表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/164

千の武器(下)

 サクは、外郭の回廊に民衆を集めた。


 列の前方で童が祭の始まりを待ちわびる。



「みなさま、お越しくださり、ありがとうございます。これより、偉人の伝承をお耳に入れましょう」



 サクは巫女の装束で、望邑の伝説を詠じた。


 弓の名人の格好をした婦好が夕陽を背に現れる。


 長い上衣が風に揺れた。


 邑人の眼前に現れたのは、美しき英雄──。


 婦好は九度、天に向かって矢を放った。

 栗毛色の髪と、色素の薄い瞳は、その場にいた者のすべてを魅了する。


 婦好が天に祈った。





「さあ、みなさまもいっしょに」


 サクの指示により、民衆は次々と藁の人形を手にする。


 通常、外壁には敵の死骸が吊るされるものである。


 この日の外壁は、藁人形が並んだ。







 三日目の朝、外壁に縄で吊るしていた藁人形を引き上げた。


 わぁ、と子どもたちが驚嘆する。

 サクの考えどおり、作った藁には無数の武器が突き立てられていた。


 望白が尋ねた。


「これは、どういうことでしょう」


「『修蛇(しゅうだ)』の藁人形をつくり、敵に倒させたのです」


「まさか……」


 望白は無数の武器が刺さる藁の人形を眺めた。


「大胆ですね」


 伝説上の獣である『修蛇(しゅうだ)』。『羿』に退治された怪物である。

 それは、敵の(まと)となり、矢や槍が貫く。まるで針山である。


 その禍々しさは、敵の獣のような怒気が宿るようでもあった。



 望白は、サクに問いかけた。

「敵がこの藁人形に火を放ったり、持ち帰ったりすることは考えなかったのですか」


「伝承が鍵となります。『修蛇(しゅうだ)』は、水に棲む怪物です。火を放とうとは連想させず、また、怪しげな物を領内に入れたいとは思わせないようにしたのです」


「伝説に賭けたというのですか。……いや、それにしても、成功するには難のある方策です」





「九、十、十一、……」


 子どもたちが嬉々として刺さった武器を数える。


 しかし──。


「ええと。何本、必要なのですか」と童が問うた。


「千本です」とサクは応えた。


 武器を数えていた子どもたちの顔に、落胆の色がみえた。


「いま、あるのは九百余本です」


 ──わずかに足りない。



 サクの予想は、外れたのである。

 縄を切られて回収ができない人形が数多くあったのだ。




 望白が薄笑いを浮かべながら問う。


「それで、サクさん。千本の矢は集まりましたか」


「いいえ。申し訳ありませんが、力が及ばなかったようです」



 サクが肩を落とすと、職人が申し出た。

「お待ちください。望白さま。あと百くらいなら、我々で作ってしまいましょう」


「我々の家からも、献上しましょう」

 助けを得た民衆から声が上がる。



 サクは力不足を丁寧に民に詫びた。

「みなさま、ありがとうございます。しかしながら、望白さまとは、この邑のほかから物資を調達する約束となっています。望白さまの望みは叶えられなかったようです」




  その様子をみていた婦好が悠然と答えた。


「慌てるな、サク。援軍を待とうではないか。期日は、まだだ」

 婦好の発言にサクは顔を上げる。


「援軍……?」


「望白よ。その間、敵から得た武器を試してみないか?」


「触りたくもないです。毒が付いていたらどうするんです」


「怖いのか」


「どこまでも、愚かですね」


 サクは刺さった武器のうちの長剣を布で拭い、婦好に渡した。望白にも同じようにして渡す。

  婦好が剣を構える。


「楽しもう」

「いいでしょう」


 商の将軍と、望邑の子による剣舞が始まる。



「あなたの軍は、まるで児戯です」と、望白は云う。


  剣は空を斬り、ひゅ、と高い音をだす。


「戯れを侮ってはいけない。童の唄が祭事の中枢を制することもある」と、婦好は応えた。







 やがて、粉塵をあげる影近づいてきた。

 ハツネが馬車で駆けつけたのだ。



「サクさま。武器三百をお持ちいたしました」

「ハツネ……!」


 馬車に繋がれた荷台には三百ほどの武器が乗っている。


「申し訳ありません。千本には及びませんでした。婦好軍の支援も、部下に命じましたが、間に合いませんでした」


「いいえ、あと百本が足りないところだったのです。とても助かりました。ありがとうございます」


 サクがそのその武器を見ると、さまざまな装飾が施されていた。商のものとも、望邑のものとも、虎方のものとも違う。


「……これは、どちらから調達したものでしょうか」


「近隣の邑から、いただきました。道の途中で、婦好さまを崇めた邑のものです」


  言葉も通じぬ土地にも、協力者が居るということである。

 婦好さまの道ゆくときの行動は決して無駄ではなかった──。



 合計、武器千二百余本。

 サクは自信を持って伝えた。


「望白さま。千の武器をご用意いたしました」



 望邑の民から、歓声が上がった。


 婦好の英雄らしい姿と、サクの清らかなる姿勢が民の同情と好感を招いたのだ。



「ふっ……ふふふ。あははははは! この歓声! 僕の民を味方につけるだなんて、とてもすごいです」


「いいえ。望邑のみなさまの助けを借りたおかげです」


「サクさん。仕方ないです、あなたたちを()()()()()()()()()()



 望白の殺意が高まる。


 ──欲しかったのは、望白の信頼。今回のことは失策だっただろうか。


 しかしながら、サクのような従者は──一見、軽んじてみられがちである。嫌悪であっても、興味を得られないよりは良い。


 望白を感化するのは難しいだろう。


 ──いつか、転じる日を待とう。




 婦好は望白の心情を気にしていないようであった。

 婦好の手が、サクの肩を背後から包む。



「サク、よくやった。特に、民衆を我々の味方としてしまったことを褒めよう」


「ありがとうございます」


「民の顔を、その目に焼き付けておけ」


「はい」




 サクは、出会ったばかりの異国の子どもの顔を見る。


 輝くような笑顔が、とても眩しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ