千の武器(上)
『殺したい』
殺したいということは、興味を抱いていることにほかならない。
サクは覚悟した。
──この邑で欲しいものはなにか。
なにかを得るには、いつだってなにかを賭けねばならない。
「殺されては、困ってしまいます」
サクはにこりと笑った。
「戯れの発言です。気を悪くしたらすみません」
望白もまた顔に張り付けただけの笑みを返す。
このとき、婦好は大広間には居なかった。
朝の鍛錬と偵察のためである。
サクと望白の間に沈黙が流れた。
清らかな朝陽が漆喰に影をつくる。
「望白さまは、領主のご子息でありながら、なぜ、門番のようなことをなされていたのですか」
「さあ。なぜでしょうね」
「望白の『白』とは『伯』に通じ、跡取りにつける名です。おそらく、お子さまのなかで、最も期待されているのでしょう。しかしながら、一介の大夫のようなことをしていらっしゃる」
「跡取りにつける名? そうなのですか? 商ではそうでしょうが、ここでは違いますよ。そんな憶測はやめてください」
跡取りに付ける名。
望白は否定はしつつも、心なしか嬉しそうだ。
切り出すなら、いまだ、とサクは思う。
「望白さまは領主になりたいのですか」
「なぜそんなこと聞くのです?」
「力になれたらと」
「では教えてください。あなたの目的はなんですか」
「大邑商の安寧です」
「違います。あなた自身の、最終的な目的です」
「わたしは、婦好さまとともに切り拓く世を見たいだけです」
望白の三日月のような眼が、サクを真っ直ぐに射抜く。
「そこに、あなたの世界はあるのですか」
「あります、ないのであれば、つくります」
望白は、ふ、と笑う。
「それなら、サクさん。僕のお願いを聞いてくださいませんか」
「お願い?」
彼はコツコツ、と靴を鳴らして武器庫を開いた。庫内は空である。
「あなたの知恵で、千の武器を調達してくださいませんか」
「千の武器を?」
「ええ。毎日の戦いに、僕たちの物資も不足しています。商は国力も充実していると聞きます。婦好軍は、間もなく到着するのでしょう? 僕たちのために武器を調達してください」
返答の間もなく、望白は指を三本突き立てる。
「期日は三日です」
◇◇◇
「望白はサクに興味を抱いたようだな」
望白の要求を、サクは婦好へ打ち明けた。
「交渉は、未熟だったかもしれません。しかしいま、この邑において必要なのは信頼だと考えます」
「そうだな。危険を避けていては、大きな成功はないものだ」
「はい。動かなければ、なにも変わりません」
ハツネがサクへ進言する。
「わたしがこの邑を出て、集めてまいりましょう。三日となると……難しいかもしれませんが、しかし、全力を尽くします」
言うなり、ハツネは闇に消える。
ハツネは通訳の役目とともに、サクの護衛の役目も担っていた。
以後、婦好のそばにいなければならないだろう。
サクは己の力が足りないことに、もどかしさを感じる。
「それで、サクの考えは?」
武器を集める。
婦好軍は、遥か後方。
とすると、得られる答えは──。
「藁を用意します」
「藁?」
「婦好さまにも、演出を手伝っていただきます。婦好さまには、弓の名人たる『羿』となっていただきます」
「それは面白そうだ」
その日、サクは、先日の職人に頼んだ。
職人とともに、藁の人形を作る。
加えて、伝説の怪物『修蛇』を産み出す。絵を布に描き、人形に貼りつけるのだ。
望邑の職人が問う。
「サク殿。これを、どうされるつもりですか?」
サクは説明した。
「うまくいくか、わかりません。見守ってくださると嬉しいです」
作業をしていると、邑の童たちが集まってきた。
「なにをしてるの?」
「伝説の獣、『修蛇』を作っているのです」とサクはにこやかに商の言葉で答えた。
童は束になった藁を抱える。
「知ってる! それって、羿が倒した怪物だよね?」
「楽しそう! 一緒に作っていいかな」
サクは笑顔で頷いた。
邑の童とともに、百の藁人形を作る。
すべては、敵の標的とするためである。
つまり敵である虎方に、伝説上の怪物退治をさせて、武器を得る作戦だ。
一体に十の矢などが刺されば、千本を達成する計算である。
二日目、予定していた人形が完成した。
民衆を楽しませるため、サクは演出を予定した。
サクはこの状況下に、遊び心を持ちたいと考えたのだ。
『遊』は、神の遊ぶ姿でもある。
──その文字は、婦好さまの姿に最もふさわしい。




