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琢磨の場合

小説家になろう、初投稿作品となります。

短編、二話完結作品です。どうぞよろしくお願いいたします。

「うん、うん……分かった。じゃあそろそろ時間だね、気をつけて来るんだよ」



 電話の先からは、小さくバイバイと呟いた声が耳に入る。僕も小さく、うんと返して通話終了のアイコンをタップした。


 時間は午前九時二十分。会社のホールには朝から燦々と初夏の日差しが窓から入り込む。

今は朝のミーティングの時間なのだが、この一本の電話を外すわけにはいかず、僕はミーティングを外させてもらっていた。


 オフィスに戻ろうとスマートフォンをポケットにしまい、足早に歩き始めた矢先に後ろから声を掛けられた。


「Takuma! What are you doing now? / タクマ!何してるんだい?」


 タクマ……笹山琢磨、それが僕の名前。

 声を掛けてきたのはニック・テイラー、この日系企業で働く現地オーストラリア人の同僚。僕がここに配属されてからというもの良く面倒を見てくれる。ニックの方が二歳上だが年齢が近いということもあってか、特に仲の良い同僚の一人。


 そう、ここは日本ではない。オーストラリアの都市、ブリスベンのある日系企業で僕は働いている。


「Hi, Nick. I’m just skipping. / おはよう、ニック。サボってたところだ」

「You? That’s impossible. / 君が?君に限ってそれはあり得ないだろ?」

「You got me. I was calling my fiancé. / バレたか。彼女に電話してたんだ」


 ニックは大きく頷いてにっこりと微笑んだ。そして僕の手を取り固く握りしめながら、もう一方の手を背中に回し力強く抱きしめた。


「Congratulations! Takuma. Finally, it is going to start! / タクマ、おめでとう。いよいよだな」

「Thanks you. I’m going to pick up tonight. / ありがとう。今日の夜には迎えに行く予定なんだ」

「I see. I want you to introduce me to your fiancé. / そうか、ちゃんと後で紹介してくれよな」


 本当に家族のように喜んでくれるニック。表情や仕草などから、嘘偽りなく祝福してくれているのが分かる。本当に、良い先輩を持った……いや、良い人と知り合えたと実感する。


「OK, I’m going back to the office. / 分かってるよ。じゃあそろそろオフィスに戻るよ」


 そう言って再び軽く握手を交わす。ニックは終始微笑んでいたが、それぞれのオフィスに向かおうとした時に何かに気付いたような表情を浮かべた。


「Ah, that reminds me, what’s her name? / そういえば…彼女、名前は?」

「……Yuki. Yuki Sasayama. / ユキ。笹山ユキだよ」


 ユキ、そう呟いてニックはうんうんと頷く。そしてオフィスの方へ足を運びながら、天井へと手を挙げる。


「Good name! god bless you. / 良い名前だ、二人のこれからに祝福を!」


 こちらを見ずに手を挙げ去って行くニックの背中に、僕は深々と礼をした。

オーストラリアに来て二年経つのに、身体が自然とそうさせた。



 今日から初めて、彼女とのオーストラリアでの生活が始まる。



 オフィスに戻ると、ミーティングは終わり、それぞれの社員は自分のデスクに向かいパソコンのキーボードを叩いている。電話でやり取りしている社員が何人かいるが、日本語と英語が縦横無尽に飛び交う。二年もいるため、それぞれの言語での脳内変換をする環境にはもう慣れた。

 日系企業であり、僕の所属する部署は日本とオーストラリアの中継役。そのため、ここの部署は九割の社員が日本人。だからこのオフィスでは日本語が第一言語である。

 僕は自分のデスクを通り過ぎ、そのまま直属の上司である西村課長のデスクへと向かった。西村課長は僕に気付き、叩いていたキーボードの手を止めてにこりとした。


「課長、遅くなり申し訳ございません」

「なに、良いんだよ、こんな時くらい。無事に来れそうか?」

「はい、おかげさまで。予定なら今日の夜七時には空港に到着すると思います」

「それならなによりだ」


 西村課長はパソコンの隣に置いてあったスターバックスのコーヒーを手に取り、ゆっくりと飲んだ。猫舌なのにホットで買うもんだから、実は本当にちびちびとしか飲んでいないことを僕は知っている。ブリスベンのオフィスはどこも冷房が強いため、夏で外気温が四十度近くでもはっきり言って寒い。だから無理してもホットコーヒーを飲みたくなる気持ちも分かる。


 西村課長に頭を下げ、僕は自分のデスクに座りパソコンを開いた。

 本来はメールの確認からするのだが、ユキが無事にフライト出来るのか心配で堪らなかった僕は、前日まで何度も確認したはずの天気予報をチェックする。楽しみではあるが、心配が第一に来てしまうのは僕の悪い癖だ。



 ユキとは大学時代に同じ大学で知り合った。友人から紹介されたことがキッカケで、共に過ごす時間が多くなりやがて付き合い始めた。

 ユキはとても小柄な女の子で文系女子という言葉がとても似合う、黒髪の大人しい印象の子だった。しかし印象とは逆に、行動力のある子で自分の興味のあるものには何でも調べる、やってみるというスタンスの女子だった。そんな彼女を心配性の僕は気になって仕方なく、あれこれとつい口出ししてしまう。そんなバランス加減が、僕らには丁度良かったのかもしれない。


 付き合い始めて五年、大学卒業後にそれぞれ都内の会社に就職し働いていたある日、僕自身にオーストラリア駐在の内示が出た。英語が得意というのはあったため覚悟はしていたが、やはり実際に話が出ると少し戸惑う。

 仕事としては問題ないが、ユキを置いていくことが心配で堪らなかった。


 散々悩んだ挙げ句、僕はユキと別れることを決意した。


 ユキにはストレートにオーストラリアに異動になることを伝えた。

 次はいつ会えるか分からない、日本に戻ってこれるかも分からない。もしかしたらもう会えないんじゃないかということも。

 ユキの顔を直視することが出来ず、とても悲しんでしまうだろうな、悪いなと思いながら心にも無い理屈をあれこれ並べていく。話を聞いているのかいないのか、時折周囲を歩き回ったりしていたユキが突然僕の顔をのぞき込んだ。その時のユキの顔を今でも忘れられない。満面の笑顔だった。



「じゃあ一緒に海外で生活出来るんだね!すっごい楽しみ!」


 

 まさに狐につままれた状態、僕の中の時間は間違い無く一瞬止まった。

 ネガティブになりすぎていた僕はうっかりしていた。そう、これがユキであり、僕の恋人だな、と。このまっすぐで純粋で無垢なのに強い、それが僕の大好きなユキなんだと。


 ほどなくして「別れよう」の言葉は「結婚しよう」に変わっていた。



 パソコンに映る広告画面は、どこもクリスマス商戦でいっぱいだ。オーストラリアは十二月が夏であるため、サンタクロースも大変な薄着でサーフボードに乗ってやって来る、なんてのは日本の古い噂で、実際のところはほとんどの場合で厚着のままだ。


 空港に迎えに行く前に、僕は予約しておいたユキへのクリスマスプレゼントを取りに行かないといけない。



今日はクリスマスイブ。



僕たちにとって十二月に二人で過ごす初めての夏が来た。


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