掌の中の戦争
最初の1話目です。短編掌の中のに少し修正を加えていますが概ね一緒です。
2話目から投稿しちゃってどうしようって思ってるけれど、どうしたら良いだろうか。下見たら割り込み投稿とかいうのあるー!ありがとうございます運営様!
と、と、とりあえず楽しんでもらえたら幸いです。
煙のように消えてしまう。
記憶の中のあなたの顔や声、思い出の中にしか無い。その思い出も徐々に薄れていく。
不思議と悲しくは無い。それは、きっとそういう事が世の中に蔓延しているから。私だけではないのだといい聞かせなくともこの国では小さい頃から普通の事なのだから。
私の母さんも家に帰ってこくなって、それから父と二人で過ごしてきた。
『いいかユリー、母さんはもう帰ってこない、それでも私達は変わらないよ』
理解も納得もしなかった。なぜなら疑問にすら思っていないのだから。そう言うと血も涙も無い鉄のような人間なのかと思われてしまうから、それは少しほんの少し違うから言っておく。もう会うことが出来ないと思うと淋しくて悲しくて泣いてしまう事が良くあった。例えば買い物をしているとき、お母さんの好物が目に留まった時、思わず口ずさんだ鼻唄がお母さんとよく一緒に唄った曲だったりした時。夜寝れない時にはお母さんの洋服に包まれて泣きながら寝た。人並みに悲しんだと思う。けれどしだいに忘れていく。忘れてしまう。もちろん憶えていることもあるけれど、どれもおぼろげだ。本当にあったことなのかもう確かではなくなっていく。
しかしそれはお母さんだけではなかった。学校の友達、先生、隣の家のおばさん他にも関係のうすい人もいなくなってしまう事はたびたびある。
それだって当然のように受け入れられる。誰かがこんな事は間違っていると言うことなんてない。思ってもいないのかもしれないし、実際に私がそうだった。
大人になり、世の中の仕組みが少し理解できてきた頃には、仕方が無い事なのだと理解した。
国を動かす政府、バンモルク党。
私もその中の仕組みの一部を担う仕事をしている。
お父さんに厳しく育てられ、10歳を過ぎた頃、国が行っている教育組織チャイルダーに入る事ができた。このチャイルダーという組織は国に都合の良い人間を作り出すという使命があり、将来の安定した生活には欠かす事のできない組織だ。
では、都合の良い組織とは何か。
この国は民族意識の塊で、一致団結し敵国へ対抗する事を求められる。いや、強く言えば強要される教養を植え付けられる。
小さい頃の国の基本的な教育方針がこれ。それをさらに高めた者がチャイルダーに入る事を許される。つまり、この民族意識が高い方がより良い生活に繋がるという性質を持っている。
密告は正義だとそう教え込まれるのだ。そうする事で国へ貢献した見返りも少なからずあるのだからよく出来ている。
小さい頃私よりも優秀とされた子供は自分の親ですら、この民族意識に反しているという疑いが露見すると民族警察へ報告し、実際に親を無くしてしまった者がいた。今思うと、とても不思議だ無くして、失くして、亡くしてしまった事に悲しむのではなく、親が実際に反族罪となってしまった事に悲しむ。
今思うと正直気持ち悪い子供。
私の仕事は、党内で決定された反族罪になった人間の人生の履歴を消去するというもの。
離反した考えを持った者などいなかったという事にしたいのだ。
でもそうなると、お母さんのような場合私を産んだ事は消す事の出来ない事実はどうなるのだと思う。私は今、孤児となっている。お父さんは本当のお父さんではないらしい。
もしかしたら本当なのかもしれない、少しの記憶がそうではないと言ってくれるけれど、他の人はそうではない。薄れる記憶がは記録に塗り替えられてしまう。
これは人の歴史に限った事ではなく。国の歴史そのものを国内で偽る事だって可能で、例えば、実はこの政党は300年続いているという話になっている。常識として教育組織で習う事だが、果たして本当なのだろうか。
色々な書物には確かにそう書かれているが、その色々な書物は国が作る他の機関は作る事さえも許されていない。それならいくらでも嘘、偽りを書き記す事が出来る。
戦争を行っているらしい。私が産まれる前から戦争状態らしいので最低でも30年以上。しかも、敵国はその中で幾度となく変わっていた。何年かすると勝利するのだ、そしてまた新しい敵が現れる、常に正義はわが国にあると高々に叫びながら。
戦争はいつも民族意識を煽り統率するのが目的で、同族が虐殺され国が侵略された歴史に対しての復讐であり、報復なのだという理由が多い。これについてもいくつもの嘘によって塗り固められ、張りぼてを何重にも重ねられた。事実を知るのは政党でも一握りの人だけ。その中の一人に私の父がいる。
私は父に手紙を書いた。
国の中で、私の愛した夫は無かったものになってしまった。
それからというもの、私の頭の中にあった二つの思考がしっかりと色分けされてしまった。一つは政府の歴史に嘘は無く正しい、政府のやることは正義であり、これを疑うものは悪であるという思考。もう一つは私の仕事は歴史を変えていくもので、じゃあ政府は嘘を私たちに吐いているのではないか。それなら私の愛した夫は政府に都合が悪いから消されたのかという思考。
私と夫の出会いは党内で決定されたものだった。党内では恋愛というものは原則禁止されており、党の中でも上の階級である上級党員により、作為的に選ばれる男女のみが結婚を行う事ができ、子供を10年以内に2人以上産む事が奨励されていた。もちろん誰でも上手く行くわけではないので産むことができなければ仕方ないこととされていたが、その行為を自分の意思でおこなわない事はお互いが許されない。
夫婦でありながらも監視の対象になり得るという状況である。私は夫を監視し、夫は私を監視しなかった。でもそれは、監視をしている私だから気がつけたことだと思う。夫の偽装は完璧でその事以外は全く反族罪の予兆を感じさせなかった。
それでも、消されてしまったのは仕事の所為でもある。
夫は党内の教育課で、チャイルダーの育成を主に行っていた。その中で、優秀な生徒に訴えられてしまった。
党内で決定された結婚ではあったが、私と夫は義務だけで生活を送っていたわけでは無くなっていた。愛は育まれていた。子供は出来なかった、本気で欲しいと思い始めていた。そう、これも、義務ではない自分の意思として。彼に抱かれる夜に焦がれて昼間を過ごす日もあるほどに。人を好きになるという感情があふれ出してきた。こんな気持ちになった事は初めてで戸惑っていた。
好きな人を失った。その後の私は、悲しみの中にいながらも、いつか帰って来るのではないかと事実を否定していた。それから初めて私は党への怒りを覚えた。私の大事な人をまたしても奪っていく。
私は目を覚ましてしまった。怒りの先には何も無かったどうする事もできないこの国の仕組みがそこにはあったのだ。何も出来ず、変わらずに隷属し続けるしかないのだろう。今のこの国は間違っていると私は思うけれど、信じている者たちには決して悪い国ではない。このままで良いのかもしれないしどうする事もできないのなら私の思いは隠し通さなくてはならないのだ。私自身も消されてしまう。
私は仕事に打ち込む事にした。その仕事は、反族罪と認められた人間の記録の消去をするというもので、その人間がどういった人生を歩み残したのかを調べ書き換えたり、消去したり改変したりといった内容。同じ仕事を三人ほどで行い、つじつまが合うように仕立てるのだ。もちろんチェックがあり、党の意に沿っているか判断される。
周りの人間は私がこの仕事をしている事を不思議に思ってる人間もいるだろう。自分の夫が消されたて間もなく、消す事に加担するような仕事をするなんてどうかしていると感じる者も声には出さなくともいるのだろう。もしくは全く不思議に思わないか。思わない人間は完全に隷属してしまっていて、私が仕事をするのは当然だという考え。
ではなぜこの仕事を続けているのか。
私は私以外の人間も同じような思いをしてしまえばいいと思っています。
辛いのは私だけではない、この消されていく人間の近くにいる者は同じ仲間となってくれるかもしれないと。つまり、目を覚ましてくれるのではないかという、とても小さく意味があるのか分からないけれど、これが私の党への反乱で戦いだ、これが氾濫するなら消された人間にも意味が出てくるのではないでしょうか。
もちろん、同じ悲しみを味わってほしくないと思う心を持っていないわけではないが、それこそ私の力のおよぶところでは無い。できる事をできるところまでやってやるという思いで、この仕事へ打ち込むことにしたのです。
最後になぜ私がこのようなものを書き記しているかという事に少し触れておきます。
党内ではお互いを監視しているような状態が常であり、こういった思考は表面に出さなくとも察せられる事がある。(そういう事に敏感な人の寄せ集めだから。)
そんな中にいると、どうかしてしまいそうなのだ。どこかに放出しなければならないと感じた事が理由の一つ。
もう一つ、それはこの思考を奪われないようにしたいという気持ちから。この国ではみんなが同じ方向を向いていないといけない。それはもう正すことができないほど人の根に沁みついてしまって、どうすることもできない。そんな中にいると立ち所に戻させれてしまうの。
確認するものが欲しかった。ただ、これはとても危険な行為である事は間違いがない。見つかれば完全に無かったことにされてしまう。それでも必要な事のように思えてならなかったのです。
最初はメモみたいなものだった、これを手紙としてお父さんに送るのは、再婚の決定が政府から通達されたからです。
手元に持っておくのは新しい夫と一緒では見つかる可能性が高い。なら捨てようかと思ったけれど、お父さんに送る。昔叩かれて泣いた時、その歌は歌ってはいけないとなんども、なんども抱きしめながら言ってくれたから、だからだよ。私忘れてない、今だから分かる、あの時に生かされたって事。
――――
私は娘からの手紙の一枚目を一通り読み終え机に置き眼鏡を外し目を瞑った。
薄暗い部屋にはランプが一つ机の上で煌々と揺らめいている。部屋には明るければ、周りには多数の本が並んでいる。これほどの量の本を個人で保有する事が許されているのは、長い間党への忠誠を誓い国の発展へ貢献した功績によるもので、許可が無ければ出来ない事なのだ。
私は部屋に一人ランプの照らす机と椅子そして私の存在しかない。私は手紙をさっと見返し、二枚目へ。そこにはこう書かれている。
【お父さんごめんなさい、この手紙を渡すという事がどういうことなのか、私は分かっています。それでも、最も信頼できる人はもうお父さん以外にいないのです。なのでこれを託す事にします。 ユリー】
『残念だよユリー、お前まで母さんと同じなんだな』
私は妻をユリーの母を消した時の事を思い出さずにはいられなくなった。
読了ありがとうございました。拙い文章ですが、また次回のお話も読んでもらえたらと思ってます。
書けたらだけれど、生きてたら少しづつ書いていくつもりです。
またよろしくお願いします。