064 光秀の最期
天下分け目の戦いに勝利した信忠。その時各地の状況は?
明智光秀さんの最期が伝えられた。山崎から近江へ落ち延びる途上、落ち武者狩りに合い、命を落としたと言う。
いずれにしても落ち武者狩りに襲われる程、軍勢は既に離散していたという事だ。
我々は、一旦本陣を移していた勝竜寺でその報告を受けた。
一同、やっと落ち着けると言う安堵の表情を浮かべていた事は言うまでも無い。
私は、勝竜寺に入って漸く目を覚ました。多少ふらふらしなくもなかったが、別に体を痛めている訳でもなく、その後の状況が知りたかったので、何気ない素振りで信忠さんの側に復帰していた。
一瞬信忠さんが、私の方を心配げに見たが、大丈夫!といった感じで小さなガッツポーズを見せたので、とりあえず何も言わずに置いてくれた。
現在勝竜寺に集まっているのは、秀吉さん、丹羽さん、官兵衛さん、信澄さんというメンバーだった。勿論、私と十蔵と佐助は信忠さんの金魚の糞の様に引っ付いている。
ここに居ない信孝さんは蜂谷さんと共に近江へ向かっている。恒興さんも小六さん等と明智の残党を狩りつつ、やはり其方に向かっているので、現地で連携して近江の平定に当たる手筈になっている。
信雄さんと順慶さんは、明智軍の掃討が一段落付くまでは、しばし留め置かれるが、何もなければ、一両日中には各自所領への帰還が命じられるだろう。
「権六(柴田勝家さん)が参陣の知らせを送って来ております。」
丹羽さんが報告する。もう別に来なくて良いのに・・とは流石に誰も言えない。
「とりあえず、こちらはもう良い。安土に直接向かわせろ。といっても勝家が付く頃にはあちらも落ち着いているだろうから、あまり大勢つれて来なくて良いと伝えてやってくれ。」
しょうがないので信忠さんが代表して言う。其れより北陸の守りを宜しく!って事であろう。
「岐阜はどうなった?」
信忠さん、気になっていた安藤守就の蜂起について聞くと、こちらも丹羽さんが答える。実は主水経由小助から既に報告を受けていたのである。
「滝川殿は、木曽から岐阜へ押し出され、稲葉良通と連携し、安藤守就を一蹴。安藤守就は北方城にて討ち死にしたとの事です。」
信忠さんが無言で頷くと丹羽さんが続ける。
「滝川勢は近江に押し出すかどうかを窺っていた様ですが、沼田から北条が動いたとの連絡を受け、急遽東国に取って返すとの連絡を寄越して既に引き上げております。」
「北条が動いただと?!狙いは上野か?」
其の場がざわついたが、流石の丹羽さんも「いえ其処までは・・」と言葉を濁す。
「東国の情報は何処まで掴んでいる?」
信忠さんが今度は十蔵に向かって聞いた。当然知ってるよな的な聞き方に一同十蔵に注目する。十蔵が真田の者と知っている者は兎も角、そうでない者は何故近習如きに?と疑問を持ったに違いない。
若干、苦笑しつつ十蔵は私に視線で許可を求める。まだ私に報告してい無い事だからだろう。つい先まで私は倒れていたのだから、報告のタイミング等ある訳が無い。私は小さく頷く。
「北条軍は厩橋城を抜いて沼田城へ向けて進軍。正確な兵数は不明ですが、一万近いのでは無いかと。滝川殿から留守居を任されていた真田昌幸殿が、遅滞戦闘を繰り返しておりましたが、今は沼田城に依って篭城しているとの事です」
おお、と一同から感嘆の声が上がる。やはり父の名は皆思うところがある様だ。続ける十蔵。
「甲斐に御座いますが・・。」
みながゴクりと唾を飲み込むのが聞こえる。当然徳川がらみに動静だからだ。
「甲斐の土豪達が複数一揆を蜂起し、河尻殿は一時かなり危険な状況に追い込まれた様ですが、此方も信州から真田昌幸殿が援軍に参られ、河尻殿と協力し、一揆は既に鎮圧されているという事です。徳川殿も援軍を率いて、甲斐に向かわれた様ですが、昌幸殿が「既に鎮圧したゆえ不用!」と追い返されたとの事です」
皆が少し唖然としたのがわかった。恐らく信忠さんですら多少遠慮があるあの徳川家康を追い返す等、恐らく父以外には出来まい。
「しかし昌幸殿は一体何人おられるのだ?沼田に居ったのではないのか?」
当然の疑問を秀吉さんが漏らす。まぁ欺瞞と詐術の情報操作は真田のお家芸だ。恐らく沼田の方は矢沢さん親子か(堀田)作兵衛。徳川さんへの啖呵の斬り様から察するに甲斐の方は父自らが出張って来たのかな?
なんにしても楽しそうだな!父よ!
「実はもう一つ・・」
十蔵ですら少し苦笑しながら更に付け加える。
「柴田殿の北国勢と共同で魚津城を攻められていた森長可殿ですが、北国勢が急遽撤退してしまった為、敵中に孤立。こちらも、真田昌幸殿が撤退を支援。無事海津城に入城されたとの事です」
さすがに皆呆れ顔である。うそだろおい?と言う感じだ。
そちらは恐らく兄だろう。撤退戦となれば忍びの活躍の場ともなるし、新府城からの撤退を成し遂げた兄ならば児戯かも知れない。父の名も当然相手を威嚇する為に使われたと考えるべきだろう。後でこっそり信忠さんにだけは教えてあげよう(笑)
しかし、本来ここまで詳細な情報を開示する必要はないのだ。恐らく十蔵めはお家の宣伝を企んだのかもしれん。まぁ嘘は付かないだろうから良いけどね。
「さて」と信忠さんが、場を仕切りなおす。
「長秀。おぬしは先に安土に向かい。重臣どもを集めよ。今後の差配について、皆の前で申し渡す。集める者たちはお主に任せるが、現在進行形で懸案を抱えているものも居るだろうから、その辺の事情は考慮してあまり無理をしない様言ってやれ」
これは今回の一連の騒動に対する論功行賞を行うという事で、事実上の信忠さん天下の後継者としての所信表日表明と言う事になる。
まぁもともとの嫡子であり、今回の実績を考えればそれに異論を唱える者は(たとえ信孝さん)でも無いであろう。
皆気を引き締める様に、ははっ!頭を下げる。
「俺は、その前に一旦、京へ向かう。治安の回復と(村井)貞成と禁裏の対策を行う。東宮殿下にお詫びとお礼を差し上げねばならんからな。藤吉郎もついてまいれ。」
「して、京でそれがしは何を?」
これまでさほど京の公家どもとはあまり付き合いの無い秀吉さんが聞く。
「京で父の葬儀を行う。お主はその準備の差配をせよ。まぁ葬儀の前に安土に一旦戻るがな」
ははー!と一際平身低頭する秀吉さんであった。
タイトルの割には、明智さん一行でナレ死です(南無)。光秀さんファンの方すいません(^^;Aついにおゆきとめぐり合う事がなかったのが光秀さんの不幸でしたね(笑)一方結果的にやたらからむ事になった斉藤利三さん。次回その辺の話を少しやります。




