迷宮の新城(上)
サクとレイ率いる第一隊は泉への道に到着した。
数十の遺体が横たわる。
やはり遅かった、とサクは思う。
「この遺体の衣は望邑の戦士……。望白さま……無事でしょうか」
「激しい戦いだったようね」
サクはあたりを見回した。
望白の衣は見当たらない。
ゆえに、望白の行方について考えられることは──。
泉へは山道である。急な斜面に、鬱蒼とした森林地帯。じめじめとして、虫が飛んでいる。
遺体の腐乱も早い気候である。サクは足元の死者に祈りを捧げた。
いずれにせよ、取りうる行動はひとつである。
「レイさま。先を急ぎましょう」
「ええ」
サクは、ハツネの部下のひとりに告げる。
「望白さまの行方を探してください」
望白の行方を部下に任せた。本陣の防衛を優先するのだ。
第一隊のレイとともに、移動する。
山道であるため、戦車から降りて先行した。
サクは本陣に戻る間、歩を進めるたびに熟考を重ねる。
──本陣につくまでに、できることはなにか。
サクの知恵は武器である。
そして課せられた使命は、セキと望白の危機を回避し、虎封を撃退すること。
動かすことのできるのは第一隊と第九隊のみ。
──婦好さまなら、どうするか。
紅の衣の背中を目蓋の裏にみた。
内なる婦好と対話し、答えを求める。
(総大将に逃げ道を用意します)
『悪くはない、次の考えを申してみよ』
(住民を逃がし、城が空であることを装い、撤退させます)
『時間が足りない、次の計を』
(遺体から偽りの望白さまの首を差し出し、撤退させます)
『人道に反する、次』
(第一隊の力に頼り、撃破いたします)
『定石だ。しかし、味方を危険に晒す』
(やはり、敵を逃がし、あるいは討取るのが上策。しかし、どうやって……)
目を閉じると、華の香がする。
(まだまだ、だ。よく考えろ)
──もし、虎封が婦好さまだとしたら。
好機であり、危機である。
──とすると、一番嫌な攻撃は、なにか。
己の造った城を攻略することを頭に思い浮かべた。
──攻めるにはとても難しい。
サクは瞳を開けた。
──そうだ。
虎封がこれから踏み入れる城は、攻める側として最も難しい城である。
◇◇◇
サクたちはさらに本陣への道へ進む。
木漏れ日を受けた水面がきらきらと煌めく。
「あっ……! レイさま。この泉の水を飲んではなりません」
泉は褐色に染まっていた。
「どういうこと?」
「これはもう、毒の泉……です」
セキとサクの計らいにより、敵が来れば、泉に毒が入るように仕組まれていたのである。
烏頭であった。
そのほかに、敵のための罠も破られている。
「毒の泉?」
「この道を攻撃されることを見込んで、罠を仕掛けていたのです。味方以外の者が泉を使用しようとすると、毒が撒かれるようにしております。残念ですが、この泉の水はしばらく使えません。敵に使うのみです」
その他、敵を捕まえるための罠をセキとともに仕掛けていた。
しかし、敵の強力な力によって、一撃のもとに破壊されている。
計略が足りなかったのだ。
サクは、罠の失敗と浅慮を噛みしめる。
サクは罠に手を添えて言った。
「罠が破られています。セキさまが危ないです」
「ええ。行きましょう、サク」
「レイさま、わたしに考えがございます。まずは武器庫へ向かいます」
「武器庫? なにを使うの?」
「縄と、弓を使います。それから、あの泉の水を使って、湯を沸かすのです」
◇◇◇
その頃、虎封が本陣を侵していた。
セキは第九隊を指揮して城を守る。
「困ったねぇ。あたしゃ、戦にゃ弱いんだよ。でもさ、防備は徹底できるさね」
城の中は、迷宮のような造りをしている。
裏道から攻められてもいいように、固い銅の塀を幾重にも重ねている。
「サクの計略もあるし、三日はもつかな。さてさて、どうしたもんかねぇ。こういうとき、婦好さまやサクがいればいいんだけれども。ま、予定したととおりにやろうじゃないか」
セキは、拳を胸のまえで二度叩く。
サクの想定通りに第九隊を布陣する。
「サク。あんたの築城の知恵を試すときだよ!」




