【サク】占いの天罰(21)
※サク視点
「正直に言います。我々が守るのは西の行路。一番の難所です」
リツ、サク、キシンの三人は、顔を寄せ合って作戦を確認する。
三人とも、軍事的な戦闘能力に長けているわけではない。
防御力に特化した布陣と言える。
いま、婦好は北面して鬼方と戦っている。
リツらの守る場所は、敵が西から婦好の本陣へ向かう道──要所である。
どんなに早く戦車で駆けたとしても、本陣へは丸一日かかる距離だ。
「この行路を守れば勝ちともいえます。ここを突破されると、婦好さまの軍が横から攻撃を受けて危うい、という状況です」
難しい戦いとなるからこそ、信頼できるリツとキシンを選んだ。
将軍・井亥の軍は後方に置く。
戦場で西の行路を奪取しようと狙う敵は、鬼方の髑髏の軍団である。
不気味な集団であった。
できれば剣戟を交えたくはない。
守りの作戦を実行したのち、婦好軍と合流できれば勝ちである。
ここで、サクの誤算があった。
陣を敷いた行路で、雨が降り続いた。
山の麓にできた路であるため、天候は変わりやすい。
部下よりサクのもとへ報告が入る。
「雨により作戦が遅れています。敵の襲来に間に合うかわかりません……!」
「わかりました」
サクは戦車の勢いを止める柵の設置を計画していた。
雨により作業が難航している。
さらに、雨によって、婦好軍に熱病の者が続出した。
病により、兵のうち五人に一人が戦えない状況となる。
雨による弊害。
──そういうこともあることだ。
策士なら当然考えていたことではないかと、己に言い聞かせる。
天候による損害は、敵もまた同じ条件だ。
──ならば、雨だからこそ実行できる作戦を用意するまで。
サクが考えを巡らせていると、ハツネからの情報が入る。
セイランからの伝言だ。
『婦井が裏切り、安陽にて反旗を翻すとの情報あり。将軍井亥は井邑出身で婦井と同郷。将軍井亥もまた寝返る恐れあり』
セイランからということは、信頼性の高い情報だ。
「井亥将軍は……井亥は、キシンの後方に……!」
一方で、敵の虚報を疑う。
もし真実だとしたら、躊躇している時間などはない。
サクのもとに続報が入る。
『キシンの軍が井亥将軍に襲われている』と。
「キシン……!」
味方の裏切り。
既に造反が始まっているのだ。
──否。情報が早すぎる。
離間を図る敵の罠かもしれない。
想定していない、と認めたくはなかった。
そういうこともある、と考えてはいた。
だが、現実として用兵の方向性が定まらない。
雨。熱病。裏切り。
ひとつ情報の選択を誤れば、すべてが狂う。
サクは占卜の結果を軽んじたことを悔いた。
『小留』
占いの卦は当たっていたのだ。
──わたしが愚かだった。
勝利への作戦が手からこぼれるように、崩れ落ちていく。
しかし、気を弱くしてはいけない。
勝利を信じて行動しない者に、良い結果が与えられるわけはない。
──いま、己にできることを。
サクは以前に婦好から貰った玉の腕輪に触れた。
『サク、味方と己を信じよ』と、婦好が耳元で囁くようである。
──婦好さま。わたしは味方と己を信じます。
撤退して、味方を救出し、立て直すほかに活路はない。
西の行路が敵の手に渡ると、婦好軍の本陣は危うくなるだろう。
しかし、ここに残ればリツとキシンの隊の全滅は免れられない。
敵の術中に嵌っているようにも思うが、たとえ敵の策だとしても撤退が最善と考えた。
生きるためには己の身の丈に合わせた戦い方をするべきである。
実力以上の配置は死に直結する。
このまま駐留するのは、自決するのと同じである。
サクはリツの幕舎へ向かった。
雨は婦好軍を包むように降り続いていた。
絶え間なく。痛いほどに。
「リツさま!」
足は沈み、靴は泥だらけだ。
羊の皮でできた屋根に、大粒の水を弾く音が響く。
髪も服も濡れてサクの肌に張り付いていた。
サクは三人目の主に進言した。
「リツさま。井亥将軍が裏切りました。この長雨に、病に罹る方も多くいます。いますぐここから撤退して、まずはキシンを助け、婦好さまと合流しましょう。それがこの窮地を生き抜く、最善の方法です!」




