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最後にゼオクから委員会についての秘密厳守を厳命され、ブフイは解放された。
翌日からは、以前通りの仕事が始まった。委員会には、ブフイの上司「社会部部長」も出席していたが、彼からも何の言葉もなく、何事もなかったように、それから数日が過ぎた。
ブフイが突如、主に時の首相、ボセニカ政権を批判するスクープ記事を連発するようになったのは、それから間もなくのことであった。これは私事だが、その頃、ブフイは大学の後輩、ルザとの婚約を決めた。それもあって、何かから吹っ切れたように、彼は仕事に打ち込んだのだ。社内ではブフイの異例な昇進の噂も流れた。
それから半年余り後、ブフイはある人物のインタビューを依頼された。それは、隣国ゾモ国との領土問題の係争地・ジャレメ島への上陸を試み、上陸前にゾモ軍に逮捕され、半月の拘留の後、ミス国に送還されたという自らの体験を、「私を見捨てたミス国政府」という書名で出版した、テトツ・ムヨへのインタビューだった。
ブフイはインタビュー前に、出版されたテトツ・ムヨへ著「私を見捨てたミス国政府」にも目を通した。その本では、ゾモ国軍に銃撃を受けた上に逮捕されたテトツを、その存在を知りながら、国籍不明者として無視したミス国への批判と、逮捕後のテトツに対するゾモ国の予想外の節度ある扱いへの感謝が書かれていた。
面白い反権力記事になる、というのがブフイの思惑だったが、ワヨモにあるテトツの元を訪れると、ブフイは不機嫌に迎えられた。
「ウギベデ新聞か。君のところの新聞は、ウソばかり書くからな」
いきなり言われ、ブフイは戸惑ったが、テトツは続けた。
「まあ、いい。君にも是非、聞いてもらいたい。座ってくれ」
椅子に座ったブフイは、さっそく取材を開始した。
「テトツ氏のご本、拝見しました。本の中で、あなたは、ミス国政府への批判を展開されていますが、お気持ちは変わりませんか」
ところがテトツの答えは意外なものだった。
「確かにミス国政府の私への対応は理不尽なものだったが、それより許せないのは、ゾモ国だな。確かに私はゾモ国で節度ある扱いを受け、その意味ではゾモ国に感謝もしているし、お互いの不幸な歴史に憂慮もしている。だが、ゾモ国の態度は行き過ぎている」
テトツの趣旨とは違う発言を、ブフイは何とか方向転換しようと試みたが、テトツの言葉は止まらなかった。
「例えば、この旗を君は知っているか?これは君の新聞社の社旗ではないぞ。これはかつての我が国の軍旗だが、これをゾモ国では最近になって、戦犯旗などと言って、問題視し始めた。言っておくが、我が国はかつてゾモ国と戦争などしていないぞ。にもかかわらず、これも最近になって、我が国の企業を戦犯企業などと言い始めた。君は、これを、どう思うかね」
ブフイは相手の様子を伺いながら慎重に答えた。
「まあ、我が国は加害国ですから、ある程度は仕方がないかと」
するとテトツは、案外、冷静なまま言葉を続けた。
「そう、ある程度は仕方がないか。でも、問題は、まさに程度だ」
その時、ブフイの頭に浮かんだのは「贖罪意識」と言う言葉だった。それを、この場で、どう表現しようかと思案していると、話をやめたテトツが、机の引き出しから何かを取り出し、言った。
「君はこの少女の人形の歳を、いくつと思うかね?」
テトツが取り出したのは、少女の人形だった。