沚馘 北方辺境ノ守
【登場人物(主に第二章に登場)】
沚馘:沚馘の邑(沚邑)の領主。婦好と旧知の交流がある。
嬰良:沚馘の次男。沚馘西鄙防衛戦では、婦好軍とともに領地を守り戦う。サクに婚約を申し込むも、断られる。
婦好軍よりもはるか北西の地である。
鬼方本陣への援軍として派遣された敵があった。
その道の先、叢のなかで静かに呼吸する人々がいた。
敵の斥候を捕らえ、殺める。
戦車の音が地に響くのを聞く。
合図とともに立ち上がる。
沚馘の軍が鬼方の援軍に襲いかかった。
北から南に伸びた敵の補給路を横から刺し、分断するためである。
「嬰良がお相手いたします!」
伏兵に気付いた敵兵が、叫び声をあげる。
嬰良の背に鬼方の兵士の刃が襲う。
すかさず嬰良は剣で弾いた。
戦車の右を矛で突き、左もまた倒す。
沚馘の兵たちは次々に鬼方の戦車を奪った。
「我々はここを一歩も通しません!」
◇
その戦いの近くで、沚馘が本陣を営み指揮を執っていた。
「ほぁっはっは! 危うければ撤退せよ。我が子息よ。老いぼれよりも若き命が大事」
沚馘の邑が最も鬼方に近い。
彼は白くなった髭をゆったりと撫でた。
「ほぁっはっは! 婦好さまの言伝のとおりに軍を配置しましたぞ。今こそ! ご恩を返させていただくときです」
嬰良の作戦のほか、敵援軍の通過する場所をあらかじめ得ていた。
「以前、婦好さまと模擬演習をしたことを思い出す。良い機会じゃ。その策を用いようではないか」
沚馘は味方に合図し、旗を掲げさせた。
味方を多く見せる。
敵地をすでに占拠しているとみせかける。
混乱している敵が迂回するその先に、襲撃をかけて殲滅させるつもりだ。
沚馘の作戦は首尾よく進んだ。
平地での戦いが始まった。
「虎行!」
沚馘軍は陣を縦にのばす。
次いで、鬼方軍の左軍を猛攻した。
まるで虎が拳をあげて獲物を襲うように、沚馘軍は鬼方の左軍を崩し、包囲する。
完膚なきまでに、敵を追い込む。
虎のような陣容は爪を立てて敵を蝕ばんだ。
「ほぁっはっは! かつてこの策で婦好さまに負けましたなぁ。今回は、思ったとおりに敵を操っておりますぞ! 愉快、愉快!」
沚馘の兵は敵の首を逆さに吊るす。
『道』の文字である。
「ほぁっはっは! 敵の命は商王に献じて、さらに我らの呪術の道具としてやろうぞ!」
嬰良は敵地で刃を揮い天に叫ぶ。
「婦好さま、サクどの。わたしも力の限り、戦いましょう!」
沚馘は高らかに笑いながら、この戦いの勝利を祝福した。
「ほぁっはっは! さあ! 商王よ! 天下を釣りましょうぞ!」




