旅立ち◇
戦勝の宴は続く。
サクは占いの道具を下げるため、別の部屋に移動する。
突如、暗闇の中で何者かに強く叩かれ、サクは転倒した。
「……っ!」
左頬に痛みを覚え、手で押さえる。
「ふふん。あーあ。サクちん、一回死んだぁ。暗殺成功!」
「セイランさま」
サクは立ちあがり、服についた埃を払った。
「もうお身体は良いのですか」
「まさかぁ。立ってるのがやっとだよぉ? でも、もう行かなきゃ。セイランちゃんは死んだことになってるから」
「旅に出られるということですか」
「あたし、どこでも生きていけるからね。だからしばらくは好きに過ごすよ!」
「そうですか……。傷を癒してください」
セイランとハツネの命は助かった。
しかし、セイランは腹部に傷を負った。ハツネもまた身体中にできた傷の失血が多く、しばらくの休養を要する。
「心配ないよぉ、傷つくのは慣れてるし。ねえ、サクちん。真面目な話、していい?」
サクは首を傾げた。
セイランは、サクと目線の高さを合わせて言う。
「忠告するよん。女の子だけの軍は早かれ遅かれ、いつか破綻する。婦好ちんだからこそできるけど、男性の兵士とは何もかもが、違いすぎる。女の子の武器をうまく使っても、やっと乗り切れるかというところじゃないかな?」
「それは……」
セイランの忠告のとおり、サクはすでに戦い方に行き詰まりを感じていた。
今までに戦った集団以上に強い敵に出会えば婦好軍とて敗北するだろう。
武力、統率、練度、策略。
これまでの敵はどこか欠けていた。
もし、すべてにおいて精度の高い集団があれば、勝利は難しい。
「だから、あたしから、提案。女の子の武器を教えようか?」
「いいえ。わたしは、それを使うつもりはありません」
「そお? 残念だな。第八隊なんて、それ専門でも良いくらいだと思うけど」
「決して」
「そう、せっかく教えに来たんだけどな。じっとしてて。こうやって、やるんだよ……」
セイランの唇が、サクの顔に近づく。
サクは避けたほうがいいのか、身を任せてみたほうがいいのか、困惑して一歩下がった。
「あ、いたたぁ……」
セイランが腹部をおさえる。
体勢をかえたことで、傷が痛んだようだ。
「セイランさま」
「お腹に傷を負ったのは知ってるよね? いたた……。サクちん、見てくれる?」
セイランが、するすると着物を脱いだ。
セイランの腹部には大きな傷があった。
シュウが処置したのだろうか。
肉がまだ見えていて痛々しい。
「セイランさま、まだ、安静にしておかねばいけないのではないでしょうか」
「んー? サクちんとさよならしたら、たくさん休もうかな。ねぇ、どう思った? 女として、身体を使って戦ったこの身体は、汚い?」
「傷は、いつか癒えます。問題ありません」
「そうじゃない、そうじゃないよ。純粋なる乙女のサクちん。ねぇ、よく、みて。あたし、汚れてるかな?」
セイランが見せつけるように、サクに身体を開いた。
セイランの裸体が、月明かりに浮かぶ。
その影は、サクのものとも婦好のものとも違う。
セイランの質問は『女性として汚れているか』ということだ。
蝶を寄せる花のように、誘い込むような肌。
柔らかそうな双丘。
人を惑わす完成された造型。
それはセイラン自身の美に対する努力により裏づけられたものである。
だからこそ、人は彼女を求めるのだろう。
誰が汚れているなどと言えようか。
「セイランさまは、己の持てるものをすべて使い、戦いました」
「あなたは、綺麗です。とても、綺麗です」
「ふふ、まっすぐなサクちん。そのほっぺた、やっぱり叩きたいなぁ」
サクは胸元から貨を取り出した。
セイランの肌に似た、桃色の子安貝の首飾り。
なにかの対価ではない。
セイランにこそ渡しておきたい、とサクは思ったのである。
「セイランさま、いえ……セイラン。婦好さまからのいただきものですが、これをお持ちください」
「綺麗な子安貝。ありがたくもらっていくよん」
その場を去ろうとしたセイランがくるりと振り返った。
「あ、あと。子安貝のお礼に、もう一言だけ」
「なんでしょう」
「婦好ちんとサクちんは、決定的に違う。だからこそ、惹かれるのかもしれない。けど、いつか別れなきゃいけないときがくる気がする」
「それは……どういうことでしょう?」
「サクちんは策士なんでしょ? 自分で考えてね。じゃあ、またね!」




