【レイ・ギョク】天命にそよぐ風(24)
※前回の顛末により呪いを受け、終焉までのカウントダウンが始まります。(残24回)
以後の展開も加速します。
少々つらいこともありますが、どちらかといえば結末はハッピーエンドの予定です。
ぜひお付き合いください。
※レイ視点
レイとギョクが対峙するのは、鬼方の張達である。
レイは紅の衣を肩にかけた。
金の刺繍と熊の毛で装飾されており、少し重い。
その重さは質量か。責任か。期待か。
軽やかに戦いたい自分にとっては、合わない、とさえレイは感じていた。
「よく似合っているぞ。レイ。婦好さまのようだ」
そのように声をかけるのは、同僚のギョクだ。
ギョクはレイが加入する以前から婦好軍の隊長格として戦う古株である。
「ありがとう。婦好さまになりきるには身長が足りてないけれど」
ギョクは出会ったころよりも年を重ねて、日焼けをした二十代後半の戦士だ。
最盛期よりもどうしても、膂力は劣る。しかし、技術は若い頃よりも勝ると言っていいだろう。
「敵を率いるのは張達だそうね」
ギョクは拳を合わせて勇み答えた。
「婦好さまは、わたしに機会を与えてくださった。張達は以前、一騎打ちした者だ。わたしはこの日まで鍛錬を重ねていた」
「ギョクにとっての、縁のある敵ということね」
「レイ、今日こそわたしが勝つ。手出しは無用。この戦いに勝てば、わたしは引退しようと思う」
「ギョク」
レイは手を差し出した。
「勝ちましょう。婦好さまのために。 なにより、あなた自身の勝利のために!」
ギョクは頷き、レイの手をぎゅっと握り返す。
「感謝する!」
レイは戦場を見た。
平原に、鬼方の張達の陣営が見える。
草原に羊色の幕舎を並べている。
炊き出しのための煙はもう見えない。
戦いの体制に入ったようだ。
「不思議ね。この衣を纏うと、いままで見えていなかった戦場が見える気がする」
──いつも、婦好さまはこんなに高い視点から物事を見ていたのか。
部下として戦っていたころには見えない戦場の機敏がよく見えた。
疾さはレイの本領だ。
軍を動かす速さは、ときに膂力に勝る。
「さあ、行きましょう。わが軍らしく、迅速に!」
軍師の作戦を実行する。
鬼方の張達は、守りの人だという。
深く、深く、殻のように籠る。
だから作戦は貝を開くように、誘う。
誰が見ても緊張感のない陣容をあえてつくった。
守りの堅い張達は襲ってこないだろうと、侮るような挑発的な態度である。
鬼方の軍の一部が油断して隊に襲いかかる。
レイは隊列を組み直して、戦車を西から東へ敷いた。
南面している敵に対しては、常に右だけを攻撃すれば良い。
──戦いやすい。
婦好軍の特性を、あの少女はよくわかっていた。
一人一人の個性を把握して、速度まで的確に考えている。
誰かから授けられた知識ではない。
物事の強弱を冷静に分析して、実践する。
──あの弱き少女がここまで成長した。
小さな種が大輪の花となるのを見届けるときのように、心が動く。
「不思議ね。婦好さまもこんな気分だったのかしら」
張達が誘われて、陣の外に出た。
すかさずに、隊列を迅速に整える。
作戦では、ギョクが突撃する番だ。
「さあ! ギョク! 風のように、ともに美しく戦いましょう!」
ギョクとともに、敵を挟撃しようと馬車の動きを変えた。
敵の矢の雨がレイの隊に降りかかる。
「大丈夫! そのまま駆け抜けましょう!」
レイが手綱を握り、先陣を切って突破しようとしたそのとき。
戦車の二頭の馬が、前足を上げてレイの命令を拒否した。
「えっ──?」
戦車が急停止した。
馬が、矢の攻撃を異常に怖がる。
いつもの婦好軍の馬なら、矢の雨などは遊ぶようにしてくぐり抜ける。
──普段ならこんなことはないのに。
的となった馬に次々と矢が刺さる。
痛みに混乱した馬が二頭。
別の方向へ進もうと鳴きながら体をくねらせる。
「レイ!!!」
ギョクがレイの身を案じて叫ぶ。
馬車が進まない。
速さを戦術として使えない。
レイに続く戦車も、敵の矢の届く範囲は同様の損害が発生した。
戦車約五十乗の馬が混乱する。
一気に、窮地に陥った。
レイは唇を噛んで、これまでに経た戦場を顧みた。
たとえ死地に立とうとも、楽しそうに戦う主の姿を想う。
「婦好軍は、こんなことで負けたりはしない──!」




