表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/164

厄災の襲来

 婦好とサクは、邑内を歩いていた。


 弓の名人に関する演出を興じて以来、ふたりの存在は民衆に受け入れらた。


弓の名人(英雄)と巫女だ!」


 子どもたちが駆け寄る。


 ふたりに親しみを抱く住民たちから話を聞くようになった。ゆえに噂話などがおのずと耳に入る。


 数名のとある親が婦好達に同じ話を打ち明けた。


「家の子がいなくなったのです。探してくださいませんか」


 邑の子どもが一晩で二、三人、まるで神隠しのように居なくなるという。



「婦好さま、偶然でしょうか。それとも、敵に関係することでしょうか」


「立て続けに起こることであるなら、敵とも関係があるかもしれない。探ってみよう」






 ◇◇◇





「子がいなくなる?」


 邑内の噂を望白の耳に入れた。さらに、夜間の警備を強化することを進言する。


「ええ。なにか、敵の動きと関係はあるのではないかと、探りたいのです」


「さあ、関係ないんじゃないですか。邑内も善人ばかりではありません。盗人や誘拐犯。顔を知らねば、悪人もおります。それに、子が誘拐されることなど、珍しくありません」


 婦好は外を眺めていた。

 望邑は昼間は長閑な農村でもある。


「望白よ。たとえ盗人であっても、警戒を強化するのは悪いことではないとは思う」


 望白はため息をついた。


「婦好さんがそこまでいうなら、念のため人の配置を増やしましょうか。ここ数日は敵による夜間の攻撃はありませんが、この邑ではどのみち敵襲を恐れて眠れない夜ですから」




 ◇◇◇




 夜半、邑内の警戒も強めることとなった。

 見回りの兵士が外壁付近だけではなく、内部まで足を運ぶ。


 婦好たちは東門の近くにいた。

 東門は他より警備が甘く、手薄となりやすいと考えたからだ。


「敵だぞ!」


「聞こえますか、サクさま。南の方向で敵の侵入があったようです」

 ハツネが冷静に答える。


 サクは辺りを見た。

「そんな……、どの門からも、敵が攻め入る様子はないのに。どこか、城に守りの薄いところがあるのでしょうか。それとも、城壁を跳び越えている……?」


 外郭の城壁を越えるには、通常は門を突破する必要がある。



「とにかく、ゆこう」



 ハツネは松明を掲げて走る。

 婦好の足に、サクは付いていくので精一杯であった。


 南門の前に兵士の持つ篝火(かがりび)が集まっている。


 みな、上を見上げていた。

 南門の城壁に敵がいる。


 漆黒に光を放つ月に敵の輪郭が浮かぶ。

 その咆哮を影が象る。


 丸まった背中に、手入れのされていない髪が刺すように散る。眼だけが爛々としている。

 まるで、獣であった。


 すでに子がひとり、捕らえられていた。

 ぐったりとした手足が闇夜に力なく垂れる。


「助けましょう」と、サクが具体的な救出方法を口にしようとした瞬間であった。


 黒い獣は()()()を喰らい始めた。


「……!」


 サクは息を飲んだ。

 禍々しいまでの狂気があたりを包む。


 影が大小ふたつとなった。


 敵は、ふたりだろうか。


 大きく太い影は子を襲い、小さく細い影は凛として立つ。


 細い方の影が、笛を奏でるような声を発した。

 長髪が意思を持つように揺れる。


「我が名は虎譚(こたん)!」


 虎譚は、少し訛りのある商の言葉を発した。


「城壁に、絵を描いたのは何故ですか? 藁人形を作ったのは誰ですか?」


「!」


「おかげで、夜半の攻撃はできなくなりました。しかし、こちらに攻め込む口実をくれてありがとうございます」


 丁寧な礼の所作に、美しい声音であった。丁寧すぎて、かえって無礼であるようにも見えた。

 大小の影が重なり、消えた。


「追うぞ!」


 ふたりの敵の足跡を追う。

 子どもの血が、黒いしみとなって残っていた。


 敵を捕らえることなく、朝を迎えた。




 日が昇る頃、軍議に入った。


「敵の言葉をもとに考えますと」


 望白が武器庫のまわりをこつこつと靴を打ち鳴らして歩く。


「サクさんの戦術は、おそらく彼らを刺激しました。まあ、夜間の敵襲がなくなったのであれば、敵に作用したのは明白。なにかはわかりませんが、内部に影響を与えた」


「そのようです」


 望邑の広間には大きな机がある。

 商での軍議と同じように、敵味方の陣の模型が置かれていた。


 みな、虎方の土地を見つめる。


「サクさん。したことの責任は執っていただきます」


「原因がわたしの策であるなら、責任はわたしにあります」


「どのように責任をとるのでしょう。死して責を果たしていただけるのですか? あなたの命に、そんな価値があるとも思えないですが」


「この状況を打ち破ることに、尽力いたしましょう」


 婦好はサクと望白の肩を叩く。


「そうだな、サク。もうすぐ婦好軍も到着しよう。それに、望白よ。敵との関係性は、もともと内在していた問題に過ぎない」


「ええ、婦好軍の皆さまにはもとより尽力して戦っていただくつもりです」と、望白は涼しげに言った。







 軍議が終わり、サクは一人で朝焼けの廊下を歩く。


 ──己の作戦が、敵の感情を逆なでしてしまった。


 ──軽率だったのだろうか。


 自分よりも年少の存在に犠牲を出してしまった。

 あってはならないことである。

 目から涙があふれた。泣いても、許されることではない。

 涙は落とさずに、サクは歯を食いしばった。


 ──なぜこのようなことが起こったのか。


 敵の内情を知らずに、作戦を立てたことである。


 無知は罪だ。



『遊』は、神の姿であっても児戯ではない。


 立っている場所の意味をふたたび()る。



 無関係の者が惨事に巻き込まれぬように。


 朝陽に祈るとともに、策を巡らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ