土の声、銅の心
※銅邑の男視点。
※閑話です。読まずとも物語に影響ありません。
焼け落ちた邑の工房に、その男はいた。
銅の鋳造を生きる糧とするユイの父である。
工房の一部は使えるようになった。
男は銅器の制作をはじめる。
土の間に光がさしこみ、土壁を陽の色に照らした。
器物の原型は土で造る。
日夜、部屋には型の削られる音のみが響いた。
男は寝る間も惜しみ、土の意志に触れ、土と対話を重ねる。
「お父さん、無理しないでね」
妻の遺した娘が、一日二度、水と食料を運ぶ。
齢九の黒髪が揺れた。見慣れぬ絹製の服だ。
妻の形見ではない。
食料も、服も、邑のものではない。
かの女将軍がもたらしたものである。
娘は救われた。
その借りは返さねばなるまい。
──借りというべきか、恩というべきか。
娘の父の目的。
すなわち新たなる工房において、神の使いたるかの将軍へ初めての武具を献上する。
銅を造るとは、すなわち土を操ることである。
男は我を忘れて、土製の鋳型を造った。
銅の生産はふたつの用途がある。
威信としての財。
工具としての消耗品。
今まさに手がけるこの武器はなにに由来するのだろうか、と男は自問する。
権威のためだろうか。
殺傷のためだろうか。
男は幼き頃より、すべての工法をこの邑で学んだ。
銅の原料は孔雀石である。
まずは銅鉱山で採掘を行う。
そののちに精錬場にて、鉱石を製錬し、目的の金属を抽出する。
さらに精錬を重ね、純度を高める。
銅、錫、鉛を溶解し、湯を作成する。
同時に、型を造る。
これらの作業は分業することも多い。
純正なる湯を、造りあげた鋳型へ注ぐ。
型が人間の身体なら、湯は魂である。
冷やしたのちに型をとり、品を取り出す。
仕上げをし、完成となる。
すべての作業に、一切の乱れは許されない。
ふと、紅の背中の神々しさを思い返す。
──娘は無事であった。誰のおかげか。
己もまた身命を賭そう、と男は決意する。
銅を扱う者の寿命は短い。
製銅の熟練者たちは、魂を削って黄銅を創っているのだ。
型に流し込む液体は、純粋なる孔雀石。
一滴一滴が、己の血でもある。
男は修練を重ねた製銅の技術を自負する。
生きてきた歳月を、最も精強なる武器に託す。
重量を変えずに。
より性能を高め、扱いやすく。
邑を守るために。
娘の安寧のために。
本日、婦好戦記は一周年を迎えました。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
今後もおつきあいいただけますととても嬉しいです。




