望白 南方辺境ノ守
【登場人物(主に第五章に登場)】
望白:望邑領主、望乗の子。婦好軍と城を作り守るなかで、婦好軍第九隊隊長のセキと心を通わせるも、その死に立ち会う。石の民の実質的な主。
望乗:望邑の領主。望白に後継ぎとしての素質を見込んでいる。
鬼方との戦が始まることは、当然望白の耳にも入っていた。
望白の父、望乗は商王より出撃命令を出され、部下一千を遣わしている。
望白は、父より城の守備を命じられた。
城門の石造りの回廊から、石の民の住居を眺める。
湿り気のある風が春を運んだ。
穏やかな時が流れている。
この静寂が一時であることを望白は知っている。
決意するかのように、目を閉じた。
「僕はあなた方とともに戦ったことを忘れません」
視線をはずし、城壁の外──南方の敵地を見下ろす。
鬱蒼とした林のなかには、戦いに乗じて攻め入ろうと狙う目がある。
事実、周りの邑へは少しの攻撃があった。
しかし、いともあっけなく撃退した。
婦好軍の残した爪痕は大きく、攻め入るという情報のほとんどが偽りである。
「戦わずして守る。策を講じましょうか。南方から商の地は踏ませません」
石の民の歌を日中に歌わせ、サクの作った旗を城の周りに掲げる。
鬼方との戦いにより兵力が全く減っていないことを敵に知らしめるためである。
仮に戦闘になったとしても、備えがある。
部下の戦力も余りある。
「望白さま!」
回廊を進むと、かつてセキが守った、九人の子どもが望白に駆け寄ってきた。
「婦好さまが、戦っていると聞きました。望白さまも応援には行かないのですか?」
望白はしゃがみ込み、子どもたちの頭を撫でた。
「ここを守るのが、あの方々の助けになります。みなさんも協力してくれますか」
「はい!」
九人の子はそれぞれ己の得意分野で、城を守ろうという意志がある。
いずれ、邑を、望白を支える人材に育つだろう。
城も、邑も、結局は強さの源は人である。
敵の襲撃を待つなかで、望白は己のなかにある、ふつふつと沸き立つ血を抑えられずにいた。
望白はいよいよ決意した。
「まだ間に合うとよいのですが」
城の守備を万全にして、部下に任せた。
望邑の長たる父に面会を求める。
「父上。僕にも鬼方への出陣の許可をください。僕も戦果を挙げます。商王に顔を覚えて貰わねばなりません」
父は厳然と言い放つ。
「長たる血を受けつぐお前が前線に行くことは許さぬ。部下を信じて戦果を待つことも大事」
「わかります。しかし、危うきに乗じてこそ売ることのできる恩もあります。必ずや商王の信を得てみせましょう」
望白は父の目をまっすぐに見た。
このような仕草は、以前の彼にはなかったことである。
「人に興味を持たなかったお前がそこまで言うとは。やはり、あの者の影響か」
父はふう、とため息をつく。
「率直に申し上げます。僕は、友を助けたいのです」
「望白、変わったな」
変わったな、と言われて、望白は少し自問する。
──そうかもしれない。
ふ、と笑顔を父に見せる。
「変わります。陰陽が変じてこの世が形成されるように、人の気持ちもまた変わるものです。僕が赴くことで、望邑の命運も良き方向に転じることをお約束しましょう」
「陰陽、か」
望乗は、望白に背中を向けた。
「良いだろう。その判断もまた天の導きかもしれん。我が邑の宝物を商王に奉じよ。あとは、心のままに」
「はっ」
望白は拝礼して軽い足取りで領主の部屋を後にした。
しかるべきときに備えて、たくさんの子安貝を腰に付ける。
「さあ、商王へ会いにいきましょう。その上で、友をおちょくりに行きましょうか」




