婦好軍の闇
──婦好さまが、私を誰かに似ているとおっしゃったのは、幻だろうか。それとも、現実だろうか。
翌朝、夜明けとともにサクは起きた。
となりで寝ていたはずの婦好はすでにいなかった。
サクは、シュウの作る簡素な食べ物を口にした。
「サクちゃん、今日の雰囲気、違うわね。髪型変えたの?」
「変でしょうか」
「ううん。よく似合ってるわ」
サクはこの日、髪型を変えてみた。
それまでは耳の後ろに二つの団子をつくった髪型だったが、今日からは、髪の一部を後ろに編み込んで垂らした。
なんとなく、そのほうが大人らしいように感じたからである。
第八隊の食卓に、見慣れない顔の乙女が数人増えていたことに、サクは気がついた。
「シュウ、第八隊に昨日より人数が増えていませんか」
「ええ。この属邑から、人を増やしたのね」
「属邑から、人を増やす」
婦好軍に増えた乙女たちを見ると、サクよりも歳下の、まだ、あどけない顔つきの少女が多い。
慣れない場所に連れだされ、どこか諦めたような表情だ。
婦好軍の兵は、くぐりぬけた戦場の多さから、日焼けをして精悍な顔つきをしている女性が多い。その中に、白く、かよわい少女が紛れこむと、ひどく目立つ。
どうやら、少女たちは、第八隊に属することとなるようだ。
サクは沚馘軍との模擬戦で、各隊の特徴を捉えていたつもりだった。
しかし、第八隊だけ、その役割を把握していなかったことに気がついた。
「シュウ、わたしはまだ第八隊の役目を知りませんでした」
「……ごめんなさい、サクちゃん」
シュウが突然、謝った。サクは首を傾げた。
「とっても言いにくいことだったの。わたしもむかし、第八隊にいたから。サクちゃん、いいかしら。ちょっと、きて」
シュウは、サクの腕を引いて、人影の少ない場所へ移動した。
「シュウ?」
「ここなら、誰も聞いてないわね」
シュウは、あたりを見回した。
「サクちゃん。あのね、第八隊は、呪術を専門とする部隊なの」
「呪術を専門とする部隊」
「……といえば、聞こえはいいけど、その実態は」
シュウが、声を潜めた。
「神への生贄よ」
「生贄……」
「ふるくから、商に伝わる戦い方なの。戦いのときに、まず巫女を前に一列並べて、敵を呪う。そして、敵に殺させる」
鬼公との戦いの中で、白装束の巫女が次々に血で染まった光景を、サクは思い出した。
──あの、白装束の巫女たちが、第八隊なのか。
「婦好さまが乙女だけの軍を率いる以前、巫女は、戦いの神に捧げる生贄に過ぎなかったの。巫女は男性の軍に駆り出されて、まるで家畜のように殺されていた。その巫女たちに武器を与えて、巫女の軍を率いた方は、婦好さまが初めて」
シュウは、うつむきながら続けた。
「なぜ、商が属邑を増やすことができたのか。戦いのたびに、巫女の血が、肉が、敵の刃を鈍らせる。巫女の犠牲があって、勝っていたの。わたしたち婦好軍も、第八隊の血肉のうえに勝利をおさめている軍なの」
「巫女の犠牲のうえに、勝利をおさめている、軍」
「もともと、巫女である婦好軍に商から期待されている役割は、戦闘力ではない。神への生贄よ。婦好さまも、長年の慣習の前には、抗えない」
もともと、生贄、つまり人身御供を期待されている軍。
──なんて、残酷で、重い話だ。
「シュウは、第八隊にいたのですか」
「ええ。まえにわたしは奴隷だったっていったでしょう。わたしの育った邑は、大邑商の奴隷狩りにあった。わたしは医術が得意だったから、怪我の手当てをしていたら、婦好さまが第八隊から引き抜いてくださったの。一緒に連れてこられた第八隊の友達は、みんな、生贄となって死んだわ」
「白装束を纏って、ですか」
「ええ」
サクは、シュウに凄惨な過去があったこと、第八隊の役割は生贄であることに、すくなからぬ衝撃をうけた。
同時にサクは、昨晩、婦好と語り合ったことをかえりみた。
──己は、なんと無知だったことか。
敵味方の血を流すことを常とする婦好に、戦禍によって血を流さないなどと発言したことは、恥ずかしいほどである。
サクは、婦好軍へきたばかりの第八隊の少女たちを観察した。
ほとんどが、黒髪に質素な衣服を纏い、素朴な外見である。なにも罪のない、どこにでもいる無垢な乙女だ。
サクと、なにも変わらない。
このまま進軍して、鬼方との戦いが始まれば、この少女たちは生贄として、敵に殺されるだろう。
この少女を救うとしたら。
猶予はあと、数日。
──どうしたら、よいのか。
サクは考えを巡らせるも、婦好に相談する以外に、良い策は思いつかなかった。




