことリスト』



遺書というよりは、決意表明とでも言うべきか、まあ、いいや。


高校の頃から使い込んでいるペンをころころと指の間で転がしながら、目の前に置いた紙に目を落とす。そして、再度。


「よし」


手元のメモ用紙を二つ折りにすると、私は机の引き出しを引いて、その中へと滑り込ませた。



私の人生の全ては、この引き出しの中に捨ててきた。



誰にも知られない秘密のありか。




私の家族は、父が家を出ていく前からも出ていったその後も、この引き出しの存在にまったく気づかない、他人のようなママがひとり。


いい歳こいて、年下彼氏の家に入り浸っていて、この家にはなかなか帰ってこない。


この引き出しにも、私の存在にも、いや、この家自体に関心がないのだと思う。



そして。


机の上にはもうひとつの紙切れ。三日前、病院で渡された血液検査の結果。


そこには、間違いなくこの私、奥村おくむら 多江たえの名前が記されている。



私が体調を崩して病院に行くと言った日の夜、キッチンの机の上に、ぽつんと置かれていた千円札二枚と保険証。


つけっぱなしの生ぬるいエアコンの風に、カサカサと揺れる、乾いた音。その軽さ。


次の日だって、その次の次の日だって、病院どうだった? だなんて訊いてこないし、風邪か仮病でしょ? くらいにしか思っていない。


仕方なしに血液検査の結果を聞きに行くと、先生が困ったような顔で座っていた。


さらに困ったことに、親を連れてこいと言う。解読不可能な、検査結果の紙を前にして。


でもね。私だってその時までは、ちゃんとママに病院に来てもらおうと思っていたんだよ。わかりましたって、返事したし。


けれど、私が出口と間違えて、診察室の隣の控え室に入ってしまった時、そこで先生と看護師さんが、まだ若いのに可哀想ね、余命があと一年だなんて信じられないわ、って話しているのを、パーテーション越しに聞いてしまったから。



私の命はあと一年?



信じられなかった。けれど、控え室に入ろうとしてドアを開けた看護師さんの、「あっ」「先生、先生っ」ってなったその顔で、真実なんだと知った。


それで、ママに言うのはやめよう、と決めたんだ。


「過程」をすっ飛ばして「結果」を聞いてしまったんだから、もうこの検査結果は必要ない。


だから家へと帰ると、勢いよく二階へと駆けあがってから、私は引き出しの中へと押し込んだ。



もちろん、散々泣いた。なんで私なのって、わめき散らした。


騒いでも大丈夫。この時間、ママはまだ彼氏の家にいるから。そう思うとさらなる怒りが湧いてきて。


クッションでベッドを叩き散らし、ヌイグルミを八つ裂きにし、狂って狂ってひと通り狂ってから、正気を取り戻した。


「もうやだ……やだよう」


何もかもをやめたくなる。今までのくだらない自分の人生も、そして足枷のついてしまった自分自身も。



引き出しの中へね。この中へ嫌なことを捨てるとね。心がほっとするんだ。ほっとできるんだ。


嫌なことはなんでもかんでも、私はこの引き出しの中に捨ててきた。


名前書き忘れて0点となったテスト用紙とか、ブスとかバカとか書かれたノートとか、必要のない三者懇談の案内とか、そんな仲良くもない友達にその場のノリで撮らされたプリクラとか。



よく見たら、引き出しから出ていたシッポのような検査結果の端切れ。 引き出しを引いて、ぐしゃっと奥へと突っ込んだ。


内緒にしよう。秘密にしよう。



私の命すらも、秘密裏のままに。



✳︎✳︎✳︎



けれど、人生は短し。


そんなわけで私は『死ぬまでにやりたいことリスト』なるものを作ったのだ。



1、好きな人に逢いにいく



地球が滅ぶってなったり、私みたいに寿命が知れた場合の定番の願いだな、これ。けれど、これが意外と難しいってわかっちゃった。人生って、まずもってままならない。


「ねえカッちゃん。これ替えたの?」


半年くらい前のことだった。


その時は彼氏だった同級生、隣のクラスの世田せたの持つ、学校指定のサブバック。ぶら下がっているキーホルダーを、ムカついた顔で、指差した。


彼の目線が金魚のように泳ぐ。


「うん、まあ」


「でもさ、私があげたやつ、気に入ったって言ってたじゃん」


「……んでも、もう飽きたってか、そろそろいいんじゃね、ってな」


「……飽きたって、ひどくない? カッちゃんの誕生日にあげたやつじゃん……って、二ヶ月経ってないし」


「いや、経ってるよ。二ヶ月はつけてたって」


「なんでよっ。こんなのより、私があげたキーホルダーの方が可愛いよ」


「可愛いて……おまえバカじゃねえの! それがヤだっつってんだよ。俺、男だぞ? もらった時も思ったけど、ホントおまえは空気よめねえな」


「だったら、そん時に言ってくれたら良かったじゃん!」


「悪ぃと思って、これでも二ヶ月がまんしたんだっつーの!」


「ほんとに悪いと思ってんの? だったら、なんでこんなものつけるのよっ」


それ、あんたの元カノとお揃いのやつでしょ!


けれど、そう言い放ちたかった唇は、貝のようにひっついた。


どういうこと? ヨリを戻したんだって?そういうのって、普通は秘密にするでしょ?


堂々としやがって。後ろからグーパンか、回し蹴りしてやるぞ。


その勢いで別れる時、誕生日にあげたキーホルダーを力ずくで取り返したんだっけ。


それから『秘密』の引き出しへ、バシンと放り込んだんだったね。


あー思い出しちゃった、最悪ー。だから、この定番の願いは、後回しだな。



引き出しから、リストを引っ張り出す。


次第に、頬が発熱体のように上気して、字が。



歪んでみえた。




✳︎✳︎✳︎




2、本屋か図書館でアルバイトをする



趣味と言えるかどうかはわからないけど、私は本やマンガを読むことが大好きだ。


本は、小説。文芸だったりラノベだったりするけれど、本には相当な愛着を持っている。


だから願わくば、本屋か図書館でアルバイトをしてみたい。たくさんの本に囲まれてみたいんだ。



「すみません」


声を掛けると、カウンターの中でおねえさんが微笑んだ。


「あの、この図書館って、バイト募集はしていませんか?」


おねえさんのキョトンとした顔。その視線は私が抱えている本に注がれている。


『14歳からの仕事図鑑』。いや、断じて14歳ではないけれど。


おねえさんは、ちょっと待っててね、と奥の部屋へと入っていった。


だめなら、次は隣町の図書館にでも行ってみよう。それから、駅前にも大きな本屋がある。本屋ならきっと、バイト募集しているはず。


そう頭をぐるぐる巡らせていたけれど、戻ったおねえさんは、「募集しているそうですよ。履歴書を持ってきてって」。


うそ。


「はい! すぐに持ってきます! 」


まだ、面接で受かるかどうかもわからないのに、こんなにうまくいくことがあるなんて。天にも昇る気持ちって、こういうことなんだなと実感する。


私は嬉しくなって、途中コンビニでカフェオレと履歴書を買ってから、証明写真を撮って、家へと帰った。



本を借りる時、おねえさんが小さな声で囁いた。


「あなた、面接の時にね。三度の飯より本が好きって、アピールするといいよ。館長、そういうのに弱いから。面接、頑張ってね」


肩をくいっと上げながら笑って教えてくれた。じわっと熱くなる目頭を指で軽く拭ってから、ありがとうございますと、礼を言った。


そして面接して、即採用。


きっともう使わないだろう、残りの履歴書と証明写真は、例の引き出しの中へと押し込む。


嬉しい。嬉しくて仕方がない。


なんだろうな。この気持ち。自分でもわからない。こんな小さな喜びにも意味があるんだなあ。



ふと思う。


採用はされたけれど、一年後にはやむなくでも、辞めなければならないこととなる。


そこまで考えると、ハッピーだった気持ちがぎゅーんと急降下し、あっという間にドン底へ。


その落差ったら、ジェットコースターみたい。けれど、遠心力に振り回されている時間はない。


ただ目の前の安全バーにしがみついてでも、そこから見える景色を楽しまなければいけない。



私は、私らしく、生きなければいけない。




✳︎✳︎✳︎



3、小説を書く



そんなことできるわけがないじゃん。


そんな自分をずっと冷めた目で見ていた。


けれど、考えを改めなければならない。「できるわけない」から、「やらなければならない」にシフトチェンジ。


コツコツと貯めていたお年玉貯金。全額おろして現金をカバンの中へ。家電量販店へと駆け込んで、タブレットを購入。


家へ帰ってから、机の上に放ってあった惣菜パンを取り上げると、さっそく自分の部屋の机へと向かった。


タブレットのスイッチON。これで小説を書く。


深呼吸をした。肺の中へと、新しいタブレットと、かじりかけの惣菜パンの匂いが、交互に往き来する。


「……む、か、し、、、あ、る、と、こ、ろ、に、……」


とてもとても可哀想な少女がいました



声に出しながら、キーボードのアルファベットを一つずつ丁寧に押していく。


ピアノを弾くように、指を動かしていく。なにもなかった白紙の空間に、文字が踊り始めた。



ふと。


手を止める。


家電量販店で、タブレットを勧めてくれた店員のおにいさんが、笑って言ったのを思い出したのだ。


「えええマジで? 小説? すげえっ。俺なんか文才ないから、読書感想文とか、弟に金払って書かせてたって。俺、応援する。頑張ってな!」


小説を書くなんてことは内緒にしたかったけれど、どうやってアプリをダウンロードするかとか、訊きたいことがたくさんあったから。


褒め上手なおにいさん。それで、私も嬉しくなってガンバリマスとか言っちゃって。



今までだったらひとりで耐えてきたけれど、『秘密』の共有ってのも、悪くないんだなあって。



まじまじと画面を見る。「可哀想な少女がいました」は、ないない。卑屈になるなよ。


失笑しながらbackspaceで、文字をひとつひとつと消してみる。


書くのは大変なのに、消すのは一瞬だ。きっとこの世の作家の人たちは、真っ直ぐな眼差しで、地道にコツコツと文字を綴っていくのだろう。


私のように「終了」がわかっていたらきっと、


きっと、


涙がこぼれる。


きっと、なにかひとつでも遺そうとして、必死になって書き続けるのだろうな。



書き続けるのだろうな。




✳︎✳︎✳︎





専門学校を休学し、図書館での仕事が終わると、そのまま三階にある学習室で小説を書く。


図書館の仕事にはだいぶ慣れてきたけれど、小説の不出来なことと言ったらない。笑ってしまうくらい、ヘタクソだ。けれど、楽しくて楽しくて。



そんな日々を過ごしていた、ある日。


「あれ? もしかしてこの前の、小説の、?」


その日は珍しく、二階のカウンターを任されていて、私は少しだけ憂鬱に過ごしていた。


私が好んで読む文芸のジャンルは、だいたいが一階の書棚に収められている。私が文芸に明るいからと、そんな一階のカウンターの担当を任されていた。


二階には、堅苦しい専門書や美術書、参考書などが収蔵。私にはちんぷんかんぷんだけれど、その分利用者さんも多くなく、ぶっちゃけて言えば、まあヒマだ。


眠気と戦いながら業務をこなす私にとっては、ここ二階カウンターは地獄と天国の狭間のような場所。


そして、その日もご多分にもれず、私は天国方面へと片足を突っ込んでいた。


そこへ。


「君、この前うちの店に来てくれた……やっぱり、そうだよね? 俺、タキタ電機の……」


「あ、」


家電量販店でタブレットを選んでくれたおにいさんだ。驚きの顔からニコッと笑顔に。そのまま、私を凝視したまま、カウンターのイスに腰かけた。


「ここで働いてるんだね、いやあ偶然も偶然だ」


手元を見ると、電化製品に関する雑誌。


「あ、これ借りたいんだけど。ここって、雑誌の最新号も揃ってるよね? だから、時々来るんだけどなあ……君とここで会ったことないよね?」


「私、最近、採用してもらったんです。それに、今までは一階がメインだったので」


「そうなんだ。ここさあ、いつも起きてんのか寝てんのかわかんねえおっさんしかいないし、今日は女の子でちょうラッキーって思ってたら」


おっさんとは、館長のことだ。館長が、ここ二階カウンターで、やはりうつらうつらと船を漕いでいるのを思い出して、私はふっと小さく吹き出してしまった。


「そっかあ、そっかあ、ここで働いてんだ」


おにいさんが貸出カードを出してくる。それを受け取り、機械へと通す。


たき 輝人てるひと


私がその名前を頭の中で反芻するのと同じくらいに、彼も声を出して私の名前を読んだ。


奥村おくむら 多江たえ、タエちゃんっていうんだ」


私が頷く、滝さんはニット帽をすっととって、ヨロシクね、と言った。


それから。満面の笑みで。


「あれからさ、小説どう? もう書き上がった?」


その言葉で、さっと私の顔色が変わったのだと思う。滝さんもそんな私の顔の変化を見て、あっと声を上げてから、右手で口を塞いだ。


そのまま顔を近づけてきて、 くぐもった声で言う。


「ごめん、もしかして、内緒だった?」


周囲に視線を泳がす私の態度から察してくれたのだろう。恥ずかしさが込み上げてきて、私は火照った顔で、慌てて言った。


「ご、ごめんなさい。秘密にしてるんです。は、は、恥ずかしいので」


私はついに羞恥心に負け、両手で頬を覆った。


「ごめんっ、俺、バカだ。ほんと、うかつだった……えっと、せ、セーフ?」


滝さんがキョロキョロと辺りを見回す。私もそれに合わせて、頬を覆ったまま、こくんと頷いた。


「あぶねぇ……よ、よかったぁ」


滝さんが、ほっとした様子で、背もたれに背を預けた。


私は、そそくさと受け取った雑誌のバーコードをリーダーで読み取り、カードと一緒に渡す。滝さんはそれを受け取ると、苦笑いをしつつ、ありがとう、と手を軽くあげてから、階段を下りていった。


ごめんなさい、そんな大した秘めごとでもないのに。気を遣わせてしまいましたね。



私はため息をひとつ吐いてから、エプロンを取りカバンに押し込むと、お先に失礼しまーすとなるべく明るい声で言ってから、階段を下りた。




✳︎✳︎✳︎




「こんばんは」


「こんばんは、どうぞ」


滝さんが、カウンターのイスに腰掛け、腕に抱えていた本をすいっと出してくる。電化製品関係の雑誌ではなく、今日は普通に文芸だ。


最近、滝さんは、一階に置いてある文芸本を、読むようになっていた。



ある日のことだった。



滝さんが、本を返却してからキョロキョロと辺りを見回している。なんだか様子が変だなあと思っていたら、滝さんが声を落として話し掛けてきた。


「あのさ、あれから小説は書けた?」


私は少しだけ、うっと息を詰まらせながら、「まだです」と言った。


けれど、実を言うとこれは嘘。実際はもう完成しているのだ。



『死ぬまでにやりたいことリスト』



そのひとつに挙げたことなのだから、完成した時は喜びと幸福感でいっぱいになって、飛び上がって喜ぶのだろうと、想像していたんだ。


けれど、いざその瞬間を迎えると。


やっと終わったあ〜と叫んで、腕を伸ばして伸びをしてしまったのだから、自分でも驚いた。


学校の宿題をやっとこさ終わらせたとか、長かったテスト期間が終わったとか。


そんな重いような軽いような、よく分からない感触。


私は苦く笑った。想像とは違って。


生きているうちに、小説と言われるものをひとつだけでも書きたい、という願いが叶ったというのに。達成感や充実感というより、ただただホッとした自分がいたのだ。


一呼吸置いて読み返してみると、作品はひどく稚拙で不出来で不恰好。後から後から、気恥ずかしさがどっと噴き上がってきて、私はベッドの上でのたうち回った。


とうてい、誰かに読んでもらえるような代物ではない。


「……まだ、です」


胸に痛みを覚えながら、もう一度言う。すると、滝さんは笑って言った。


「そうなんだ。書けたら読ませてもらいたいなって思ってて」


私は焦って、


「えええ、そんなのムリです」


「うはあ、そう言わずにさ。読ませてよ〜」


「……だ、ダメです」


滝さんは残念そうな顔をすると、そっかあ、と言った。


「わかった、あきらめる」


潔い。


滝さんは、立ち上がりながら腕に抱えていたリュックを背負った。


「でもいつかは、読んでみたいから、心変わりしたら教えてね」


ウィンクのような仕草をしてから、バイバイと大きく手を振って、帰っていった。



滝さんの笑顔を見れた日は、ラッキーの日。いつも私は、滝さん今日は来ないかな〜なんて、待ちわびている。


ってことはもしかして、私は滝さんのこと、好きなのかもしれないってことになる。


そうなると、後回しになっていたリストが完遂されるかも知れない。


『1、好きな人に逢いにいく』だ。


告白するつもりなんて毛頭ないけど、滝さんが来るのを心待ちにするくらい、いいでしょう?


それだけでも。


これ、リストの一つ目に該当するよね。


返却本の処理をし始める。


手は、機械のように動いていたけれど、鼻歌が自然と出た。




✳︎✳︎✳︎




さあ、リストに書いた三つのやりたいこと。


一年以内に見事、達成だ。難しいかもって思っていたことも、あっけなくできた。



けれど、その間にも。一年という期限の終わりは近づいてきて。



もちろん体調がすぐれない日もあるし、家の電話が鳴り続ける日もあって、病院からかも知れないけれど、ただの勧誘の電話なのかも知れない。


ママは相変わらず家には居ない。もうそろそろ、次の彼氏の家にいるのかも。



私は机の前に座り、引き出しをそっと開けてみた。


そこには『秘密』がたくさん詰め込まれていて。



私は、そっと。


その秘密たちをひとつひとつと触ってみる。


嫌なことばかりで、怒れてくることばかりで、あれほど封印したかった秘密が、今ではちょっと愛おしく思えてくるのは、なぜだろう。



一年の限られた命を大切に生きる、なんてそんな気持ちはこれっぽっちもない。



「こんな重っ苦しい秘密なんてさ……」


そりゃあ、無い方がいいに決まってる!


私はいきなり立ち上がり、部屋の窓を開け放った。


それから、机の引き出しを両手でぐわっと抱えて引き抜いて、開け放ってあった二階の窓からそのまま。


「おりゃあぁっ」


引き出しごと、ぶん投げた。


散らばっていく、私のたくさんの『秘密』たち。もちろん、私の余命を決めた、検査結果の紙もひらひらと散っていく。


それらがスローモーションのように宙を舞い、そしてバサバサと音を立てて落下。



私は頭の中で、想像していた。



ガシャンという爆撃でも受けたような大きな音で、引き出しが木っ端微塵になることを。



私は、切望していたのだ。



くだらない秘密が、それこそ木っ端微塵になって、この世から消え去ってしまうことを。




けれど。


荒れ放題の庭のぼうぼうに生えた草は意外とクッションになるんだな。


引き出しは音もなく、庭の真ん中に落ち、ひっくり返っただけ。


中に入っていた紙の類やらストラップやらが、伸びきった芝生の上に、バラバラバラと無機質に転がっただけ。


その残骸を見て、ため息をついてから、自分に呆れてみる。



何やっちゃってんのかな、私。



引き出しの中身は、リビングの掃き出し窓から丸見えだ。ママが見たら、なにやってんの片付けろって、怒鳴られて終わりなはず。



『秘密』をぶちまけるなんてこと、やる予定はなかったけれど。でも、もう秘密なんて、クソくらえだって思ったら、どうしてもやってみたくなって。



『 4、引き出しを処分』



追加したんだ。


それから。



明日。


明日もし、滝さんに会えたら伝えよう。


「私が書いた小説、めっちゃ恥ずいんですけど、どうか読んでください」


そう。


せっかく、大切な時間をかけて書いたのだから、恥ずかしさの極みだけれど、滝さんに読んでもらって、ちょっとだけ感想を、聞かせてもらえたなら。



『 5、書いた小説を誰かに読んでもらう』


それが、私の中で生まれた、私だけのNEW。




さあ、私よ。人生は思うよりも短い。リストに、新しいやりたいをどんどん追加していくんだ。


それは難しいように見えて、思いのほか簡単で。



新しいリストを作ったら、今日はもう、このまま深く眠ろう。



それから、明日の朝を無事に迎えることができたなら、その日いちにちを全力でやり切るんだ。




手元に唯一残ったリスト。最初に戻ってボールペンでひとつ、追加する。



ゼロ、生きる 』



力強く、


書いた。







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― 新着の感想 ―
[良い点]  医師と看護師の会話を聞いたことがどうか誤解であって欲しい。そんな世俗的な気持ちになったのは私だけでしょうかね。  最近、妻の影響では韓流ドラマにはまっており、韓流ドラマなら、こんな場面は…
[良い点] 人生の終わりを意識すると、のんきに構えてやり残していたことが、急に自覚されて来て焦りますよね。 小説を書くことに慣れてしまう前の、自分に書けるんだろうかという不安や、書きあがった時の安堵感…
[良い点] 嫌なことを封印するようにして引き出しに入れ続けてきた主人公が0番に生きると書き入れる過程がとてもよかったです。きっと0番は何にも塗り替えられない永久欠番なのでしょう。 [一言] 最近はここ…
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