表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/164

南へ、北へ

 セキは宣言した。

「さあ、城を作ろうか。防衛のための、城だよ!」

 と。




 サクは、外郭の回廊を歩んでいた。

 風が吹き抜ける。サクは望邑の街並みと、敵方を観た。


『城郭を作る』


 旅の問いである。

 導き出さなければならない答えに、時間はない。

 しかし、なにかを成そうとすれば、計画のはじめが大事である。



 夜には、虎譚(こたん)らが襲撃に訪れるだろう。

 目下もまた、防備を敷かねばならない。




 サクは天を仰ぐ。

 灰色の雲龍が重たく列を連ねる。

 ──月のない夜となりそうだ。



 夕刻。

 婦好軍は、敵の襲来に備えて、炎を誘導するように配置した。

 罠にかける作戦だ。

 うまくいけば、袋小路に敵を誘いこむことができる。


 誘導した先に、戦力を置いて待ち受けるのである。



 その日は、予想のとおり、虎譚(こたん)の襲来があった。

 ふたつの影が、俊敏に動く。


 ──彼らの狙いはなにか、いまだにわかってはいない。


 炎に導かれるようにして、大小の影は動いた。


 ──思惑のとおりである。


 敵は罠の終着点に来た。

 広場に、望白の小隊と、婦好軍が待ち受ける。



 敵が獣のような雄叫びをあげた。



 望白の小隊が松明を掲げながら、敵二人を包囲する。

「面白いように、罠に掛かるものですね。まるで、炎に飛び込む虫のようです」




「罠ですか。我々を捕まえるつもりですか」

 虎譚(こたん)と名乗った者が、美しい声を奏でる。


 婦好が問う。

「ふたりだけで、何を求めて来るのか、知りたい。まさか、遊びにきたわけでもなかろう」


 虎譚は妖艶な笑みで、くすり、と笑った。

「いわば、儀式ですよ。残念ながら、今日の贄はいただけませんでしたが」


「儀式であれば、我々もともに興じよう」


 婦好の後ろから、第一隊長のレイが現れた。

 レイの速さをもつ一撃が、大男の斧と刃を交える。


 大男は、髪を逆立てた。レイが打ち込むたびに、彼は言葉ではない音で吼える。


「久しぶりの、野蛮な戦いね」


 レイは舞うように戦う。

 彼女の突くような攻撃は、鈍く重い相手を磨耗するのに相性が良い。


 大男の肩に、レイの槍が浅く刺さった。



「今日のところは引きあげましょう」

 虎譚は、レイの槍を引き抜きながら、飄々と言った。



「待ちなさい」

 レイが二人の敵を追う。



「逃がしません」

 望白の小隊もまた用意していた縄で捕らえる機会を(うかが)った。


 敵を縄で捕らえたと思うや、ふたりは縄を斬り、引きちぎる。


 ふたりが逃げる直前、サクは虎譚と目が合った。声を張り上げて、サクは問うた。


「あなたがたの目的は一体何ですか?」




「我々は、北へ行きたいのです。あなたがたも、南へ行きたいのでしょう? 簡単な話です」と、虎譚(こたん)は答えた。


 獣のような男は、柳腰の虎譚(こたん)を背に乗せる。

 敵は高く飛び、去った。





 夜明けに、サクはふたたび遠方を眺めた。


 商は南を望み、

 敵は北を望む──。


 虎譚()の言うとおりである。


 サクは瞳を閉じる。

 ふと、足音が近づいているのに気づいた。


 顔を上げると、未だ遠くに居ると思っていた、弓臤の姿がある。



「困っているようだな」


 サクは、いつのまにか現れた義兄に驚いた。


 このひともまた、闇に住むひとなのだと思い出す。


「来ていらっしゃったのですね」


「言っただろう、俺は監視役だと。相談に乗ろう。なにを悩んでいる?」


「最も、重要なことです」


「いま、お前に課されているのはひとつしかない。どこに城を作るのか」


「そうです」


「答えはあるのだな」


「地形、勢力、気候。すべてを考えました。しかし、その答えは」


「進言できそうにもない、危険な地、か」


「はい」


「誰が聞いているともわからん。同時に、地に書こう」


 弓臤は砂埃をつかみ、石畳に蒔いた。


 地に文字を書く。


 サクも同じように木の枝を走らせる。


 ふたつの文字列は、一致した。







 サクは、婦好に進言した。


「城は、虎方(こほう)に作ります」


「虎方に? 敵の領地に、城をつくるということか」


「攻めて、防衛線を下げるのです。このままでは、望邑に静かな夜はきません」


「それは、商を守るための答えということか」


「おっしゃるとおりです」


「わかった。しかし……、その顔には迷いがある」

 婦好は、サクの頰に手を添えた。

「なぜだ?」と、婦好は首を傾げる。


「一歩間違えれば、非常に危うく──、この判断は、危険な賭けでもあるからです」



「天に問おう。占ってみよ」





 サクは亀甲を取り出した。

 (おごそか)かに、(うらな)う。


「吉凶混合の卦です」


「そうか。なにかを成すには、危険を顧みなければできないものもある」


 婦好の紅の衣を肩にかける。

「ゆこう。休息のときは終わった」



 まるで、鮮血のような色の上衣は、サクの視界を覆う。


「これを羽織るのは、久しぶりだ」


「とても、お似合いです」


「さあ、進撃の準備だ。目指すは、虎方」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ