表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/164

過去、奪還


 

「虎方に城を作りたい?」


 婦好とサクは、望白、セキとともに軍議のための部屋に集う。

 虎譚の襲来に備える夜。炎が影となって揺れる。


「ははっ。なにを寝ぼけたことをおっしゃっているのですか」

 

『敵地に城をつくる』というサクの言を、望白は棄却した。

 サクは続ける。


「いいえ、正確には、以前は望邑だった土地です」


 サクの発言に、セキも問うた。

「以前は、望邑だった……? サク、どういうことだい?」


「まさか、……あの土地のことですか?」望白は持っていた貝を握りしめる。


「はい、お聞きました。あなたの母方の故郷のこと」サクは望白の瞳をまっすぐに見つめる。



 婦好は椅子に悠然と座して、その様子を見守っていた。



 望白は浅くため息をつき、頭を掻いた。

「要は、僕の過去を探ったわけですね」


「故郷? ってことはなんだい? あんた、虎方の出身だったのかい?」


「いいえ。違います。いまは虎方の勢力下ですが、かつて望邑だった場所です。人が住んでおりましたが、いまは荒れ果てています」


「いまは、敵も住んでいないのかい」


「そうです。僕の母はその地の出身でした」




 望白は観念したように立ち上がる。


「望邑の過去を話しましょうか」


 彼は頭巾から垂れ下がる紐を風に乗せながら続けた。


「もともと望邑は、強い力で結ばれた邑同士の集まりでした。おそらく今が一番弱い。まあ、商に助けを求めているような状況ですから、屈辱的とさえ言えます」



 まあそれはどうでもよいです、と望白は独り言を吐いた。


「弱体化の理由は、父です。父は権力に溺れ、情欲に流されやすい性質の愚か者です」



 望白は、指を三本立てた。

「僕には、三人の弟が居ます」


「弟たちは、よく肥えた家畜(ブタ)です。彼らはみんな母親が違いますが、彼女たちのいいなりなのです。権力をもつ者に、子が四人もできれば、どうなるかは想像に難しくないでしょう」



「内部争い、ということかい」セキは頬に手を当てて問うた。



「そうです。僕は長子ですから、特に疎んじられた。毒殺の危険に何度も遭っています」


 望白は続けた。


 虎方の北方攻めがこの頃より始まったこと。


 望邑連合体で最も南方であった、母の故郷が最前線であったこと。


 攻防を繰り返したこと。


 

「母の故郷が最前線となる大事な戦いで、何が起こったかわかりますか? 叔母たちは母憎さに出兵を止めたのです。母の故郷と虎方との戦いに、望邑の本隊は来なかった」


「つまり、主軍を出すのを反対した、ということでしょうか」と、サクは聞き返す。


「ええ。その時の戦いで、母は死にました。僕が十のときです」




 望白は、持っていた貝を砕いて笑顔で云う。

「僕が本当に殺したいのは、いつだって叔母と弟たちです」


「そうでしたか」


「くだらない話をしました。つまり、いま話しているのは、愚かな内部争いと引き換えに、望邑が放棄した場所です。しかも、敵はそこを拠点とはしなかった。なぜなら、背後に険しい山がそびえ立ち、守るのは易くても、利便に悪いからです。邑は人が居なければ成り立ちません」


「お言葉ですが、」サクは望白に反論した。

「先人が手放した地は、一方で、先人が選んだ地です」


「お母様の故郷については、敵は使いこなせていないと聞いています。おそらく、望邑と相互に作用することで、真価が発揮される土地なのでしょう」


「敵が住みもせず、弟の母豚どもに放棄させた地であっても、ですか?」


「はい。望白さまは、取り戻したいとお思いにはなりませんか」



 望白は口元に手を当て、サクの目を見続けた。沈黙が流れる。

 




 沈黙を破ったのは、意見を聞いていた婦好であった。

「内からでは見えないことが、外から見えることもある」


 婦好は立ち上がり、告げた。

「先に進まぬのは性に合わない。とにかく、ゆこうではないか。まず初めに、わが軍が駐留してみよう。セキ、できるか」


「もちろんですとも」


 望白は、進軍の意を遮った。

「進軍されるのですか。それならば、父に許可を得なければならないかもしれません」


「望白よ。父親に許可を得なくとも、そなたは動けるはずだ」


 望白は、はっと気が付いたように言葉を返した。


「……そうですね。防衛は僕に任されています。守りのための攻めなら、咎めはないでしょう」


「それならば」

 婦好は紅の衣を翻す。


「夜明けに」




 婦好軍は、半日をかけてかつて望邑のものだった土地を目指した。


 婦好軍の戦闘部隊を先頭に、非戦闘部隊、望邑の小隊及び土木・建築を司る者がその地へ向かう。


 道中に敵の抵抗はなかった。まるで、忘れ去られているようである。


 なにかの罠ではないかと疑いをもつほど、あっけなく占領(とりかえ)した。




 人の手の入らない、荒野。


 城郭は風雨に曝されて壊れていた。


 かつて宮殿らしき跡も残る。




「さあ、はじめよう」


「やることは山積みだよ!」


 婦好とセキの指揮で、築城のための準備が始まる。


 サクは気を引き締めた。

 ──手に入るのは容易かった。しかし、安心するのは間違いだ。ここからが、大変なのだ。防衛しながら、邑をつくるということなのだから。



「懐かしい」


 進軍に同行した望白が母の故郷で深呼吸した。


「正直、あなたに言われるまで、この地のことを忘れていました」


「今後こそ、守りぬきましょう」


 サクの決意に、望白は、はは、と乾いた笑みを浮かべた。




 かつて味方も敵も手放した土地。


 防衛しながらの、築城が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ