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紅紐の戦

 サクがレイと作戦について話していると、第一隊のふたりの女性が現れた。


「レイさま、お迎えに参りました」


「サクに紹介するわ。第一隊の、わたしの両腕よ」


 彼女たちは、活力に満ちた顔立ちのふたりである。それぞれ、サクに挨拶をした。


「副隊長ということですね」


「まえの戦いのときから、長く育ててたの。遠くにいてもわかるように、紅の紐を髪飾りとしてをつけているわ」


「それはよい考えです。レイさまが認めるのですから、おふたりはお強いのでしょう」


「他の隊長が務まるくらいにはね。この試みが良ければ、他の隊も試してよね」


 サクはその背中に頼もしさを感じる。

 ──婦好軍も、進歩している。

 



 サクは戦いの間、本陣にいることになった。

 自らが戦場の前線にでれば、足手まといとなる。

 それならば、天命を受けることができるものとして、指揮を執るほうがよい。


 サクは未完成の城郭から、敵陣を見渡した。


 千の篝火は敵の着崩された衣服の鮮やかなる色を映す。


 その体躯はまるで野に放たれた獣である。


 陣と呼べるものではない。

 みな、欲するがままに歩を進めている。



 サクは覚悟した。


 ──おそらくは、()()()()、正面から戦ったのでは勝てない。






 射程距離に敵が足を踏み入れる。


「弓兵隊!」


 サクの合図に、弓兵隊が空に向かって射る。

 矢は夜空に舞うように上がり、落下時の勢いをつけて敵を襲った。


 しかし、堅強な皮膚を貫通するには威力が弱い。


「ふ、ふ、! このような矢、雨にしかなりません」


 敵の参謀たる虎譚(こたん)が麗しい声を奏でる。

 商の言葉を話せるのは虎譚しか居ない。

 ゆえに、他の兵は獣が吠えているようにしか聞こえないのだ。



 虎譚はまるで楽しんでいるようである。


 ──婦好さまと同じだ。


 サクはそのようなことを考えながら、作戦の二を繰り出す。



「第一隊!」


 レイの率いる第一隊が出陣した。


 彼女たちは城の門から出で、敵の西側に回り込む。

 第一隊の一部が敵と衝突した。


 相手は蛮勇である。

 体躯も一回り大きい。


 不利だ、と婦好軍の誰もが一瞬で理解した。

 北の戦いよりもずっと。



 剣戟を交える度に、女の生まれつきの身体の弱さを知る。




 第一隊が負うのは、最も危険なる役割。

 つまり、囮だ。


 この作戦で、重要かつ困難な立ち回りである。

 すなわち、敵とわずかにぶつかったのちに、誘導しながら相手を崩す。

 敵を油断させるためだ。


 

 第一隊の掲げる火が西側で南北に伸びる。

 先頭にレイが、後尾に先ほど紹介された副隊長のひとりが居るのがわかる。


 ──どうか、耐えてください……! レイさま!

 サクは祈った。



 敵が第一隊の最後尾を追撃する。

 一見すると、まるで、熊に追われた兎の群れだ。


 獰猛なる力士が、猛然と追う。


 破裂音とともに、巨大な鉄の塊が降る。


 後列にいた、紅の紐で髪を結ったひとりの婦好軍の身体が散った。


「っ……!」

 サクは肚にぐっと力をいれた。

 サクと出会ったばかりの第一隊の片腕が、欠けたのだ。



 ──これは、想定外か。


 サクは瞬時に自問自答した。

 隊を導く者の死。


 ──否、想定内だ。



 弓臤がサクの背後に立つ。


「おい。取り乱すな。あのような力だけの輩、(すね)を狙え」

「はい、」

 はっとして、サクは号令をかけた。


「第一隊! 足を、足首を狙ってください!」


 声が届かない。

 声が届かずとも、あきらめることはない。


「第一隊! 足首を狙ってください!」



 声の大きい第二隊隊長が、声を天に響かせる。


「第一隊! 足を狙えええ!」



 レイが了解の合図を出す。



 虎譚がくすくす、と笑う。

「あなたたちは本当に、愚かですね! 作戦をこちらに聞こえるように伝えるなんて!」


 サクは城壁から答える。

「商の言葉はあなたにしか理解できないはずです。ゆえに、なにも問題はありません!」



「そのとおりだ。それに、愚かなのはどちらか」


 戦地の中央に、炎が出現する。

 紅の衣が翻り、百の戦車が轟く。


 婦好の鉞が、音も立てずに力士の首を撥ねた。

「おまえは寝ていなさい」 



「我が名は婦好! 覚えておくがいい!」


 虎譚が叫ぶ。

「伏兵とは、卑怯な!」


「虎譚よ! その首も、貰い受けよう!」



 東西に伸びた敵陣を、東側から婦好が分断する。



 虎譚は呟いた。

「挟み撃ちですか。では。こちらの隊だけでも、潰してしまいましょう」


 虎譚は号令により、レイの居る西側の兵に攻撃を集中させる。



 すかさず、サクも次なる手を打った。

 白色の旗を掲げて照らす。

 旗には、かつてこの土地の民が使用していた印を描いた。


 合図により、望白の小隊が出兵し、敵の中央を分断する。

「僕達のことも、忘れてもらっては困ります」


 望白の部隊は、虎方との戦いに慣れている。

 まるで猛獣使いのように、攻撃を躱しては反撃する。



 戦況は優勢となった。

 戦が続けば続くほど、敵に損害が出る状況である。


 ──こうなっては、敵は撤退せざるを得ないはずだ。


 

 ──あと、一押し。



 虎譚は唇を噛む。

「小賢しい。しかしながら、追いつめられた鼠が猫にかみつくように、弱い者も追いつめられると強い者に反撃することがあるといいます」



 虎譚が軍を鼓舞した。

「我々の力、お見せしましょう!」



 虎譚の言うとおりである。

 敵が窮地の力を発する前に、うまく誘導しなければならない。


 サクはレイに合図を送った。



「黒旗、用意!」


 旗を持ち替えさせた。

 黒の旗が上がる。



 レイの率いる第一隊が南北に整列した。

 

 それはまるで、敵を帰路へと導く炎の一本道である。

 


「なっ……」

 虎譚は眉を上げた。


「どうぞ、お引き取りください」

 サクは告げる。




 サクの背後で、弓臤が小声で問うた。


「敵を逃すのか」

「そうです」


「なぜ、壊滅させない」

「強さが足りないのです。追いつめれば、敵は強くなります。お義兄さまが思うほど、婦好軍は強くないのです。なれば、意をついて退路を用意し、戦意を喪失させるのです」


「兵の被害を少なくするためか」

「無理に敵を打とうとすれば、こちらの犠牲も多く出るためです」




「ふふっ、ふ、ふ。ははははは!」


 虎譚は笑った。

 そして、巨躯の男の背に立ち、婦好を見た。



「なかなかやりますね。けれど、こちらでの戦いは、まだはじまったばかり。これがあなた方の本気であれば……」



 虎譚は、天をぐるり、と見回した。



「取り返すのは容易いでしょう」



 黒天に、灰塵が登る。


 婦好は月に光る(えつ)を、虎譚へ向けた。



「あきらめるがよい。天は我々の味方だ」



 虎譚と婦好の視線が交わった。

 両者は微笑み合う。



 地にはいつのまにか、矢と肉と血の池ができていた。




 血跡が敵地に向かって伸びる。


 双方に少なからぬ犠牲を残して、敵は退却した。


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