合流
南下した婦好軍が望邑に到着した。
婦好が門番の兵に伝えると、北側の門は開放された。
「婦好さま! 」
リツが婦好を見つけるなり、駆け寄る。
「勝手に出て行ったりなさって、なにを考えていらっしゃるのですか」
息を荒げるリツに対して、婦好は明るい笑顔を見せた。
「すまない。しかし楽しかったぞ。それに道中、進軍は容易かったろう」
「たしかに、婦好さまの旗を見るなり、現地の者には妙に歓迎されましたが……」
「わたしが先に来たのも悪くなかったということだ。それに、使いを出していたはずだ」
「そういう問題ではありません。サクも、なぜ止めなかった」
リツは振り返り、サクを責めた。
「リツさま、申し訳ありません」と、サクは謝罪した。
「まあ、まあ。いいじゃないかい。特段、問題なかっただろ?」
リツの叱責に、セキが止めに入る。
セキはその丸い顔にくしゃりとした皺をみせた。
婦好はリツに告げた。
「リツ、わたしを諫めることができるのは、リツと……ここにいるセキとサクくらいだ。いつも感謝する」
婦好の言に、リツの顔が赤らむ。
「婦好さま! 話を逸らさないでください。不在の間、決定していただきたいことがありますので、行きますよ!」
婦好はリツとともに、幕舎へと消えていく。
サクはセキと二人きりとなった。
婦好軍の到着にサクは安心するとともに、婦好との旅が終わりを告げたことを寂しくも思う。
「それで、サク。良い城造りの案はできたかい?」
「迷っております。良策を考えるどころか、むしろ、私の浅慮により、敵を刺激してしまいました」
サクはセキに経緯を語った。
城に絵を描いたこと、矢を集めたこと。
その策により、かえって、攻め込む口実を与えてしまったこと。
己はまだまだだ、と反省していた。
「すごいねぇ。その挑戦、さすがじゃないか」
セキの思いがけない誉め言葉にサクは驚いた。
と同時に、慰めようとしているのだ、とサクは悟る。
セキは優しい。
「いえ、浅はかだったのです。そのために、被害を出してしまいました」
「サク、大丈夫さ。自信をもちな」
セキはサクの背中を叩いた。
「被害が出たことは、残念だった。でも、悪いのは敵さ。サクは確かに軍の指揮官としては、間違えたかもしれない。でも、挑戦は悪いことではないし、これから学べばいいのさ。自分を責めてばかりじゃ、百年先の計は成らないよ」
セキはサクの頬をつねった。
「暗い顔、するんじゃないよ。飯にしようか。腹が減ってたら、良案の浮かぶものも浮かばないさ。補給路を確保するのも、あたしらの役目さ!」
「はい」
頬が痛むのは、何度目だろうか。
サクは己の反省と、セキの優しさを、頬の傷に刻むことを決意した。
セキの手引きで、第九隊の野営地に着く。
シュウが忙しなく動き、食材を操っていた。
「うふふ、こちらの食材は勝手がわからなくて困るわ。サクちゃんも手伝ってくれるかしら」
シュウが穀物や貝、魚を籠に入れて持つ。なかには、サクの見たことのない食材も含まれていた。
「もちろんです!」
第九隊の料理人がシュウの指示をうけて、次々に料理を皿に盛っていく。
焼き魚。貝の白湯。山菜と牛の蒸し焼き。
瞬く間に作り、住民にも提供した。
「たくさん作ったから、だれでもお食べ!」
セキの号令により、婦好軍の食糧を望邑の民にも振る舞う。
「おいしい!」
望邑の子どもたちも、瞳を輝かせた。
サクは感心した。
「民を笑顔にさせる。セキさまは、すごいです」
「やだねえ、みんなのおかげさ。味はどうだい?」
「実は、この邑に来てから、シュウの味付けを恋しく思っておりました。とてもおいしいです」
「ふふふ、うれしいわ」
「シュウの味付けを嫌うものはいないよ。それにしても、南は特に魚が豊富だねえ」
婦好軍と集まった民が、隔てなく食事をとる。
活気に満ちた群衆の間を、望白が颯爽と歩んだ。
セキが望白の肩をつかむ。
「なんだい? あんたも食べたいのかい?」
「誰の許可を得て、軍を内部に入れたのです?」
望白の、まるで鋭利な剣で刺すような声が、サクを捕らえる。
その顔には苛立ちが滲んでいた。
サクはすっとその場で立ち上がった。
「ご報告の遅れましたこと、申し訳ありません。我々は援軍です。ですので、このように食糧も提供しているところです」
「人気取りですか。このように蹂躙されて、良い気持ちはしませんね」
「良いじゃないかい。細かいことは気になさんな」
食べながら発せられたセキの言に、望白の額に皺が寄る。
「無礼ですね、婦好軍の方々というのは。許すか許さないかの判断は僕らにあるはずです。実に、不愉快ですよ」
「ほら」
セキが望白の口に、蒸した蛤の身を投げ込む。
「貝が好きなんだろ?」
「なぜ」
「それだけ貝殻を腰にぶら下げてたら誰でもわかるさ」
口にした貝の身を、望白は吐き捨てた。
「仮にそうだとしても、反吐がでます」
セキは、望白をじっと見つめる。
「あんた、身分は高いようだけど、民と会話はしているかい? 気をつけないと、居場所なんて取られちまうよ」
「へえ。僕に、説教ですか。あなたは誰なんです?」
「あたしは第九隊、隊長のセキ。婦好軍はわたしの娘のようなものさ。さあ、城造りをはじめようじゃないか!」




