表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/164

幸いあれ◇

挿絵(By みてみん)

 婦好が眼前の敵を撃破してゆく。

 

 敵の死にゆく姿と対比されて、その美しさが際立つ。


 婦好の強さだけを頼りにしてはならないことを、サクは熟知していた。



「わたしも、奥の手を使います」



 サクが合図を出してしばらくして、第五隊と第七隊が狭路へと退いた。

 敵は誘われるがままに追いかける。



 鬱蒼とした木々により見えないが──しかし確実に──婦好とサクの耳に戦闘音が届く。



「第五と七付近。何が起こっている?」


 婦好の問いに、サクは答えた。


「同士討ちです。銅の邑、ユイの父にお願いし、戦士を借りました。敵の衣を奪い、それを(まと)って(もぐ)りこめと。合図があれば、内部から撹乱せよと」


「敵の中に味方を置いたということか」


「蒙方は寄せ集めの集団。部族によって、衣服もそれぞれです。個々の部族の力は強いですが、全軍としての統率力は低い。とすると、普段交わることのない部族のことなど、だれが知りうるでしょうか。また、隣の部族を憎しみあっていないとだれが言えるでしょうか」


「サクがそのようなことを考えるとはな」


「我々は女人だけの軍です。それは敵も知っております。であれば、男性が潜り込むのは比較的やさしいと考えました。潜り込んだあとは、ある部族の装束で他の部族を攻撃すれば乱闘になると。敵の混乱をみると、無事に成功したようです」


「よく人の心を読んだ考えだ。弓臤が使いそうな策。安陽で弓臤に教わったのか」


「いいえ。敵を欺き、敵同士に争わせる。セイランさまが試そうとした策を応用いたしました」


「セイランの策を用いてセイランの後始末をしたということか」


「はい。わたしはセイランさまに反感を抱いていました。しかし……それではあらゆる可能性を(せば)めるだけだと気付きました。自身のなかにいる敵を、味方を見つめる。いま手にしているものを最大限に(いつく)しむ。それがわたしの答えです。そして、戦い方です」


「頼もしいな、サクよ。その想いを忘れるな」



 敵の混乱による同士討ちは続いた。サクの予想どおり、蒙方は一枚岩ではないようだ。蒙方内部の敵対関係が(あらわ)になる。



 饕餮(とうてつ)の兜の男が歯ぎしりした。



「くそ……小賢しい真似をする」



 感情を表に出さない敵が、苛立つ。


 やみくもに抗おうとするその姿は、余裕がないとみえた。

 サクは敵を追いつめたことを確信する。


 婦好が声を張り上げた。



「蒙方を統率する者よ。これにて戦を終わらせよう。さあ、引くがよい。我々は商に属する邑を(おか)さなければ許すつもりだ」


「許すとは、なにを……! 侵略をはじめたのはお前たちのほうであろう!」


「果たしてそうか。なにを求めてこの地に来た? 我々になにを求めた? 求めているものが邑そのものであれば、侵略となにが違う?」


 婦好が声色を変え、続けた。


「それとも、このままさらに攻め入り、蒙方の支配下をさらに我々の手中に収めようか」


 婦好の言に、饕餮の兜の男が静止した。

 軍の戦況と損失を把握する。


 意を決したように踵を返した。


「……、分が悪い、引きあげる」


「賢明な判断だ」

 


 蒙方の大軍が退く。

 

 婦好軍もまた追撃をやめて、敵の退路を見守る。


 戦は終わったのだ。


「婦好さま、我々も退きましょう」


 婦好軍も無傷ではない。サクは傷ついた兵を一刻もはやく癒したかった。それに、ハツネとセイランの無事を確認したい。


「待とう。まだ、気を抜いてはいけない。戦地においてはなにが起こるかわからないのだから」



 


 ***




 婦好の予見は的中することになる。



 ()()は遥か遠方より現れた。

 黄金の集団。煌びやかな神輿。

 戦場とは思えぬ楽隊が、音楽を奏でて進軍する。


 まるで夜明けの輝きを人間が体現したようである。


 煌びやかな馬車の集団は、逃げる蒙方の兵士を次々に捕らえた。現実離れした存在の彼らは、冷徹なまでに敵を捕獲する。


「三はよい。四もよい。五もよい。六もよい。七も八もよい。九もよい」


 馬車に悠然と座るのは、サクもよく知る人物であった。


「……微王!」



 微王の馬車には幾多もの敵の生首が下がっていた。

 彼はふたつの人頭を宙に投げながら、くるくると(もてあそ)ぶ。



「余の到着ぞ。この先の領地はもう制圧したぞ。あとは、ここだけぞ」


 婦好の馬車が微王の馬車に近づいた。


「微王よ、すでに話はついている。これ以上の追撃は義に反する」


「婦好。ぬるいぞ。甘いぞ。らしくないぞ。その和議、神の裁可は降ったか」


 婦好の眉が歪んだ。

 

「我々の役目は商に属する邑の守備のはず。いたずらな殺戮はしない」


 サクもまた告げた。


「微王さま。もし、神の裁可が必要ならば、わたしがいまから神に問いましょう」


 微王は不敵な笑みを浮かべる。


「必要ない。余が命じるのだぞ。和議を済ませた相手に、追撃してはならぬなど誰が決めたことか。余が許せば世は認めるというものぞ」


 彼は持っていた敵の首を投げ捨てた。


「余は生きた犠牲がほしい。()るぞ()るぞ。なるべく生かすのだぞ。(かせ)を用意せよ。余は人柱がほしいぞ」



 微王の命に応じて、蒙方の逃げ遅れた兵はほとんどが捕らえられた。

 微王の兵士は捕虜を後ろ手にして手枷をはめる。



 瞬く間に、枷をつけられ集められた者は千人ほどとなった。



「これほどの人を……安陽へ送るのですか」


 サクは思わずうろたえた。

 微王は尋ねる。


「婦好の巫女よ。人は死したらどうなると思うか」


「……。死を経験していないがゆえに、わかりません」


「あははは。ひどく愚かなる答えぞ。死してのちは、先代の王とともに来世を生きるのだぞ。来世へ送る品を地下につくる。多ければ多いほど良いぞ。大きければ大きいほど良いぞ。なぜなら、先に死んだもののほうが偉いのだから、後から逝くものは礼を欠いてはならぬ。祖先への土産ぞ。そのために人柱が必要なのだぞ」


 つまり、祭祀の犠牲とするということである。


 ──饕餮の兜の男は逃げただろうか。


 サクには、敵ながらも蒙方の兵士の今後を案じた。



「捕らえられた者が、もし逆らえばどうなるのでしょうか」


「逆らうものは(あしきり)にして死ぬまで働かせるぞ」


 (あしきり)は片足首を切断することである。サクも罪人や隷人でその姿を見たことがあった。


「巫女よ。手枷をあらわす文字を知っているか」



「『(こう)』……です」



挿絵(By みてみん)



「そのとおりぞ」



 微王は敵から滴る血を指につけた。

 木製の枷に文字を描く。

 『幸』、『幸』、『幸』──。

 


「彼らはいずれ神に捧げられることになる。案ずることはない。喜ばしいことぞ。神に、この世の真理に囚われることは幸せなことぞ。(さいわい)あれ、(さいわい)あれ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ