表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/164

婦好将軍の一日

※三章完結記念の、おまけ小説のようなものです。百合成分多めなので、苦手な方はご注意ください。


※サク視点



 婦好さまの朝はとても早い。


 朝日とともに目覚める。

 

 起きると一杯の水を摂り、着替えて武芸を磨く。


 どこにいても、──王宮といえども──鍛錬を怠らない。


 矛、戈、鉞。そして弓。

 毎日何百回、何千回と振るう。射る。

 戦場で武器を自在に操るには、訓練あるのみだという。



「訓練した女兵士は、訓練しない男兵士と同等」と婦好さまは言う。

 それは、決して女を軽んじているわけではない。生まれつきの体格差をよく理解しているためだ。


 ゆえに、婦好軍の鍛錬は厳しい。


 婦好さまの武器のなかでは特に(えつ)は重い。銅でできており、わたしも一度持たせてもらったことがある。

 わたしでは持ち上げることすらできなかった。

 刃毀(はこぼ)れしても、力と重さで敵を両断できる(えつ)は、婦好さまのお気に入りの武器だ。


 訓練が終わると、必ず身を清める。


 婦好さまは綺麗好きだ。特に、歯を大事にされる。噛む力がなければ、強くなれないという。わたしにはよくわからない。花の香りは、身を清めたあとに香をよく薫きしめているから。


 午後は王直属の将軍として、奉仕する。

 軍議や物資の調達、次の戦に向けての根回しなどだ。

 婦好さまはよく人を使う。

 適任者に命ずるのが役目だという。


 ゆえに、王宮での軍師としての仕事も重くなってきた。


 婦好さまにお仕えする日は、日が暮れる頃には、へとへとに疲れ果ててしまう。


「サク」


「はい」


「今日は冷えるから、こちらに」


 婦好さまの寝台に招かれる。

 長旅を経て、寝台をともにする習慣がついてしまった。


 許しを得たので婦好さまの身体に寄り添う。

 (したぎ)越しに体温が伝わる。

 布と布の隙間に、ひんやりとした風が通る。


 婦好さまが何を思い、わたしをこうして寝台に招くのかはわからない。

 婦好さまは、おそらく、わたしのことを愛玩用の動物かなにかだと思っている。


 どう思われているかは別として、わたしはこの時間が好きだった。

 一級品の絹の肌ざわり。婦好の香の匂い。女性にしては硬さのある腕のなかの、柔らかい胸。


 同じ性をもって生まれたのに、貧相な自分の身体とはずいぶんと違う。



 もし、婦好さまが男性であれば──。


 男女であれば、同衾すれば交わり子を持つことくらい、わたしも知っている。

 薄く、ぼんやりとした知識であるが。


 父はそのようなことは教えてくれなかった。

「男女が結婚すると自然と子どもができるものだ」と父は言う。

 わたしは誰から聞いたのだろうか。確か、婦好軍の酒の席で誰かが話していた。


 女だけが集まれば、そのような話にもなるというもの。

 しかし婦好ではない。リツやレイでもない。シュウは知っていても口にはださないだろう。

 キビは……。

 最後の酒の席では、まだ、そういった話ができる間柄ではなかった。

 キビは、生きていれば、そういう話もしたかもしれない。


 生きていれば──。


「なにを考えている」

「ゃ、いえ、なにも……なんでもありません!」

「サクが慌てるとは珍しいな。わたしに言えないようなことか」

「いえ、……」



 夜だからだろうか。普段は聞けないようなことを尋ねても問題ないように思われた。



「婦好さまは、……知っておられるのですか」

「なにをだ?」

「……男女の、交わりについて」


「サクもそういったことが気になる年頃か」


「どなたかが話していたのを思い出しました。しかし、どなたが話していたのか覚えておりません」


「そうだな……、そういう話を好む者が婦好軍にも多く居るのは確かだ」



 蝋台の炎に照らされる婦好さまの横顔は、なにか言葉を選んでいるようだった。



「……房中術などはわたしも姉とともに少々教わった」


「房中術?」


「夜伽の方法論だ。嫁ぐ前に、(むら)の老婆から聞いた」


「どのような、方法論なのでしょうか」



「陰と陽の気を邂逅させ、快楽を得て子どもを授かるものだ。男にとっても女にとっても女の初夜の()が最も瑞々しく充実しているために重要である、という。そして女は初夜の前後では人が変わってしまうそうだ」


「人が変わる?」


「考え方の根本に変化が起こるのだそうだ。ゆえに、初めての相手は慎重に選べ、と」


「婦好さまも、いずれはどなたかを選ぶのでしょうか」


「いや……。わたしの邑では、神に仕える者は、乙女(おとめ)でなければならないとされている。わたしは神に仕える者でいたい」


「神とは、微王のことでしょうか」

「微王は神ではない。商王が迷いのなかで作り上げた人格だ」


「神が乙女を好むのはなぜでしょう」

「穢れを知らないからだ。一方で、交わりを好む神も存在する。ある地域では──、同数の男女が仮面を被り、相手を替えて何度も交わることを祭事とするという。おそらくはセイランはそのような神をもつ氏族の生まれであろう」


「相手を替えて、何度も……?」


 想像して、絶句した。

 否、想像ができない。



「サクはそういった文字に心当たりはないか」


「……『若』ですね」




















挿絵(By みてみん)






「巫女が、快楽の絶頂を迎えるときに、神託を授けられる形です。父に教わったときは、何のことかわかりませんでしたが……、そのようなことを好む神も居るのですか」


「まあ、文字を商王とともに作った微王が、()()()()()()()を好むからな」


「ええ……それは、なんとなく、わかります。しかし、……わかりません。快楽の絶頂のとき、どのような神託が授けられるというのでしょうか」


「さあ、わからぬ……試したことはない」


「そう……ですよね」


「……サク。興味があるなら、試すか」


「えっ」


「いまから」


「そ、それは、女同士でも得られるものなのですか」


「できなくは、ない」


 整った形の顔が、いつのまにか真上にあった。婦好さまの両手がわたしを覆うように、両肩の外に添えられる。柔らかく明るい色の髪が、一房、頰に落ちる。


 足先から、全身が火照るのがわかる。


 ──ついに、覚悟をしなければならない日がやってきたのか。



 しかし、婦好さまとなら──。




 ぎゅ……と目を瞑った。








 婦好さまの大きな手が、ぽん、ぽん、と頭を包む。







「冗談だ。もう、寝なさい」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ