子明 西方辺境ノ守
【登場人物(第六章に登場)】
子明:婦好の従弟。婦好の拠点である好邑を守る。婦好を慕う。
子明は婦好の使者と面会した。
鬼方との戦に、その胸内を語る。
「婦好さまは前線で鬼方と戦っています。本当はいますぐに駆け付けたいです。しかし、俺の役目は好邑を守ること。もどかしいです。お約束のものを用意いたしました。届けてはくださいませんか」
使者は頷き、厳かに伝えた。
「婦好さまから伝言があります。商を包囲しようとする勢力の襲来があるゆえ、力を貸してほしい、と。惑わされることなく信じて進め、と」
指令を受け、子明は顔を輝かせて使者の手をとった。
「我々にもできることがあるということでしょうか!」
それは鬼方同盟の敵勢力が、好邑の近くの邑を、戦に便乗して略奪行為に及ぶかもしれないという情報であった。
その地へは好邑から数日で旅することができる距離である。
婦好からの指令は、以下である。
できることなら、該当の邑へ兵を裂き待っていてほしい、しかし作戦の要ではないため決して無理はしないでほしいと。
「お任せください! もちろん行きます!」
◇
戦いの矛先となる邑は、好邑に近い小さな邑である。
商の支配下にあり、商の言葉で話す。
子明は有志一千を率いて近くの丘に陣した。
実は、彼が好邑の外で戦うのは初めてである。
敵地で死ぬかもしれない。
敵を殺めなければ帰れない。
婦好さまは、このような感情といつも隣り合わせなのか、と子明はピリピリとした緊張を背負う。
しばらくして、鬼方と同盟関係にある勢力が襲来した。
「みな、行きましょう! 戦功を挙げてこそ、日ごろの訓練の成果を発揮できるというもの!」
子明とその部下は戦車で草原を駆けた。
戦闘部族としての血が騒ぐ。
幼き頃より、強い女性とともに遊び戦っていた腕前は、他者に決して劣らない。
「商の強さを見せましょう! さあ。暴れますよ!」
子明たち好邑の勇者たちは奮闘した。
もともと女傑・婦好を輩出した戦闘民族である。
まるで狩りを覚えたての鷹のように、敵を殺める。
「伝令!」
子明が、は、と気づくと、伝令が傷を負いながら陣中に転がりこんだ。
「好邑のもとへ敵が襲来します!」
子明は、冷や汗をかいた。
好邑に部隊を残したとはいえ、敵の数によっては不安が残る。
「それが本当なら、まずい……!」
すぐに撤退しようとしたそのとき。
『惑わされることなく信じて進め』との伝言を思い出した。
子明は、ふ、と、伝令の顔を見た。見覚えがない。
「──待て。お前は、誰だ?」
伝令の顔が歪む。逃げ出そうとするその足を捕らえようと剣を鞘から抜く。
「この者を捕らえよ! 詳細を調べるのだ!」
敵の間者を捕らえて、部下に尋問させた。
婦好からの伝言がなければ、惑わされるところであった。
信じて進む。
子明とその部下たちは戦闘を続けた。
部下の調査により、好邑への襲来は虚報であることが明らかになった。
子明はふぅと、長い溜息をついた。
「よかった。やはり敵の誤報、でしたか……」
子明は戦場の難しさを感じる。
──あの乙女たちは、命の取捨選択の岐路にいつも晒されているのか、と。
さらに、子明の耳に情報が届く。
北西の勢力は商に敵対しない。
婁邑の計らいである。
「婦好さまはここまで読んでいたということですね。心から敬服いたしますっ!」
好邑は無事だ。
子明の行動は、西からの敵を排除して、敵対勢力への牽制の一助となった。
小さな戦いではあったが、子明は経験を得た。
子明自身の実戦経験の乏しさから、婦好に意図的に経験を積まされたのかもしれない、と彼は思う。
この戦いによる全体の影響はわずかかもしれない。
それでも少しでも役に立てる自分が子明は誇らしかった。
役目を終えた子明の目に、中天の太陽が輝く。
彼は青き天を見上げて報告した。
「守るべき地がある。約束の人がいる。だからこそ強くなれるのです。婦好さま、お帰りをお待ちしています!」




