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掌の中の  作者: 道草 和音
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3/4

握る掌の中には

3話目です。9月に入り3話目です。とりあえずの完結ストックがなくなっただけ続きの構想はあるけれど、ちょっと他の物語に手を付けていこうと思うので、一時眠らせます。

なので、通して読んでもらえたら最高にハッピーです。

 ――『勉強をしなさい。そして多くの事を知って周りをよく見ること。そうすれば、きっと君も私の仲間になれるよ』

 小さい頃に憧れだった近所の年上のお兄さんは私にそう言った。家が近く昔からよく遊んだし、勉強も教わった。憧れの存在から好きになるのに時間はかからなかった。

 意識しはじめたのは私が16歳で彼が20歳なかなか相手にしてもらえなくなって行って心の距離が離れてしまうと思い、それが痛いほど嫌で、これが好きってことなんだと知った。

 私は彼の事をもっと知りたいと思った。それで休みの日に一日彼がどんな事をしているのか気になって後を付けたの。その時、人生が変わったんだと思う。

 まだ日が高くなる前に家を出た彼の後を付けると、都市部からどんどん離れていく。その分だけ少し心細く感じたけれど彼をじっと見つめていると心配もどこかへ行ってしまっていた。

 日が昇りきって少し落ち始めた頃にようやく着いた。彼に気づかれないように別のドアから電車の外へ出る。利用者はそこそこいて紛れて後をつけるのにはちょうど良い。

 駅から出て彼は町を歩き回り店に入っては出てを繰り返しその度に荷物が増えて行く。町の中にある普通の雑貨屋さんに入っていく、今までは食品店が多かっただけに少し違和感があった。こんな所になんの用だろうと不思議に思いながら待っていたが、今まではすぐ出てきていたのにここは少し待っても出てくる気配が無い。少し迷ったけれど我慢できずにそっと店内へ。

 中には様々なものがところ狭しと並んで、高い棚まで商品が積み上がっていた。視界が悪く、雑多でどこに何があるか店主でも分からないのではないか。ふと、階段を下りる音が聞こえた。彼の足音だと直感した。でもどこに階段があるのだろう。ごちゃごちゃした店内を歩き回ってもらちがあかないのでもう店主に直接訊ねた。

『こんにちわ。少し前に男の人入ってきませんでした?』

『いらっしゃい。少し前ってどれ位だね?その人とはどんな関係なのかな?』

 関係を聞かれて困った。結果、嘘を吐いてしまった『兄です。私、妹なんです。どんどん行っちゃうから置いてかれちゃって、それで、本当に今入ってきたところなんですけれど』

『ふーん、あんまり似てないねぇ。名前は?』彼の名前と私の名前を伝えると少し信用してくれたのか店の奥にある廊下へと案内をしてくれて、その先に地下への階段が隠してあった。

 地下にはまた店があった。こっちはお酒をメインにして簡単な料理も出しているような店だった。

 そこには異国が広がっていた、狭いはずの店内は途方もなく当てがなく突然一人を突きつけられる。

 知らない音楽、知らない絵、知らない物、知らない言葉。情報量の多さに目が回りそうになる。

 室内は薄暗く、うっすら煙がもやもやと濃淡をつくって揺らいでいた。

 空気が薄いのか慣れない場所だからなのか気分が悪くなり、しゃがんでいると彼が見つけてくれた。というか見つかってしまった。

 最初はものすごく怒られた、でもそれよりも見つけて助けてくれて、私を本気で心配してもらえたんだって。少し嬉しくなって、ちょっと馬鹿みたいで今思い返すと嫌になる。

 叱られた後はここがどんな場所であるのかを説明された。

『ここは国の監視の届かない場所。思考を無理矢理決められない、自由になれる』自由という言葉の響きと彼の声で私はそれが素晴らしいものなんだろうと分かった。

『自由の本質は自己の解放にあると思わないか?』彼の言うこと分からなかったけれど、うんうんと頷いてみたりしてちょっと浮かれてたのね。

『この国は【個人】という言葉を無くそうとしているんだ、国を一人の人間であるかのように、同じ思考で同じ方向を向かせようとしてる。人間の思考を制限して自我を薄れさせようとする。学校で習う事は他人と協力する、他人に優しく、思いやりを持って、そんな事を言いながら先生はそれらができない子に対しては思いやりの欠片もないほど否定する』少し喉を潤すためにグラスを傾ける彼の喉元をじっと見る。動いた。

『そんなんじゃ良い大人になれないって。言葉も声音も思いやってると主張しているけれど、実際には否定している。一部の協調性の無い人間をアホだクズだ反族罪だと決めつけ政府警察に連行させる。それが、大多数の人間との協調性であり、思いやりに繋がると、それだけ教えられてると頭がバカになってしまうんだ』グラスを勢い良くテーブルに下ろす。少しビクッとなって恥ずかしかった。

『ここにはそんな国の意図に気づきそんなのに付き合いたくない連中が集まってる。自由を感じられる唯一の場所だ。ここは音楽も本も酒も葉巻も禁止されてるものなんてなにもない。他国の文化を知ることだってできるんだ。たまに他国の新聞なんかも手に入って皆で交換しながら読んだりするんだ』

 一通りしゃべって疲れたのか、満足したのか分からないけれど、それから私を周りの顔なじみの何人かに紹介した。私は彼への想い以外は秘め事をせずに今日ここに来た経緯を何人かに話し、またおいでと言ってもらえた。

 帰り道というのはどうも不安になるものだったが、その時は不安よりも緊張で駅までの間二人は沈黙が続いていた。時々肩がぶつかるけれど、それはわざとで本当はずっとくっついていたいのだけれど我慢して偶然を装う。

 彼の沈黙の理由は違ったのかもしれない。

 彼が私の腕を掴んで引っ張り、走り出した。

 え? と戸惑う事も許されず、意味も分からず付いていく。

『痛いよ、ちょっとどうしたの?』彼の手をひっぱり足を止めさせた。手を離す事はしなかったけれど。

『急がないといけなくなった、理由を説明している時間はない。ごめんな』

『じゃあ、走るよ』うつむいた私を見て今度は優しく私を引っ張っていった。

 駅に着くとちょうど電車が来るというアナウンスが流れる。

『俺は残る、お前はちゃんと駅で降りて家に帰るんだ、分かったね』走りながら私のほうを向かずに言う。

 なんで?と問い返したが返事は無い。息を切らせてホームに着いた時ちょうど電車も来た。扉が開く。『早く乗るんだ』何かに急かされている様子だがとても優しい声音。

 乗り込んだ私は彼がホームから今度は走り去るのを見て何かいやな予感がしていた。

 走り出した電車が駅から離れて行く。駅に何人かの政府警察が集まっているのが気づいていたが、それがどういう事だったか理解できていなかった。むしろ、握られた腕の痺れに心が痺れてしまっていた。情けない。

 それから次の日もその次の日も彼は帰って来ることはなくいつの間にか4年ほど経っていた。そのころにはもう彼の事を思い出すことも無くなっていた。今思うとその時の私はとても薄情だ。

 思い出したのは、4年後一枚の紙切れを見た時。

 20歳になり結婚が決まり、決められた家に決められた日付に引っ越さなければならず、荷物を片づけていた時。

 そこには、彼と行ったあのお店の事を書いたメモが残っていた。ノートも学校側が管理するなかでこのメモが残っているのはこれが本当は悪いものだという認識がその時あって自分自身で隠したのだと思い出した。あの時聴いた歌の一節が書いてあった。どんな曲だっただろうか思い出せないが、ただその時の彼の様子が鮮明に一気に思い出される。彼の艶かしく動く喉、グラスを揺らす綺麗な指、会話が途切れると必ず私と目を合わせて微笑んだ彼の目元。

 気づけば、ぐっと涙を堪え、溢れた。なんて事を忘れていたのだろうかと、彼は消されてしまった?

 後悔なんて言葉では表現できるはずもないほどに私を許せなかった。気づけばこぶしを握りこんでいた。自分の顔面に叩き込んでやろうと考えて、やめた。そのかわり、自分の頬を両手で叩いた。

 あそこに行けば彼の事を覚えている人がまだ居て、あのときの事を教えてくれるかもしれない。私を叱責してくれるかもしれない。もしかしたらあの町でまだ生きてるかもしれない。

 一縷の望みを持ってあの町へもう一度行ってみたらそこにはもうお店はなかった。けれど、手がかりはあった。

 雑貨屋だった店は衣服屋になっていて、そこで前の店の事を訊ねると、この店の前の事を知っている人を紹介してくれた。

 新しい店へと行ってみると雑貨屋があり、あの時の店主がいて、私を覚えていてくれていた。彼のことも覚えていて、地下の店内へとまた案内してくれた。店の中にはちゃんと異国があって彼の仲間があの時と同じようにいた。

 またしてもその店内の異様さに圧倒されてしまい周りを見渡すだけしかできない。目が回り気分が悪くならないだけ以前よりましだけれど、これでは何しに来たのか分からない。奮起しなくては。

 私は彼の名前を3回叫んだ。1回目はまだ小さくて隣の人にも聞こえてないかもしれない声で、優しくて頭が良くて憧れてる人の名前を。2回目は少し大きく近くのテーブルに座ってる人が振り返るくらいの声で薄情にも忘れかけてしまっていた名前。3回目は店内の誰もに聞こえる声で思い出せた大好きでたまらなかった人の名前。

『誰か、知ってる人いませんか!』一瞬静まり返る店内に私のメモに書いてあった歌詞の歌が流れ、次第にざわざわする。

『おーい、こっちこっちー』と声のする方に視線を向けると振っている手が見える。手だけが見えた。遠いので他の人に隠れてどういう人か全くわからない。少し怖いけれどとりあえず近づく。

 姿が見えると、声の感じからしても女の人だろうと思ったけれど、カウンターに座って手を振っているのはやっぱり女性だった。でも、この薄暗い室内でサングラスをしているのはどうしてだろう。

『お前か、あいつの名前を叫んだのは』あいつはもちろん彼だろう。私は、はじめましてと挨拶をして名前を伝えた。

『面白い奴だな、いきなりあいつの名前叫ぶなんてさ、勇気あるね。ここの連中があんなに静かになったの初めて見たよ』けたけたと笑う。

『彼のこと知ってるんですか』興奮が収まらなくて声の音量がどうも調節できない。

『顔、真っ赤だ。気合入ってて良いね』

 彼女は少し思い出してるような仕草をしながら言う『私とあいつはね、マブダチだったよ』

『マブダチって、なんですかそれ』

 親しい友達ってこだよ。と教えてくれて、その後も彼の事彼が何で消されてしまったのか、この店が移転した理由。ここがどうやって存在していけるのかを話してくれた。

 国に認知されて居ないロストネームと呼ばれる人種がいる事。それを国は認めていないので、通常の国民には認知されていない。この事を知っているのは一部の政治家と本人達以外に居ないはずだったが、それを嗅ぎ付けてロストネームの集うここに現れた一般市民。それは捕まる対象だということ。更生対象ではなく消去対象として捕まるのは説明されるまでもなく分かる事だった。

『じゃあ、私も消されなきゃいけなかったんだ』

『え? 消されたかったのかな? なんなら現在進行形で消される対象だろ』彼女は鼻だけで笑う。

『それじゃ、あいつも残念だったな。こんな後ろ向きなやつ助けてどうかしてる』『まぁあいつもこんな所に来ちまったんだ自業自得とえばそうだけれどね』前半は私に後半は誰に向けてでもない言葉。私への怒り半分、自分を納得させるための言葉半分かもしれない。

『お前はさ、怒ってもらいに来たんじゃない?』

『そんなこと』あるのかもしれない。

『怒りはしないよ、勝手に来て勝手に見つかって私のマブダチを巻き込んだとしてもね、それにもう4年も前だよ、怒りの炎だって弱火になるさ』

『あいつは私たちロストネームが生きていけるように物資を流してくれていたんだ。ここの異国から流れてくるものを取引材料にしてね。自由の対価としてのリスクだとあいつは言っていたけれど、私たちは感謝しかなかった。甘えてた私たちも同罪なのさ。あの日だって物資を流してくれたんだ。あいつは政府警察に注意人物としてマークされていた。一人なら電車から降りて自分の町へさえいければ捕まる事は無いって言っていたから心配してなかった。でも、その日は』

『その日は私がいたんだ。そうだ、途中で走り出した、あれは付けられているのに気づいたんだ。それなのに私はどうして』

『捕まる気はなかっただろうけれどね、運が悪かった。駅からは逃げて私たちの町までもう少しという所まできていたんだ。あの辺りなら隠れさせてあげる仲間も多く居るからね。』

『まさか、またここに来るなんて思って無かったけれどね。そういえば、何しに来たの?』

『彼の事を思い出して、ここの事も思い出して、ここに来たら何か彼の事が分かるかもって、もしかしたら生きてるかもって』言っててこれほど都合の良い事を考えていたかと、私は浅はかだ。

『認識が甘い。どれだけ楽天的だよ』

 おっしゃるとおりです、そうですよね。反省の意を込めてうつむく。

『まぁ素直でかわいいとも感じるけれどね。事実をちゃんと伝えると、やつはあの日駅から離れた町までの道のりで捕まってしまった。隠れる場所もないし、多勢に無勢だしな、仕方ない。すぐに町だったら逃げ切れたかもしれないけれどな』

 その言葉を聞いて一つの決意を固めた。彼の事を絶対忘れない事と彼の変わりにできることをやるという事、彼の仲間に今度こそなってやるんだと。

 私、彼の代わりにここで仕事します――――


 ああ、全部話しちゃった。結構話したから疲れちゃったわ。さらりと妻は私に言う。こっちは衝撃で言葉を失っていると言うのに。

「そうして私は何度か物資を運ぶためにユリーを連れてあの店へ行ったのよ、まさかあそこで流れている歌を覚えちゃうなんて思いもしなかった」

「貴方はこの事を聞いたってどうも思わないでしょうね、明日からまた仕事に行って、帰って、寝て、仕事行っての繰り返し。ただ国に言われたとおり生きていくんだわ。それが悪いとは言わないわ、私やユリーを守ることになるんだものね。でもあなたは私を政府警察へ密告するわ。国が奨励されているから」

「違う、言われた通りなんてそんな何も考えてない木偶の坊みたいに人を言うな。それに私はお前を密告したくなんてない。でも、私は今までどれほどの人の人生を消してきたんだ、どれほどの思いも持たずに消してきたんだ。お前を消さなければならないと考えると、今までの仕事が頭を過ぎる。でもそれは国を信頼できていない事でそんな事を私は思っていなくて」どうしたら良いんだ、畜生。

「私消えるわ。ユリーのために消えなきゃ」

「なんでだ。お前を消してどうなる、密告なんかしない、したくない」

「あの子に私はこの国で生きていくには私の存在は危険すぎる。やっと気づいたわ。ありがとう」

「隠し通せるさ、お前もユリーも大丈夫だよ」

「私。私はあなたとなんて、もう居たくない。私は彼を忘れたくないし、忘れない。だからあの場所に行かなければならない。でも、それはユリーも、あなたも危険に巻き込んでしまう可能性がある。あの日の私みたいに。だから。」

 それでも。と言うべきだったんだろう。私にはその時それより先の言葉が見つからずただ、手のひらを握り締めるだけだった。


 妻を消した。今まで散々と他人を消してきた、いまさら自分の妻だけを助けたいという私の自分勝手な願いは妻自身が許さなかったのだ。だが、同時に自分の子供は助けたいと懇願する。

 ユリーは確かにまだ何も知らない。確かに敵国の歌をうたうのは反族罪として政府警察へと連行され、再教育を受けるか消されるか判決をされる。この場合再教育となるはずだが、簡単には戻ってくることはできない。誰にも渡したくない、これは妻の願いでもあり、私の思いとも一致した。再教育はまるで今までの事を忘れてしまったかのようになって、最悪で抜け殻のようになってしまうらしい。

 ユリーはまだ何も知らない、悪い事だと知らないのだと言い訳をして、今回の事を見逃す事にした。国に対する反族罪だと頭で考えてるが心はそうは言っていない。精神的な部分でだれかに露見する事はないのだからと言い訳を重ねる。

 これによって私はまたしても大きな呪いにかかってしまった事にこの時は気づかず。悪い方向へ進む事を一時的に見ぬふりをしたにすぎないと、誰も教えてくれない。

ご読了ありがとうございます。一旦眠らせますが、いつか続きを書けたら良いなとかも思ってますので、その時またよろしくお願いします。

お時間に余裕がありましたら、感想やら評価やら、批判やらをしていただけたら全力で喜びます。

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