表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/164

千の武器(上)

『殺したい』


 殺したいということは、興味を抱いていることにほかならない。


 サクは覚悟した。

 ──この邑で欲しいものはなにか。


 なにかを得るには、いつだってなにかを賭けねばならない。



「殺されては、困ってしまいます」

 サクはにこりと笑った。


「戯れの発言です。気を悪くしたらすみません」

 望白もまた顔に張り付けただけの笑みを返す。


 このとき、婦好は大広間には居なかった。

 朝の鍛錬と偵察のためである。



 サクと望白の間に沈黙が流れた。

 清らかな朝陽が漆喰に影をつくる。



「望白さまは、領主のご子息でありながら、なぜ、門番のようなことをなされていたのですか」

「さあ。なぜでしょうね」


「望白の『(はく)』とは『(はく)』に通じ、跡取りにつける名です。おそらく、お子さまのなかで、最も期待されているのでしょう。しかしながら、一介の大夫のようなことをしていらっしゃる」

 


「跡取りにつける名? そうなのですか? 商ではそうでしょうが、ここでは違いますよ。そんな憶測はやめてください」



 跡取りに付ける名。

 望白は否定はしつつも、心なしか嬉しそうだ。

 切り出すなら、いまだ、とサクは思う。



「望白さまは領主になりたいのですか」


「なぜそんなこと聞くのです?」


「力になれたらと」


「では教えてください。あなたの目的はなんですか」


「大邑商の安寧です」


「違います。()()()()()()、最終的な目的です」


「わたしは、婦好さまとともに切り拓く世を見たいだけです」


 望白の三日月のような眼が、サクを真っ直ぐに射抜く。


「そこに、あなたの世界はあるのですか」

「あります、ないのであれば、つくります」


 望白は、ふ、と笑う。


「それなら、サクさん。僕のお願いを聞いてくださいませんか」


「お願い?」


 彼はコツコツ、と靴を鳴らして武器庫を開いた。庫内は(から)である。



「あなたの知恵で、千の武器を調達してくださいませんか」


「千の武器を?」


「ええ。毎日の戦いに、僕たちの物資も不足しています。商は国力も充実していると聞きます。婦好軍は、間もなく到着するのでしょう? 僕たちのために武器を調達してください」



 返答の間もなく、望白は指を三本突き立てる。


「期日は三日です」




 ◇◇◇





「望白はサクに興味を抱いたようだな」


 望白の要求を、サクは婦好へ打ち明けた。


「交渉は、未熟だったかもしれません。しかしいま、この邑において必要なのは信頼だと考えます」


「そうだな。危険を避けていては、大きな成功はないものだ」


「はい。動かなければ、なにも変わりません」


 ハツネがサクへ進言する。

「わたしがこの邑を出て、集めてまいりましょう。三日となると……難しいかもしれませんが、しかし、全力を尽くします」


 言うなり、ハツネは闇に消える。


 ハツネは通訳の役目とともに、サクの護衛の役目も担っていた。

 以後、婦好のそばにいなければならないだろう。

 サクは己の力が足りないことに、もどかしさを感じる。



「それで、サクの考えは?」


 武器を集める。

 婦好軍は、遥か後方。

 とすると、得られる答えは──。


(わら)を用意します」

(わら)?」


「婦好さまにも、演出を手伝っていただきます。婦好さまには、弓の名人たる『羿(げい)』となっていただきます」


「それは面白そうだ」





 その日、サクは、先日の職人に頼んだ。


 職人とともに、藁の人形を作る。


 加えて、伝説の怪物『修蛇(しゅうだ)』を産み出す。絵を布に描き、人形に貼りつけるのだ。



 望邑の職人が問う。


「サク殿。これを、どうされるつもりですか?」


 サクは説明した。

「うまくいくか、わかりません。見守ってくださると嬉しいです」




 作業をしていると、邑の(わらべ)たちが集まってきた。


「なにをしてるの?」


「伝説の獣、『修蛇(しゅうだ)』を作っているのです」とサクはにこやかに商の言葉で答えた。


 童は束になった藁を抱える。


「知ってる! それって、羿が倒した怪物だよね?」

「楽しそう! 一緒に作っていいかな」


 サクは笑顔で頷いた。



 邑の童とともに、百の藁人形を作る。


 すべては、敵の標的とするためである。


 つまり敵である虎方に、伝説上の怪物退治をさせて、武器を得る作戦だ。

 一体に十の矢などが刺されば、千本を達成する計算である。






 二日目、予定していた人形が完成した。



 民衆を楽しませるため、サクは演出を予定した。


 サクはこの状況下に、遊び心を持ちたいと考えたのだ。


『遊』は、神の遊ぶ姿でもある。



 ──その文字は、婦好さまの姿に最もふさわしい。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ