3−1
人間に戻ったヘンリック。
ウマになってしまったレオナルド。
それに鎧を身につけた王女オーレリアは山道を歩いていた。
目指すは兄弟の仇、白い氷の魔王が住む吹雪の山。
レオナルドの上で揺られているオーレリアは、ガシャコンガシャコンと鎧の音を立てていた。それが静かな吹雪の山に続く道にやかましく響いていた。
(うるさいなあ)
レオナルドはぽくぽく歩きながら思った。
(思ったよりも重いなこの女)そんなことも思った。
ウマになってもレオナルドはレオナルドだった。姿が変わっただけで中身はレオナルドそのままだった。
(背中が痛い)
レオナルドが人を乗せるのはオーレリアが初めてだった。ヘンリックは兄の事だから遠慮してか、一回も乗ったことはない。いつも口取りをしている。
(なんでこんな時に魔王を倒しにいかなきゃいけないんだ)
レオナルドが思う「こんな時」とは、自分がウマになってヘンリックが人間の時のことだ。
兄の目からみてもヘンリックは戦いには向いていない。
むしろ本を読んで楽器を弾いてお茶を楽しんでいるようなタイプだ。性格も優しく穏やかで、戦いには向いていない。
反面、王子には向いていると思う。優しくて、聞き分けの良い、みんなから慕われる王子様。そんな王子が戦いに向くはずがない。
今から倒しに行くのは蛇のアクタイオンなどとは比べモノにならないキケンなヤツだ。そんなキケンな魔王に戦いを好まないヘンリックが勝てるわけがない。
優しく穏やかで物静かな白ウマに乗って出てきそうな王子が戦いに向くわけがない。
そういう意味ではヘンリックはまさに絵に描いたような王子様だった。でも、その王子様の姿は夢物語に出てくるようなものだとレオナルドは思った。
(王子とはもっと強いものだ)レオナルドはいつも思っている。
(白いウマに乗ったひ弱な王子になにが出来るか?強くなきゃ王子なんてつとまらん)
「寒くなってきましたねえ」ヘンリックが白い息を吐きながら言った。
(これくらいで何言ってやがる)レオナルドは情けなくなった。でも、自分は毛皮を着ているようなものだから、これは虫のいいことを言っているだけだった。
「そんなに寒さは感じませんが」そう言ったのはオーレリアだった。
(この女はなかなか肝が据わっているな)そんな感想をレオナルドは持った。
夜になった。
王女と王子とウマの一行は洞窟で夜露をしのぐことにした。
洞窟はウマが入っても問題がないくらいに間口の広い洞窟だった。
日が落ちて一段と寒さが増してきたが、火を付けると暖かくなった。
レオナルドが草を食べている様子はウマそのものだった。これが自分を助けにきてくれた男とは思えない。オーレリアはそんな感じがした。
夕餉の支度はヘンリックが全部やった。オーレリアは獲物をとってくるので精一杯だった。
それでも王女様にしては獲物を捕ってくるだけでも大したモノだった。一頭の鹿を首尾良く捕らえた後、オーレリアは山の神様に、自分が捕らえた鹿に感謝の祈りをした。
生まれて初めて鎧を着たオーレリアだったが、不思議と体の疲れはなかった。父がくれた(というよりぶんどった)鎧にかけられた魔法のおかげなのだろうか?
「不思議なものですね」たき火を見つめているオーレリアが言った。それは誰に言っているでもなかった。立ったまま寝ているレオナルドの耳がぴくりと動いた。
「何がですか?」ヘンリックはオーレリアを見た。炎に照らされた顔はことのほか美しく見えた。
「私たちの国では、王女は白ウマに乗った、きれいな服を着た王子様が助けてくれると教育されたものです。その王子が名前を教えてくれたら、その人と結婚するものなんだと。
でも、私を助けに来てくれた人は白いウマどころかウマにも乗ってない、腰巻きしかしていない、白ウマに乗った王子とはかけ離れた人でした」
「兄のことですか?」
ヘンリックの言葉にオーレリアはうなずいた。
「兄はいつも言ってました。
『毛並みの整った白いウマに乗った王子なんかに何が出来る。本当に強いヤツは格好なんか気にしないもんだ。俺は汚らしくても強い王子になりたい』って。兄はその通りの王子になりましたけどね」
「私は彼の名前を知っているのに、彼は私に名前を教えてくれませんでした。こういう場合は私たちはどうなるんでしょう」
レオナルドの耳がぴくぴくと動いていた。
「どうもならないですよ」あっさりとヘンリックは言った。
「運命とか理想とか、そんなものは何にも意味はないです。僕たち兄弟も普通に王子の暮らしを送っていけると思っていました。でも、今はこんな感じです。運命とか決められたことなんて私たちの世の中にはないんです」悟ったようにヘンリックは言った。
「そうなの?」オーレリアはヘンリックに言った。どうもこの物静かな王子と話していると、自分の弟と話をしているような錯覚に陥ってしまう。
「だから私たちは、洞窟で寒さをしのぐために、こうしているんだと思いますよ。少し前までは顔も名前も、一生出会うこともなかったはずの僕たちが一緒にいるんですから、運命とか理想なんて宛にもなりませんよ」
「そうね」オーレリアは納得するしかなかった。まさか自分が父の鎧を着て魔物退治の旅に出るとは思ってもいなかった。本当は助けられる方なのに。
入り口の方でぶるるという声が聞こえた。ヘンリックとオーレリアは反射的に腰を上げた。
ついでウマの足音が遠くに消えていった。
「水でも飲みに行ったのかな」ヘンリックが言った。
レオナルドの行動はウマそのものだった。というより、オーレリアにはレオナルドが起きていた事の方が気になった。今までのヘンリックとの会話をレオナルドは聞いていたのだろうか?
「兄が居る所ではこんな話は出来ないのですが」とヘンリックは切り出した。
「どんな話?」オーレリアはヘンリックの顔を見た。
「実は、私と兄にかけられたウマの魔法を解く方法はあるんです」
オーレリアは目をぱちくりさせた。どういうことなのだろう?私たちは呪いを解くために氷の魔王を倒しに行くのじゃないだろうか?
読了ありがとうございました。
まだ続きます。




