表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/164

三爻、調練、対沚馘軍

 第三戦。

 婦好(ふこう)軍と沚馘(しかく)軍の模擬戦は、これで最後である。


 ここで、婦好軍に勝ちをもたらさねばならない。

 サクは、思案した。


 沚馘軍の強さや、動きの()()は掴んだ。

 あとは弓臤(きゅうけん)の手の内を読むだけだ。


 ──相手の裏の、裏、を読む。

 しかし、相手もまた、こちらの裏の、裏、を読んでくるであろう。

 裏の裏の裏、の、また裏。愚かである。きりがない。しかし、思考に際限がないなら、単純明快に攻めれば勝てるとでもいうのか。それもまた愚考である。


 状況に応じた、自らの必勝の策で、勝利しなければ意味はない。


 サクは、目を瞑った。婦好軍と沚馘軍、それぞれの性質をかえりみた。サクは、(ひらめ)きをともなって、となりにいた婦好を見据えた。


「婦好様、お願いがあります」

「なんだ」

「その、(くれない)(ころも)をお借りしてもよろしいでしょうか」

「いいだろう。考えをもうせ」



 ***



 サクは、第一戦と同じ陣形を組んだ。

 まずは弓臤に、油断を与えるためである。


 沚馘も弓臤も、こちらを、ただのよわい小娘だと思っている。それを最大限に利用する。


 第三の鼓の音が全軍に響き渡った。


 さきに軍を動かしたのは、弓臤の指示する沚馘軍であった。


虎行(ここう)!」


 弓臤の指揮によって、沚馘軍は陣を縦にのばした。

 そして、婦好軍の左軍を猛攻した。


 虎が拳をあげて獲物を襲うように、沚馘軍は婦好軍の左軍を崩し、包囲する構えだ。

 弓臤は完膚なきまでに、婦好軍を追い込むつもりだった。


 婦好軍に勢いはなかった。

 婦好軍は守りに徹して後退をはじめた。


「婦好よ、どうした!まったく、手ごたえがないぞ」と弓臤が叫んだ。


 弓臤はこのとき、婦好軍の中央に紅色の旗があることを、その目にとらえていた。


 弓臤の目標は、第二戦のように、ふたたび婦好を追い詰めることである。

 それには、婦好のまわりにいる左右軍の女兵士を退場させ続ければいい。


 婦好軍は、第二戦とは違い、守りに徹していた。第二戦での敗北から、手堅く戦う道を選んでいるのだと、弓臤は読んだ。


 婦好軍の守りは堅く、弓臤の思うようには崩せなかった。

 しかし、士気は沚馘軍が高く、婦好軍が低い。

 それに、まともにぶつかれば、沚馘軍のほうが強いことは、第二戦で明らかになっている。

 攻め続ければ、婦好軍の守りを突破するのは時間の問題であろうと弓臤は考えた。


 弓臤の思惑通りに、沚馘軍の北側からの攻撃は婦好軍を徐々に後退させ、力で押していた。

 包囲が完成すれば、沚馘軍の勝ちは目前である。


 弓臤が勝利への光明を体感した瞬間、沚馘軍の後方に、異変が起こった。



「なに」



 ──虎の尾が、(むしば)まれている。



 沚馘軍の後方が、婦好軍によって奇襲をうけていたのである。


 このとき、沚馘と弓臤が乗る馬車は、陣の中央にいた。

 縦に配列した沚馘軍の構成は、前方が強く、後方が弱い。


 脆い沚馘軍の後方に、いつのまにか、婦好の旗を肩にかけた婦好が現れたのだ。

 弓臤の策のなかでは、婦好は、軍の中央にいたはずである。


 弓臤は悟った。


「沚馘どの。して、やられたようです。婦好だと思っていたものは、婦好では、なかった」

「ほぁはっは! 弓臤よ、そなたが見誤るとは珍しい、ほぁっはっは!」



 第三戦がはじまる前、サクは、婦好の上衣を、軍の中央にいた第五隊隊長に預けた。

 そして、全軍には守りに徹するように、婦好が指示した。

 婦好の紅色の上衣を、第五隊隊長が旗のように掲げていたのだ。


 つまり、軍の中央に配置した第五隊隊長に、婦好を演じさせた。

 さらに沚馘軍に油断させておいて、その間に婦好率いる別働隊が、沚馘軍の弱点を突く作戦であった。


 沚馘軍に動揺が走った。

 沚馘軍は、婦好軍にいつのまにか包囲されてしまった。

 婦好軍が戦の主導権を握った瞬間である。


 縦にのびた沚馘軍の後方を婦好が襲う。

 沚馘軍の前方もまた、第一隊隊長のレイが先頭に立って反撃した。


 浮き足立った沚馘軍が崩壊するのに、ときはかからなかった。

 あっという間に、婦好は、沚馘と弓臤の馬車を追いつめた。


 サクは、弓臤のよわさを突いたのだった。


 婦好が沚馘にむけて朗らかに言った。


「沚馘どの。訓練もこれで終わり。戦いの華。両軍の勇士をもちいて一騎打ちでもいたしましょうか」


「いやいや、その必要はありません。敗けました、敗けました。ほぁっはっは!」と、沚馘もまた陽気に返した。


「婦好の上衣を、旗に見立てるとは、卑怯な」と、弓臤は悔しがった。


 サクは、弓臤をまっすぐにみた。

「弓臤さまに教わったことを応用いたしました。あなたの強さを、(もろ)さに変えるために考えました」


「くくく……、ははははは!」

 弓臤が自嘲するように、笑った。

「おまえ、名を、なんと言ったか」


「サクです」


「小憎たらしい娘よ、せいぜい、戦場でも()()()を発揮するがいい」


 弓臤は、沚馘軍の黒い旗をサクに向かって投げつけた。


 サクの目の前に飛んできた木製の柄を、婦好が掴んだ。


 婦好が、後ろにいたサクにふり返り、破顔した。

 サクも、微笑み返した。


 婦好は、沚馘旗をかかげ、天に向かって三度円を描いた。


 旗の先で煌めく太陽は、天頂から傾きはじめていた。


 婦好軍の勝利だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ