ユイ 東方辺境ノ守
【登場人物(主に第四章に登場)】
倉侯豹:倉邑の領主。銅を作ることを生業とする。邑が襲われたところを婦好に助けられ、以後共闘し、倉侯として封ぜられる。
ユイ:倉侯豹の娘。かつて婦好軍に助けらる。幼いながらも婦好軍に志願し、断られる。以後、倉邑領主の娘として父を助ける。
丘陵の頂で、少女が黄銅の防具を纏う。
若い髪はふわりと薫風を含んだ。
「ユイさま。準備が整いました」
ユイと呼ばれた少女の従者が声をかける。
「ええ、そろそろ行きましょう」
ユイは呼びかけられて振り返った。
ユイの瞳には倉邑の全貌が見える。
人も、邑も、銅を作る忙しさで活気づいている。
この邑は、銅の製造で成り立っている。
銅の原料は孔雀石である。
銅鉱山で採掘を行い、
精錬場にて鉱石を製錬して抽出し、
精錬を重ね、純度を高める。
銅、錫、鉛を溶解し、湯を作成し、
型を造り、
純正なる湯を、造りあげた鋳型へ注ぐ。
冷やしたのちに型をとり、取り出す。
仕上げをすれば、孔雀石に道具としての生命が吹き込まれる。
『型が人間の身体なら、湯は魂』と、父は言う。
毎日、毎日。繰り返し、繰り返し。
子供を育てるように、銅も育てる。
すべての作業に、一切の乱れは許されない。
だから、営みを守る存在が必要だ。
外部の敵は、生活を破壊する者でもある。
「婦好さま。わたしも成長しました。父とともに銅を作ることを覚え、銅と人を守るために、小隊を結成したのです。婦好軍のように」
ユイが作ったのは若者だけの自警団。
婦好の姿に憧れて、有志が集まってできた集団だ。
ユイは集団をまとめているが、人を扱うのは難しい、と感じている。
銅のように素直ではない。
たとえ戦のまねごとをしたとしても、命まで差し出せる勇気があるかどうか。
実戦を経ないとわからないところがある。
その点、婦好という指導者は命を震わせる魅力を持っている。
強い、とユイはその差を痛感している。
用事を済ませるために、ユイは丘を駆け降りて広場に向かう。
商に反する勢力が蜂起する旨をハツネの部下より伝え聞いた。
当然、考えうることとして何年も対応していた。
東方において、今やるべきことはほとんどない。
相手勢力への牽制はすでに完了している。
銅を売買するなかで、物流の獲得戦争を制したのだ。
相手が有利なように倉邑は利を握っており、周辺では誰も逆らうものなど居ない。
たとえ兵器の差を持ってしても周辺の異民族は倉邑に手出しできる状態ではないだろう。
ユイの父たる倉侯豹が、後ろから声をかけた。
「静かすぎる。ユイ。まだ動ける勢力があるかもしれん。用心を怠るな」
「はい、父上。ハツネさまの部下から、サクさまの伝言を伺いました。もし余力があったら物資を回してほしい、とのことです」
「準備はできている。いまこそ、恩を返すとき」
「父上、相談があります」
「なにか」
「わたしが赴いてはだめでしょうか。倉邑の使者として」
ユイはきらきらと目を輝かせる。
倉侯豹は、娘の顔に亡き妻の面影をみた。
「ユイ。母に似てきた。お前の母が死んだあの日、婦好さまに助けられなければ、今日の我々はない」
「だからこそ、行かねばならぬと血が騒ぐのです。行かねばわたしは一生後悔する気がします」
ユイは経験の少なさゆえの好奇心と、眩いまでの若き決意を父にみせた。
倉侯豹は、ユイの魂は婦好軍との交流によって磨き上げられたように感じている。
まるで、孔雀石を精錬するように──。
彼は娘を抱きしめた。
「お前は妻の忘れ形見。妻の亡骸。戦場へ出ることは許さぬ。しかし、安陽の地を踏めば必ず人として成長することとなるだろう。我が邑の使者として、勝利の証人になるがよい」
「はい! 我が邑の銅を。皆が我が子のように育てた銅を。勝利の証を送りとどけましょう!」




