【セイラン】晦冥の駆け引き(22)
ハツネとセイランはそれぞれ諜報活動を担っている。
戦争とは諜報戦である。
戦が始まる以前から、影の戦いも激化していた。
婦好軍の諜報はハツネとセイランが主に活動を行う。
鬼方も優れた間者を抱えているようだ。
セイランの部下も何人か連絡が途絶えている。
「ほんっと、手強いよねえ。ま、予想してたことだけどねん」
セイランが部下のゆくえについて考えを巡らせて、息を吐いた。
ひとつの情報の取捨選択を誤れば、すべてが狂う。
「って。あたしももともと狂ってるし。狂気がないと、戦争なんかできないよ。ほんと」
セイランのもとに情報が入る。
『婦井が寝返り、婦好の権を損なおうとする恐れあり』
婦井は、婦好の姉と同じく商王の妻であり、女性の司令官だ。
商王の妻子の住まう場所──いわゆる後宮での勢力争いをしている。
セイランの元上司でもある。
「まさか……でも、あり得る」
味方の裏切り。
セイランは爪を噛んだ。
敵よりも、懐柔していない味方が真の脅威だ。
婦好軍の華々しい戦果を嫌った女が、足を引っ張る。
狂わせているのは、嫉妬心だ。
「サクちんだいじょうぶ? 裏切りまで予想してる? あの子、悪になり切れないっていうかさ。そういうところあるよね」
婦好軍は、周辺の勢力ばかりに影響力を広げすぎた。
前線に立つ者のさだめではある。
ゆえに、内部の綻びに弱いとも言える。
好邑から嫁いだ二人の妃は、姉妹で「婦好」という立場を守る。
姉は子を育み、王を支え、他の妃との関係を築く。
妹は軍事家として軍を率いて影響力を強大化する。
内部の権力争いは姉の婦好の役割とも言えるが、内外に知れ渡る『婦好』の華々しい力に、妬み羨む者は多い。
セイランは過去にサクにかけられた言葉を回顧していた。
「なにが救うべき少女よ。やばいのはサクちんじゃん」
最重要の情報である。
セイランは情報を誰かに頼むだけではなく、自身も動いたほうがいいと判断した。
情報を運んだ先、誰が狙われるか、命を落とすかわからない。
まず部下に情報を伝え、サクにより近い、ハツネのもとに向かう。
真実を知ったセイランのもとに、婦井からの追手が到達する。
「えっ」
早い──!
音もなく、婦井の諜報員にセイランは左肩を斬りつけられた。
「ぐっ」
セイランは傷を負いながら、闇に走った。
攻撃をよけなければ、心の臓を抉られていたことだろう。
──油断した。婦井さまは、本気で裏切る気だ。逃げなきゃ。伝えなきゃ。
「やばいな……これ。はは、わたしも運の尽きかなあ」
肩から血がとめどなく流れる。
血を失い、視界がくらくらとする。
「ごめん、婦好ちん、サクちん。あたし、ちょっと限界かも。でも、せめて……」
セイランはやっとのことで諜報活動の拠点へ帰還した。
「セイランさま!」
駆け付けた部下にセイランは介抱された。
じっとりとにじみでる汗を拭い、肩の痛みに耐えながら伝える。
「お願い……! できるだけ、はやく、ハツネっちに伝えて! 婦好ちんとサクちんに、あたしの言葉を……! 婦井さまが裏切る。同時に、婦井さまの故郷の井邑が裏切る……。つまり」
「井亥将軍が裏切るって!」




