華の風の先に◇
翌朝、婦好軍は全軍が主戦場に立った。
神に祈りを捧げるため、死者を慰めるためである。
婦好が黄金の鉞を構え、風を纏って魂を鎮める。
以前にサクがそれを見たときは、三人だけであった。
今日は全員が観客であり、役者である。
リツとレイによる、剣舞が始まった。
他の隊長も、それに続く。
サクは、第八隊の乙女たちに色鮮やかな衣服を着せ、舞わせた。
白装束ではない。
戦場に華が咲いたような巫女たちの演舞。
──キビさま。
わたしは、第八隊を救えたでしょうか。
それとも、まだ、足りないでしょうか。
陽の光が、麗しくゆれる女たちの影を映しだした。
婦好とサクは、ふたりで城門の前に立った。
キビが命を散らした場所である。
死者は第九隊が弔ったが、キビの肉体の行方はわからなかった。
土が紅い。
サクは、沚馘の宮城のほとりに咲いていた青い花を風に乗せた。
「婦好さまに、ふたつ、お話があります」
「なんだ」
「ひとつは、第八隊の解体の進言です。
戦にいたずらな生贄は、必要ありません。今回の戦いで、無力な乙女でも使い方によっては有用であることをお見せできたように思います」
「よい。
しかし、第八隊は存続させる。
隊員はひとり。
隊長はサク。お前だ。
ほかの隊員は、第九隊か他の隊にまわす」
「わたしが、第八隊隊長に?」
「おまえが軍師でいることをよく思わないものも、まだいる。隊長という役職を与えれば、少しはましになるかもしれない。
それに、わたしも動かしやすい」
「生贄とする乙女はもう使わないでしょうか」
「婦好軍においては、使わない。
約束しよう。
さあ、もうひとつの言を申せ」
「もうひとつは、漠然としたお話です」
サクは深く息を吸った。
そして、真っ直ぐに婦好に身体を向けた。
「わたしは、覚悟を決めたのです。
戦いが始まる前、わたしは婦好さまに、戦禍によって血の流れない世にしたいと申しました。
わたしと婦好さまの考えは、根本的に、相反しています。
婦好さまは、戦いを好んでいる。
わたしは、戦いを嫌う。
しかし、わたしは婦好さまとともに、『武』を極めたいのです」
「武を、極める?」
「『武』という文字は、『戈』と『止』をあわせた文字です」
サクは、砂の上に指で文字を書いた。
『戈』。
『止』。
婦好はその形を優しい瞳で見つめた。
「上部の『戈』は武器、
下部の『止』は足の形です。
『止』には、『あゆむ』という意味の他に、『とまる』という意味もあります。
婦好さまが、戈を使うことのないように、わたしは、進退を考える止でいたいのです」
「『武』。
戈が、わたしで、止が、サク、か」
「はい。わたしは、あなたが戈を振るうことを止めもするし、ともに歩みもする。
あなたを補佐する者として、あなたの足となります。
あわせて、『武』という文字です」
サクは続けた。
「わたしは、いつか、あなたが血を流すことのない世をつくるために、抗いたいのです」
ふたりの間に風が通い、華の香がふたりを包む。
「ふ、ふ。
『武』を極める、か。
やはり、サクは面白い。
嬰良に渡さなくてよかった。
サク。王都、安陽へ、ともにゆこう。
サクに会わせたいひとがいる」
婦好は太陽のほうへ身体を向けた。
雁が鳴く。
商王の居る大邑商の都、安陽。
高き空は、まるでふたりの王都への門出を祝福するようであった。
「大邑商は、秘匿とすることが多い。
商王に出会ったもののみが知る秘密を、サクも目撃するだろう」
「大邑商の、秘密……?」
「ふたりの商王。
そして、もうひとりの婦好だ」
「商王がふたり……?
もうひとりの婦好さま……?」
「会えば、わかる」
婦好はそれ以上は語らなかった。
「ゆこう、サク。
人の戦いは戦場のみではない。
あの陰惨たる王室へ。
ともに足を踏みいれようぞ。
わたしに、ついてこい」




