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大義なき戦

 勝利でありながら、撤退。


 敵の精兵、特に三百人の部隊は屈強な男であった。


 婦好・セイラン連合が正面から戦うことは危険である。


 ──ここは一度退き、立て直さねばならない。



 婦好軍は弓兵隊と合流し、傷ついたセイラン軍とともに帰路に着く。



 セイラン軍は千人いた兵士のうち、三百は失っているだろうか。

 車馬百乗。

 婦好がセイランへ贈ったばかりの馬車は、半数ほどが破壊された。



 脚の無い馬車は死者とともに戦場に置いてきた。

 本来であれば回収するところではあるが、最前線ではそれもかなわない。


 婦好軍はいったん衆人(しゅうじん)の麓に宿営するセイラン軍本陣までセイランを送り届けることとした。


 セイランの態度は飄々としていた。



「ま! 初めてだし、こんなものでしょ」



 婦好のそばで馬車を走らせるセイランは開き直っている。


 セイランにとっては、初陣にして敗戦であった。

 本来なら、己の弱さを目の当たりにし、部下を失って動揺しているはずである。


 ──セイランは強がっているだけなのだろうか。



「お聞かせください。この戦いはどのように始まったのですか」


「知りたい? あたしが衆人に頼んで、戦いを引き起こしたの!」


「セイランさまが?」


「そ。サクちんは、あたしが負けたと思ってるでしょ。たしかに車馬はつかいこなせなかったけど、じつは、あたしの軍にはほとんど損害はないんだよねぇ!」


「……? どういうことですか?」


「なんで敵が襲ってきたか、わかる? (さら)ったの。女の子を!」


「……少女を、(さら)った?」


「衆人に頼んで、蒙方の女の子をさらったの。それで、媚女(びじょ)として軍に組み込んだの。目の淵に隈取(くまど)りさせて、商の衣服を着させて、化粧した。そうしたらさ、わかんないよね、身内かどうかなんて! だから、あたしはほとんど無傷なんだよね」



 敵の女子を攫い、あまつさえ最前線に立たせて、殺させた。


「なんてことを……!」



 サクは思わず馬車の淵を掴んだ。

 もしセイランがすぐ隣に居たら、その頬にのる薄紅を叩いていたかもしれない。


 セイランは短刀を抜いた。



「……文句あんの? あんまり調子に乗らないでよね。その喉を斬ることなんて簡単なんだから」


「それが本当だとしたら、この戦いの大義は失われることになります」


「は? 大義? なにそれ? 女の子をさらって、肉の壁にする。(うち)の伝統芸じゃん。さらに言うと、肉の壁が武器を持ったのが、あたしたち。怒るなんてさぁ、いまさらだよぉ」


 セイランは、馬車に座り銅剣の鋭利な直線を指でなぞった。


「できることはなんでもやるの。戦いでは、敵から武器も食糧も奪って調達するでしょ? じゃあさ、女の子を調達するのはダメなの?」



 サクは唇を噛み、俯いた。


「これはもともと同盟関係であった銅邑の侵略を受け、銅邑を守るための戦いです。セイランさまの敵方への侵略行為。……天意は、すでに商には味方しないやもしれません」


 セイランは、サクに視線を与えず、己の指先を観察しながら言った。


「甘いよ、サクちん。サクちんだって、矢の雨振らせてたじゃん。自分の行動を知らん顔して、何が大義なの?」


「それは、身を守るためです」


「ははっ。そうかなぁ? 楽しそうだったけど。サクちんはもっと非道になりなよ。そうじゃないと、強くなれないよ? 限られた欲しいものを巡って、敵の命を奪う。それでいいんだよ」




 黙って二人のやりとりを聞いていた婦好が、セイランに問いかけた。



「セイラン、なぜそこまで焦る」


「べつにぃ。焦ってないよぉ」


「我々の戦いは、神々の代理である。セイランは蒙方の神を怒らせたかもしれぬ。私を出し抜こうとしているのはわかる。しかし、身を滅ぼすような戦い方は感心しない」


「身を滅ぼすぅ? なんのこと?」


「怨みを買えば、それだけ(もろ)くもなろう」


 サクは深く息を吸い、セイランは言い切った。


「いまのセイランさまは、非常に弱く、危ういです。いったん……少なくとも車馬の部隊が育つまでは……、婦好さまの指揮下に入ってください」


「ええっ? 絶対にイヤ。あたしは婦井さまのために戦ってるの! あたしに指図しないでよね。次も衆人の男の子たちと、一緒に蒙方を攻略するんだから!」


「セイランさま。その方々を信用するのは……」


 やめたほうがいい、と言おうとした唇は、婦好の指に抑えられた。


「セイランに頼みたい。セイランの恋人とやら。のちほど、衆人の首長に引き合わせてほしい」


「いいよ! あとで会わせてあげる」


 



 突然、唸るような風の音が届いた。

 血のような香もまた、サクの鼻腔に入る。

 


 婦好の使いが報告する。



「婦好さま。後方に敵が。追われております」


 

 婦好もサクも、遠く後方を眺めた。

 目視では確認できない。

 婦好は馬車を止める。



 後方の砂塵が舞い上がる。



「敵はまだ遊び足りないようだ」

 婦好は愛用している黄金の鉞を構えた。


「やはり、許してはくれないようですね」

 



 ──退いたとみせかけていたのは敵のほうか。それとも、噴煙が偽りであることを見破られたか。


 しかし、追撃はサクの想定の範囲内である。


 三百人隊の兜が見えた。


 勝者となったはずの隊列の尻尾は捕らえられ、蝕まれていく。



 ──逃げられないなら、相手をするまで。



 敵の狙いは、おそらく、セイランである。

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