4
テトツが取り出した人形に、ブフイは見覚えがあった。確か、どこかの博覧会で展示されようとして、それが問題となり、物議を呼んだ人形である。ブフイが、
「それは確か、ゾモ国の従軍慰安婦を象徴した・・・」
と言かけると、テトツは大声でそれを制した。
「何の人形かじゃない。私が聞いているのは、人形の年齢だ」
ブフイには、テトツの怒りの理由が理解できなかった。ブフイの頭にあったのは、何とか取材を進めたいという思いだった。
「人形の年齢は難しいですが、小学校の高学年くらいですかね。いずれにしろ、ミス国は過去の過ちを忘れてはいけないですね」
と、話を流そうとして言った言葉に、テトツは反応した。
「確かにミス国は過去の過ちを忘れるべきではない。だが、ミス国がゾモ国の小学生の女の子を、拉致・誘拐などをして慰安婦として働かせたなんて事実は、どこにもないんだよ。事実でもない創作話を突きつけられて、一体、何を反省しろ、と言うんだい」
ブフイは自分の軽率さを少し悔いながらも、言葉を続けた。
「ごめんなさい。小学生じゃないか。人形の歳など分かりませんから。中学生くらいかもしれません。でも、問題は年齢ですか?」
テトツは意外に冷静にブフイの言葉を聞くと、
「この人形の作者によれば、人形の想定年齢は、13歳から15歳の少女らしい。だが、当時、非合法なやり方も含め、ゾモ国の少女が慰安婦として集められたらしいが、記録を調べても、出て来るのは、16、17歳という少女で、13歳から15歳の少女などいない。ここで君に聞こう。この年の差は、一体、どこから出て来たと思うかな」
と問いかけた。ブフイの頭は模範解答を模索する。
「詳細は知りませんが、この1、2歳の年の差は、この問題に対する、ゾモ国民の怒りではないですか。私には分かる気もしますよ」
ブフイが、そう言うと、テトツは少し笑みを浮かべた。
「君もなかなかうまいこと言うね。だが、怒りよりも大事にすべきは、事実ではないのかね。確かにミス国がゾモ国をいわゆる植民地にしたことは、半島で古くから独立を保って来たゾモ国民には、耐えがたい屈辱で、彼ら自身のアイデンティティのため、二度とミス国に侵略などさせないため、彼らがミス国に徹底した贖罪意識を植え付けたいのは分かる。だが、事実を超えた攻撃は行き過ぎだよ」
その時、ブフイの頭に「事実」という言葉が大きく響いた。
「そこで、私が作ろうと思っているのが『慰安婦少女像普及委員会』という組織なのだが、君はどう思うかね」
続くテトツの言葉に、ブフイは慌てて問い返した。
「普及委員会ですか?普及・・・?糾弾とか、追放じゃなくて?」
テトツは続けた。
「この人形を、どこぞのバカ市長のように批判しても、バカ大臣のように無視しても、歴史を直視しないなどと非難されるだけだよ。それより、この人形こそ、ゾモ国の人々が、事実を無視し、怒りだけでミス国を批判していることの、何よりの証拠じゃないか。ゾモ国からの事実を超えた理不尽なフィクションの攻撃、その証拠として少女像を、その意味合いで真正面から普及させようというのが、この委員会さ」
とりあえずブフイは、記事の中で、本に書かれていた「ミズ国批判」に加え、今回テトツの語った「慰安婦少女像普及委員会」についても取り上げることを確約した。合わせて、翌月開かれる同委員会の立ち上げパーティーについても、取材のために訪れることをテトツと合意し、その日は握手をしてワヨモを後にした。