森閑の予見
静かなる夜明けであった。
音もなく、風もない朝。
サクは空を見た。
澄んだ気が天を覆う。
雲の形を視ることは、日々の占いの基本である。
日の出と日の入りに行うのが常であった。
──占いを少しでも嗜む者であれば、誰がみても吉兆である。それは、敵も味方も同じ。
セイラン軍のいる山間の方向に、薄く白い霧が見える。
サクはその日、シュウのもとへ行くはずであった。
しかし──。
いつの間にか、サクの隣に婦好が立っていた。
「婦好さま」
「サクよ」
目線を交えただけで、互いに同じことを考えていたことがわかった。
このような日こそ、事態は動くものである。
何を成すにせよ、目の前で起こるであろう衝突は乗り越えなければならない。
「占え。サク」
「はい。婦好さま。卦は神との問答。お立ち会いください」
祭祀のための部屋にて、亀甲を炙る。
安陽へ訪れて以来、微王よりサク宛に質の良い甲羅が送られてくるようになった。
婦好は王の代理である。
サクは巫祝の代理である。
ふたりは身なりを正し、占卜は厳かに行われた。
サクは得られた予見を読んだ。
「亨る。説んで以て険に行く。中正にして以て通ず。其の群を節すれば凶なり。往けば尚ばるることあり、夷の思う所にあらず。貞しきに利あり」
婦好の長い睫毛が揺れる。
「リツ」
「は」
「出陣の準備だ。隊長を集めよ」
「はい!」
サクもまた、影を招いた。
「ハツネ」
「はい」
「あなたの力が必要です。いま、知る限りのことをご説明ください」
命じるサクの隣で、婦好はハツネに呼びかけた。
「ハツネ。ひさしいな」
「はい。婦好さま。キビさま亡き後、ご命令のとおり、この中原のすべてを見てきました」
「大儀であった。その知見、おおいに活かすがよい」
「はい。もとより、そのつもりです。婦好さま、サクさま。わたくしが見てきたことをお伝えします」
ハツネが敵味方の状況を説明する。
セイラン軍は車馬百乗。歩兵二千。
衆人は歩兵千。
その後ろに蒙方。商との戦いのために、二千ほど兵を用意しているという。
さらに、土方、鬼方より後方支援がある。戦力はそれぞれ千余。
その他にも領有権を巡って商と対立する勢力は存在する。油断はならない。
「『衆人』は誰にも属さない部隊です。ゆえに、小回りがききます。その頭はまだ若いながらに狡猾で、信用なりません。権ある者の顔を窺い、その生きる場を繋ぐ存在です」
「セイランさまは『衆人』の頭と恋人関係になったと聞きました。しかし、すぐに裏切るものと考えたほうがよいということですね」
「そのとおりです」
サクの意見に、ハツネは同意した。
サクは続けた。
「セイランさまは『衆人』を味方につけたと思っておりますが、そのように単純なものではないと考えるべきでしょう。『衆人』からすれば功を焦るセイランさまもまた利用しやすい相手です。敵のおもうままに、こちらまで利用されてはなりません」
サクもそれまで、ただ座していた訳ではない。
傅説よりもらった盤の上に、駒を並べていく。
銅の邑、近辺の地形。
そのほとんどを調査し記憶している。
集まった見聞が、形を成す。
明確になる。
──やっと、策を練ることのできる段階になった。
「戦の主導権は、婦好さまに握っていただかねばなりません。ハツネ、ありがとうございます。あなたはわたしの求めていた武器です。おかげで、目が覚めた気分です」
手元にある情報から、敵の動きを想定する。
方策は何通りと出てくる。
盤上で、幾度となく再現を重ねる。
気候、占いの結果、戦況、地形。
最善から悪手まで、すべての敵味方の行動を予測する。
導き出した答えは──。
「サク。どのように考える」
「占いは、婦好軍の進軍を吉としています。しかし、集団を節しようとすれば凶とも出ています。もし本日、セイランさまが軍を動かすとすれば、非常に危ういです」
セイラン軍は、──色香を伴って──婦好軍にはない戦い方が可能である。
しかし、それにより得た戦果が『仮初めの和睦』であり『ただ弄ばれているだけだ』としたら──。
さらに、戦場ではどうか。
車馬二百乗すら、訓練が足りずに満足に扱うことのできない集団である。
セイランが思っているよりも、彼女たちは弱いのだ。
「攻めるにしても、慎重に往くのが吉と出ています。本陣の守備兵を固くしましょう。先駆の部隊は、まずセイランさまと合流しましょう」
「隊は」
「はじめは第一から三隊、遅れて第四から六、婦好隊。後方は第七、九隊」
サクの差配に従い、婦好は下命した。
「準備が整い次第、出陣する」
〈あとがき〉
いつもお読みくださりありがとうございます。なんと、現在活躍中のweb小説家のみなさまから『婦好戦記』のコラボ小説を書いていただきました。
ありがとうございます。
どの作品も素晴らしく、面白いです。ぜひ、ご一読ください。
『セシャトのWeb小説文庫』セシャト様
https://ncode.syosetu.com/n0469em/91/
『神降し達の百合戦記』だん様
https://www.magnet-novels.com/twitter/56450
『上納品一覧』はち様
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『波多野放浪外伝』桃山城ボブ彦様
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