表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/164

天下の会盟(微)(8)


 婦好は下腹部に剣を受けたまま、微王の背後にまわりこんだ。

 後ろから微王の身体を腕で締めつける。


「婦好さま!」

 その場にいた者のすべてが、婦好を心配して声を挙げる。


 

「誰も寄るな! これはわたしの戦いだ……」



 紅の衣に鮮やかな同色がじわりと重なる。

 まるで絹地の上に牡丹が花開くようであった。


 婦好は微王の耳元で、()()()()()()()()問う。


()王よ。もう、良いだろう。そなたはよく玉座を務めた。商王と話がしたい。交代してくれないだろうか」



 微王は婦好の腕に噛みつく。

「消えるべきは、偽物(にせもの)ぞ。()()()()()()()()()であるぞ!」



「そうだ。消えるべきは、偽物(にせもの)だ。わたしも同じ、影の(きさき)だ。お前も影の王。お前は死者に仕える(いつわ)りの王だ。今を生きる()()()()()を呼べ!」



 四つある深い黒目をぎょろりとさせて、微王は婦好からするりと逃げた。



「偽物。偽物……、余が、余が、偽り……。()王にして()王!」



 微王は顔を覆い、白い衣服を脱ぎ捨てる。

 黒衣を纏おうとして、また白い衣で身を隠す。



「わたし、は、二つの顔をもつ者だ」

『ああ、恥ずかしいぞ、恥ずかしいぞ』


「この問答を人が見ているとは、なんたる(はずかし)め」

『王は、()であり()でなければ務まらぬぞ』


「人の死は凶。人を殺し、制するは狂」

『善も悪も裏と表ぞ』


「善悪は誰が決める? 天か? 神か?」

『余が余が決めるのだぞ。それが天意というものぞ』


「会盟は天意。天意は会盟」

『そう申すか。余は知らんぞ……。消えるぞ』



「ああ。もう、必要ない……」



 禍々しい気がふっと消える。


 微王の器に、()()の人格の登場した。




 同時に、赤い絹の道の中央を音もたてずに歩く女性がある。


 姉の、婦好である。

 白くきめ細かい肌。漆黒でなめらかな髪。


 大きな瞳の長い睫毛は(うれ)いを帯びる。


 彼女の深い青の着物は、まるで孔雀の羽のようであった。

 そこに居た誰もが、その女性を当世一の美女だと思った。


 妹のもとへ、姉はゆく。


 妹は、刺さった剣を一気に引き抜く。

 片膝をつき、息を整えた。


 黄金色の剣が足元の血だまりに反射する。


 傷を負った薄茶色の髪の麗人の隣に、

 黒髪に緑青の美女が寄り添う。


 その場に居たものはみな、まるで神話の世界のようだと固唾(かたず)を吞んで見守った。


「ありがとう。妹よ。遅くなりごめんなさい」


 姉は優しく妹の肩に触れた。


「姉上……」


「娘を守ってくれてありがとう」




 ()()()()は、両手を広げて、包み込むように商王に寄り添う。

 

 

「人は皆、葛藤を持ちます」


 それは天女のような声であった。


「あなたの葛藤は、清濁併せ呑む大邑商を治めるのに必要なものでした」


 その場に居る者のすべてを癒し、包むように言祝(ことほ)ぐ。



「いまはあなたのやさしさが必要です」


 全軍の総意を代弁するようであった。




「婦好」

 商王はその名を呼んだ。


 まるで天帝の妻のような女性が、ふわりと羽のような袖を広げる。



「わたくしの本当の名は、夏華(かか)



「わたくしの血の半分は、父の好邑のものです。しかし、半分は母の、失われた夏王(かおう)の末裔の血」



()は、かつて(しょう)に敗れた()き国です」



「わだかまりは、時を要しますが、いつか必ず解けます」



「わたくしが、祖先神の意志を超えて、いま、あなたを愛しているように」




 夏華(かか)の輝くような肌に支えられて、商王は、ゆっくりと立つ。



「……我が妻、夏華よ。会盟を(だく)するか」

 


 夏華は優しい笑みを浮かべる。



 商王は声を発した。


「天がそのように申すからではない。わたしが決断したいから、応じる」



 商王が、両腕を空に高く(かざ)す。

 まるで天を奉戴するように。


 青き天と白の龍を手中に収めた。

 太陽もまた、(そで)のなかだ。


 その場にいた誰もが、彼こそが麒麟だと思った。



「──ときは来た」



「今、()王は失われた」



「我が方、商は鬼方と盟約する」



「天帝よ! この日を境に、人の罪のすべてを赦し(たま)え」





「天よ! この善き日に祝福を──!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] とりあえずは一安心……なのでしょうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ