毒の伝授◇
敵の残兵を捕縛した。
頑強な男たちを、縄だけで捕縛するのはやさしいことではない。
両手、両足に木製の枷をかける。
「我が軍で世話をするには心許ない。微王に引き取ってもらおう」
敵百余兵。武具を取り上げた。
捕虜を銅の邑に置くには領民の感情に反し、セイラン軍に置くにはセイランは恨みを買いすぎた。
婦好軍とセイラン軍の間、大邑商と同盟関係にある邑に彼らを収容する。
男性兵を捕らえておくには、武器がなくとも難しい。
微王の援軍が到着するまでは、婦好軍とセイラン軍の交代で見張った。
サクは、男たちが捕虜とされている現場をまわった。
数日前までは、勇敢なる戦士たちだとは思えないほどに、憔悴している。
──微王に送られたあと、この者たちの運命はどうなるのだろうか。奴隷だろうか。
この誇り高い戦士たちが、従順になるとはサクには思えなかった。
──敵とはいえ、生かしたほうが良いだろう。しかし、武器を持たせて野に放てば、必ずを殺しにくる。それならば、命を奪ったほうが良いのか。
サクはわからなくなった。
理想には、ほど遠い。
「うふふふ、悩んでるの? サクちゃん」
「シュウ」
陽に当たると光る茶色い髪をふわふわと揺らしている。
シュウは第九隊で食医を担当する、サクの友人である。
サクは本心を打ち明けた。
「婦好さまの命とはいえ、ひとをこうして御していることが怖くなりました。それに本来、この者たちは強い」
「あら。敢えて弱くしているのよ。食事と水に、活力を減退させる薬草を混ぜるの。少しずつね」
シュウの温厚そうな雰囲気からは想像もつかない冷然たる言葉に、サクは瞳を丸くした。
「食事や水に薬草を混ぜる……そのようなことをしていたのですか」
「うふふ。ごめんね、サクちゃん。驚いた? サクちゃんが思っているよりも、わたしは綺麗な人間じゃないの。サクちゃんが来てからも、来る前からも、ずいぶんと汚れた仕事をしているわ」
シュウの瞳はまるで煌びやかなる黄金の奥の厳しさを秘めるようであった。
サクもまた、戦いの中とはいえ人を殺めるように指示する立場である。
手のひらを見つめ、隠すように握りしめた。
「そうでしたか。わたしも、……わたしも同じです」
「うふふ。似た者同士ね。この軍に来たときには清らかだったサクちゃんを、婦好さまはどこまで堕とす気なのかしら。でも、わたしはサクちゃんの味方。今のところ」
今のところ、と言うシュウの言葉にはどこか刺すような含みがあった。友を疑いたくはないが、サクは少しばかりの恐ろしさを感じる。
「サクちゃん。情報を欲しがっていたでしょう?」
「はい」
「わたしも食と医を担当する者として、戦地のことはよく耳に入るの。特に、怪我人を看病しているとね」
「怪我人の看病のときに、ですか?」
「ええ。婦好さま、弓臤さま、キビさまの遺した方、それから、わたし。どこかに偽りがあったとしても、情報の経路としては、悪くないでしょう?」
「シュウを、情報の経路に……?」
「教えてあげる。セイランさまに味方している衆人は、必ず裏切る」
「……!」
「うふふふ。患者さまの情報よ? わたしはちょっと、いままでに治した人が多いだけ。そうそう、サクちゃんに毒を教えなくちゃね」
シュウは帯の間から香り袋を取り出して、サクに見せた。
「これは烏頭という植物の根。とても毒性が強いの。烏頭の根を飲みやすく砕いたものが、この香り袋の奥に五包ある。朝に服毒すれば嘔吐やけいれんし、昼には死に至るわ」
「これを、敵に対してどのように使ったらいいのでしょう」
「水に混ぜて泥状にして、鏃に塗れば毒矢になるわ。一対一なら、食事や水に混ぜるの。でも、気をつけてね。微量でも吸い込むと死に至るときもある。こちらの命と引き換えに、確実に命を奪う時はこうするの」
シュウがサクの肩を掴む。
サクの唇にシュウの唇が重なろうとした。
唇はわずかな距離を残す。
「……!」
「サクちゃんは、まだ経験はない?」
シュウの長い睫毛に影が落ちる。
鼻先がわずかに触れる。
吐息がかかる。
「シュウは、いつもこのような処置を行っているのですか」
「たまに。医のためには、ね」
シュウは香り袋をサクの手のひらに包ませる。
サクの細い身体を引き寄せて、抱きしめた。
「本当は、渡したくない……!」
「シュウ?」
「これはどちらかというと、他者を殺すために渡すものではない。意味は、……わかるわね?」
「他者を殺めるためのものではない……。わかりました」
他者のほかに、殺めることのできる存在。
つまり、自死するときに使えという意味だ。
サクは、婦好から貰った玉製の腕輪を握りしめた。




